78、モモ、アイディアを出す~もったいないって言い代えると大事にしようってことかな?~
今日も元気に働くぞーっ! 桃子はお店までの道を歩きながら、クッキー袋を握りしめた拳を曇り空に突き上げていた。昨日、バル様と一緒にいられた上に、お屋敷に帰った後に美味しいケーキを食べたし、今日の為にクッキーも作ってもらったから、気力は十分だ。今朝は寂しがらずにしっかりお見送りが出来た。五歳児の元気チャージは満タンである。
今日も護衛役をしてくれているレリーナさんを連れて、もう開きつつあるお店を横目にのんびりと歩く。時間には余裕があるので焦らなくていいけれど、心配なのは空模様だ。いつもより気温が低く、柔らかな風の中に雨独特の湿った匂いを感じた。
傘でもあればよかったんだけどね。レリーナさんに聞いたら「かさとはなんですか?」って不思議そうに聞き返された。美人さんが首を傾げると、綺麗可愛い、略すとキレカワ、になるんだねぇ。
そんなことを考えながらてくてく通りを歩いていれば、お店が見えてくる。今日もお花屋さんの扉は開かれていた。扉に手を添えながらそろっと中をのぞき込んでみるが、まだお仕事仲間の二人、リジーとギルの姿は見えない。
「おはようございまーす。エマさん?」
「だーれ? 悪いけれど店の裏に来てくれるかしらー?」
奥からエマさんの声が聞こえた。裏で作業中だったようだ。桃子は言われるままに店内に入っていく。昨日のお仕事場を通っていくと窓に人影が映った。どうやらエマさんは庭にいるらしい。桃子は周囲を見回して外に繋がる場所を探した。
「あそこに裏口がありますよ」
レリーナさんが隅にあった扉を指さしてくれる。助かった! 桃子は作業台の横にクッキー袋を置いて、さっそく小走りで扉に向かう。背伸びしてドアノブを回す。
薄く開いた扉を押し開けて外に出ると、ブロックで区切られた庭には大小さまざまな種類の花が咲き乱れていた。昨日、桃子達が花束にしていた種類もたくさん咲いている。そして、片手にハサミを持ったエマさんが振り返って、にっこりした。
「あら、おはようモモちゃん、レリーナさん。貴方達が一番乗りね。まだお仕事まで時間があるわ。のんびりしていてちょうだい」
「おはようございます。エマさん、お手伝い出来ることはないですか?」
「うふふ、やる気満々ねぇ。それじゃあ、お言葉に甘えてお手伝いをお願いしようかしら。わたしがお花を切ってこっちに敷いた布の上に落とすから、モモちゃんはその桶に立てていれてくれる?」
見れば地面に大きな布が敷かれており、その上にエマさんは花を切っては置いていた。二度手間に見えるが、桶に立てかけながらやるよりも効率がいいのかもしれない。桃子は喜んで頷くと、わくわくしながらお手伝いを始める。
さくり、さくりと切り取られていく花を、薄く水の張られた桶に丁寧に立てかけていく。いっぱいになるとレリーナさんが横にずらして、空の桶を並べてくれる。3人で作業していると、あっという間に終わってしまう。単純作業でも、初めてのお仕事は新鮮で桃子にはとても楽しいものだった。
「ありがとう。ここの所は一人でやることが多かったから、とっても助かったわ。」
エマさんが笑顔で桶を運んでいく。もう少し成長してたらそれも手伝えたよね。残念ながら五歳児に桶を運ぶだけの腕力はない。むーん、鍛えたら、運べるようになるかな? 二の腕にむんっと力を入れてみたけど、ふにっふにの腕に変化はなかった。
レリーナさんが後ろで小さく吹き出す声がした。抑えめのクスクス笑いが聞こえる。変な行動に見えちゃった? 見ない振りでお願いします。……よく考えてみたら、十六歳の時も力こぶはなかったや。無謀な挑戦だったね。
自分の失敗から目を逸らしていると、花畑から離れた場所に白い花束が五つほど置かれていることに気付いた。売れ残りかな? 興味を引かれてちょこちょこ近づいていくと、酔っ払いのようにへろへろに項垂れたお花が横たわっていた。もう……ダメ。そう言ってる気がした。
