65、モモ、請負屋に行く~無表情でも笑顔でも怒るとどっちも怖いかな~後編

「大丈夫です!」


「それはよかった。仲介屋の中でもめ事はご法度だ。そういう奴には仕事は与えない決まりなんだが、そこの奴みたいに時々守らない馬鹿が出るんだよ。こっちも手を焼いていてね。レリーナにも迷惑をかけたな」


「私の時にもいましたから理解しているつもりです。モモ様にお怪我がなかったのが幸いでした。もし、かすり傷一つでも負わせていたら……」


 レリーナさんの目が押さえている男に移る。桃子から見ても、その目は氷のように冷たい。いかにも肉体派と言わんばかりの男の人は、立ち上がりながらびくっと怯えたように震える。桃子も一緒に震える。


「あのっ、お仕事! お仕事のお話を聞きに来ました!」


 桃子はレリーナさんの目をこっちに戻そうと声を上げた。……投げられた上に美人さんに怒られるんじゃ、さすがに可哀想だもんね。お兄さん、ダッシュだよ! 桃子は心の中でエールを送る。ギャルタスさんなら、心から謝れば許してくれるよ、たぶん! 


 桃子をただの子供とあしらわずに、ちゃんとお話ししてくれた人だから心も広いと思う。エールが通じたわけではないだろうけど、男の人はその隙に逃げていた。一瞬視線が合った? 気のせいかな。


「あいつは暫く出禁だからここには寄り付かないだろう。モモちゃんも、請負人の中には気が荒い奴等もいるから気を付けてな。もしオレが居ない時になにかあったら、ルイスを頼るといい。この人は古株だから、請負屋じゃ顔が広いんだよ」


「よせやい。しがないおいちゃんになにをさせる気だ? とは言っても、こんな小さな子供に絡む奴はいない、とは言い切れんからなぁ。もしなにかあったらおいちゃんに言ってごらん」


「うん。助けてーって言う」


「それでいい。そろそろおいちゃんは依頼に向かうよ、またな」


 ルイスさんはひらっと手を振って離れていった。桃子も手を振り返して、ギャルタスさんに向き直る。今日こそ私もお仕事を貰わなきゃ!


「ははっ、目に炎が見えるな。やる気は十分か。じゃあ、中に行こう」


「はいっ!」


 ギャルタスさんの後に続いて中に入ると、床に伸びてる男の人がいた。さっき逃げた人と喧嘩してた相手かな? どっちもギャルタスさんに怒られたんだねぇ。右頬が腫れてるから鉄拳制裁されたのかも。でも、この人このままじゃ踏まれちゃうよね?


 ギャルタスさんは平然とその人をよけて通っていくので、桃子もちらちら気にしながら横を進む。周囲の人はいつものことって感じで気にしてないようだ。もし、帰る時もそのままだったら、トントンって肩を叩いてあげよう。床に寝たままだと起きた時に身体がすんごい痛くなるからね。自宅のベッドから落ちたらそうなったから、これ間違いないよ!


「モモちゃんはその椅子に座ってな。契約書を持ってくるから」


 ギャルタスさんはテーブルの前を指さすと、奥に戻って行く。そのテーブルには一脚だけお子様用の椅子があった。これならちょうどよさそうだけど、わざわざ用意してくれたのかな? 心がじんとした。レリーナさんが抱っこして椅子に乗せてくれる。いつもありがとう! 


 五歳児になって人の優しさに触れる機会が増えたように思う。元の世界では感じたことのない感情が心に生まれて、その度に、自分の中にそんなものがあったことに驚くのだ。……魔法よりも不思議。あったかくて幸せになるのは、バル様の腕の中で寝る時と同じだね。なんとなく照れを誤魔化すように足をぶらぶらさせていると、ギャルタスさんがテーブルまで戻ってきた。そして、一枚の紙を桃子に差し出す。


「これならモモちゃんにちょうどいいと思うぞ。受ける気はあるか?」


 テーブルの上に置いてなになにと書いてある内容を読んでみる。えーっと、依頼主はお花屋さんのエマさん。三日間だけ三人の人員を募集。お仕事内容は花束を作ること、ちょっとした力仕事、簡単なお金の計算などなど。時間は鐘九つから鐘三つまで、朝の9時から3時までだね。一日、白銀貨2枚をくれるらしい。


 あんまり力は重要視されてない。これなら桃子でも出来そうだ。でも一応、レリーナさんの意見も聞いておこう。


「レリーナさんはどう思う?」


「私から見ても可能な依頼内容だと思いますよ」


「良かった! それじゃあ、受けたいです」


「そうか。じゃあ、モモちゃんの名前を書いてもらおうか。もし難しければ、レリーナに代役で書いてもらってもいい」


「……下手っぴでもいいですか?」


「ははっ、大丈夫だよ。契約内容が大丈夫なら、下の空白にサインをしてくれ」


 練習の成果を見せる時だね! 名前は何度も練習してるから、書けるようにはなっている。時々字がひっくり返ったりよれるけど。桃子はペンを受け取ると、慎重に名前を書いた。モモ、だけである。苗字はない人もいるから書かなくてもいいと聞いた。最後の字を書き終わると、一瞬文字が青く光って驚いた。


「わぁーっ、光った! これも魔法ですか?」


「あぁ。こいつは特殊なペンでね、書き手に見えない印を付けるんだ。依頼を終えた後に依頼主のサインをもらってくれ。本人か、それを譲渡された人がこの依頼書を持ってくると赤く光るようになってる。それをこっちが確認出来たら、依頼料を渡すからな」


「不正防止になってるんですねぇ」


「難しい言葉を知ってるなぁ。まぁ、そういうことだ。最後にここの決まりを教えておくよ。仕事を自分勝手な理由で破棄した場合はペナルティーと仲介屋を出禁。請負人の責任で依頼を達成できなかった場合も、ペナルティーはあるから覚えておいてくれ。ペナルティーは銀貨3枚だ」


「大金ですからね。破る者は滅多にいないのですよ」


「そのためのペナルティーだからな。成人している場合は、依頼を達成していけばレベルアップも可能だ。レベルが1つ上がれば、少し上の依頼を受けられるようになる。徐々に難しい代わりに依頼料が高いものになっていく仕組みだ。けど、モモちゃんみたいな子供は、十五歳くらいまでは簡単なものだけを受けてもらうようにしているんだよ。そこは理解してな?」


「わかりました」


「説明はここまでだな。さっそく依頼主のエマさんの店に向かってくれ。レリーナなら店を知ってるな?」


「えぇ。任せてください」


「モモちゃんの他に二人依頼を受けてるから、店の方で会うと思うぞ」


 ギャルタスさんの言葉に、桃子は奮い立って椅子を降りた。いよいよ初めてのお仕事である。白銀貨2枚のために働くぞぉ! おーっ!

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