79、モモ、真っ向勝負をする~幼い心にも矜持はあるもの~

 エマさんに花冠の作り方を教えた桃子は、興味を持ったレリーナさんも加えた三人でのんびりと花冠を作った。そしてお花屋さんに並ぶ商品が一品増えた所で、リジーとギルがやってきた。


 リジーは笑顔でおはようと声をかけてくれたけど、ギルには機嫌悪そうに睨まれた。けれどそんな塩対応は予想してたもんね! 桃子は負けじとにこーっとした。途端に狼狽えた様子で目をキョロつかせたギルは、ぷいっと顔を背けてエマさんの元に行ってしまった。


怒るばかりじゃ、話も出来ないと思って笑ってみたけど、あの反応はどうなんだろう? 余計嫌われちゃった? 五歳児VS十歳児じゃ普通ならひぎゃーって泣いて終了しそうだけど、そこは十六歳だからね、お話して解決したい。


 そんなちっさな野望に闘志を燃やす桃子であったが、お仕事中は花束を作ることに集中した。一度やったことだから花束作りも、昨日より手際は良くなってる。積み重ね、大事。ギルも作業中に悪態をついたりはしない。お金をもらうんだからその分真面目に働かないとという意識が強いのかもね。子供だけど、しっかりしてる。桃子も見習わなきゃね。あ、でも睨んだりするのは駄目だよ?


 頑張ってお仕事をしてればあっと言う間にお昼が来る。お手てを洗って連れ立ってリビングに移動すると、今日もエマさんがご飯を用意してくれていた。それを美味しく頂いたら、お待ちかねのデザートだ。


「今日はモモちゃんのお家から美味しそうなクッキーを頂いたのよ。紅茶を入れるわね。皆で頂きましょう」


「わぁ、美味しそう!」


お皿の上にクッキーを盛って運んできてくれると、リジーが嬉しそうな反応をする。さすがバル様のお屋敷の料理長さんだ。売り物と遜色ないクッキーだった。丸みのある正方形のクッキーにはなにかの種が付いていたり、しましまだったりと見た目からして品がある。


エマさんが紅茶をティーカップに注いで配ってくれた。桃子はお礼を言うとさっそく一つ手に取ってぱくつく。今回は甘さが強めでバターは控えめに感じる。歯ごたえもザクザクしていて食べごたえがある感じだ。何度か食べさせてもらってるけど、ほんと毎回美味しい! 


昨日のイチカっていうイチゴそっくりの果物を使った丸いケーキも生地がふんわりしていて美味しかったけど、これも幸せになれる甘さだ。桃子は頬を緩ませて幸せの味を噛みしめた。


「これを作った人は本当にお菓子作りがお上手ねぇ。紅茶ととても合うわ」


「ほんと美味しい!」


「レリーナさんも食べてみて。すんごく美味しいよ?」


「お言葉に甘えさせてもらいますね」


 エマさんとリジーもクッキーを食べてにこにこしている。桃子はレリーナにもクッキーを勧めて、俯いているギルの様子を気にする。声をかけた方がいいかな? 迷っているとエマが桃子の気持ちを察したように微笑んで、ギルに声をかけた。


「疲れた時は甘いものがいいのよ。苦手じゃなかったら、ギルも食べてみない?」


「……施しのつもりかよ」


 ガタリと椅子から立ち上がり、ギルが桃子をきつく睨んだ。空色の瞳に憎悪が浮かんでいた。その奥にあるのは子供が持つには不似合いなほど強い矜持だ。炎のような意思が、黒く燃えている。


「違うよ。私にはあげられるものなんてなんにもないもん」


 身一つで異世界にやって来た桃子には、パンツ一枚も持っていなかったのだから。バル様達が与えてくれる物を着て、与えられた食事を食べて、向けられる気持ちを失くさないように抱きしめているだけだ。


 傍から見れば桃子の物に見えるかもしれない。しかし、桃子の意識からすると、全て借り物のように思えるのだ。元の世界のものは何も持ってこれなかったから、本当の意味で桃子の物だと言えるものは五歳児に退行したこのちんまりした身体くらいのものだ。