この草臥れ方は昨日作ったものではないようだ。しかし、茎はくたくたでも花弁は色が変わってはいないようだ。
「それね、もう花束としては使えないからもったいないけれど処分するのよ」
「残念ですね」
「えぇ。手塩にかけたものだからいつも心が痛むわ。だけど、これをお客さんにお出しするわけにはいかないもの」
戻って来たエマさんがレリーナさんと話している。仕方なさそうな顔をしてるけど、目が本当に名残惜しそうに見えた。本当は大事に育てたものだから捨てたくはないんだろうね。なにか花束以外の使い方はないかなぁ? 桃子は頭の中で、元の世界でお花を他にどうやって使っていたかを頑張って思い出す。
お花……お花……花風呂……お刺身に乗ってた……お魚……美味しい……はっ! 逸れちゃったよ。お花、お花と、ぶんぶん頭を振って食欲を追い出す。お魚大好きだし、ちょっとお刺身が恋しいものだから、誘惑されちゃったよ。
「あっ、こういうのはどうかなぁ?」
桃子はあることを思いつくと、特にくたった花を選んで纏めて編み始める。幼稚園の頃、花の冠を作ったことを思い出したのだ。茎を巻きつけながらある程度長さを作って、最後に輪っかになるように繋げれば出来上がりだ。簡単だし見栄えもいい。草臥れた花も随分と生き生きとして見える。
「まぁ! とても可愛いわ!」
「なんて美しい……モモ様、この素晴らしいものはなんと言うのですか?」
「私は花冠って呼んでたよ。これを、こうして頭の上に被って、子供はお姫様ごっこして遊ぶの。大人はね、結婚式の時に髪飾りとして使ったり、お家で飾る人もいるよ?」
「モモちゃん、この案使わせてもらってもいいかしら? 花冠の作り方をぜひ教えてちょうだい! 売り上げの一部を貴方に払うから、お願いよ」
「いいですよ。でも売り上げの一部はいりません。昨日美味しいお昼を貰ったから、そのお礼です」
「でも、それじゃああんまりにも悪いわ。これ、売れると思うの。だから、モモちゃんもちゃんと貰わなきゃ。ご両親とお話をさせてちょうだい」
エマさんが真顔でそう言ってくれる。自分が得するだけを考えていないのだから、良心的な人だ。これって授業で習った知的なんとか権みたいなのが絡んでる感じかな? アイディアの使用料? でも、元の世界にあったものだし本当に気にしなくていいんだけどなぁ。それにしても、両親を求められるといつも困るね。
桃子は助けを求めて美人な護衛さんを見上げた。困った時のレリーナさん頼り! その視線を受け止めて、レリーナさんが対応してくれる。
「エマさん、申し訳ないのですがこちらにも事情がございまして。保護者の方に会わせることは可能ですが、少しお待ち頂けないですか?」
「えぇ、待つのは構わないけれど」
「モモ様、プレゼントをお渡しになる際にお話したらどうでしょう? きっとお怒りにはなりませんよ」
「そうかな?」
「えぇ。驚かれはしましょうが、一緒に考えてくださいます」
レリーナさんの太鼓判を押されたので、その可能性が高いかも? バル様の驚く様子はちょっと見たい。最近はだいぶ無表情でも感情が読めるようになったけど、いつもクールで格好いい姿しか見られないから。それはそれで眼福なんだけどね。嫌な驚きじゃないのなら、ドッキリみたいで楽しそうだ。
「うん、わかった。お話してみるね! エマさんをちょっと待たせちゃうことになるけど、それでも本当に大丈夫ですか?」
「いつでも構わないわ。ありがとうね、モモちゃん」
エマさんの目尻に皺が寄る。祖母が笑った時と同じ部分を見つけて、なんとも言えず嬉しくなった。
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