「嘘つけ! オレが孤児だから同情して、恵まれてる自分の方が上だと思っているんだろ!?」


「恵まれてるって、どうしてわかるの? ギルは私のことなんにも知らないのに。ギルがね、同情されるのが嫌だって気持ちは少しわかるつもりだよ? 人から気にかけてもらえるのは心を優しくするけど、同情する言葉をかけられると、心がつつかれる時もあるよね。だから、私はギルが嫌がるような同情はしないよ」


 桃子には他の子がいつも一緒に居てくれるような両親はいなかった。小学校の参観会に来てくれたのは祖母で、仕事に忙しい両親が来てくれたことは一度もない。同級生の女の子からそのことを可哀想と言われた時、笑って大丈夫だと言いながらも心が痛かった。


 その子に悪気があったわけじゃないのは知っている。だけど、『どうして?』とその時桃子は疑問に思ってしまったのだ。──どうして、私のお母さんとお父さんは参観会に来てくれないの? そう思った時、目に見えなくても心はちくちくと傷ついていた。 祖母に言えば悲しい顔をさせてしまう。そう思い、幼いながらも飲み込んだ気持ちを、覚えている。


「…………わかったようなこと、言うなっ!」


 ギルは悔しそうに顔を歪めると、桃子にそう吐き捨ててテーブルから離れてしまう。乱暴な仕草のせいで、椅子がガタンッと倒れる。威嚇するような大きな音は、ギルが自分の心を守ろうとしている証拠に見えた。


 倒れた椅子をエマさんがそっと起こす。桃子は場の空気を乱したことに頭を下げる。


「ごめんなさい。ギルを怒らせちゃった。仲良くなれたらなって思ってたけど……嘘は吐きたくなかったの」


 取り繕ったり、嘘で誤魔化すことは出来るけど、ギルは偽りにはすぐ気づくタイプだと思ったのだ。それに、桃子はもともと嘘を吐くことに向いていない。絶対にバレる自信しかなかった。


 でも、苦しそうに曇った瞳が気になる。ギルには孤児であること以外に何か深い事情を抱えているのかな? 睨まれたり邪険にされたりしたけど、心配になってきた。


「リジー、ギルってどこで暮らしてるの?」


「え? 街の孤児院で暮らしてるらしいけど。わたしもこの街に来たばかりだから、詳しい場所までは知らないわ」


「エマさんか、レリーナさんならわかる?」


「この街に生まれた時から住んでいるのだもの。知っているわよ。ただ、あの子がどちらに住んでいるのかまではわからないわね」


「どちら? 一個じゃないの?」


「えぇ。この街には孤児院が二つあります。東と西のエリアに一つずつ。西側は神殿が担当をしているもの、もう一つは市民が経営しているものです。彼がどちらで保護されているのかはわかりませんが、親を亡くした子供や、親に捨てられた子供が集団で生活している場所ですよ」


 ここでまた神殿という単語を聞くことになるとは、正直思わなかったなぁ。桃子はちょっと前の騒動を思い出してしょっぱい気分になる。神殿が原因で攫われたけれど、同じ神殿の人に助けてもらってもいるから、全部が全部悪人だ! なんて非難するつもりはない。けれど、もしやという懸念はやっぱり浮かぶ。


 桃子は迷う。ギルの様子は気になるけど、深くまで関わることでバル様に迷惑をかけるのは絶対に避けたい。害獣や悪者の出現で忙しくしているのに、心配をかけるのは駄目だよ。かと言って、中途半端に関わったままギルのことを放置するのも目覚めが悪い。もし、それがゆくゆくは深刻な事態になってしまったら大変だ。


「うむむむむ……」


 眉間に力を入れて、桃子は考えた。頭を振り絞って考えた。本人に聞くことなく、こっそりとギルの事情を知る方法は?


「あっ、そうだ!」


 ギルの事情を知っているかもしれない人物は、もう一人いる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る