64、モモ、請負屋に行く~無表情でも笑顔でも怒るとどっちも怖いかな~前編
春めいた風が店の立ち並ぶ通りをふわりと駆けていく。その中に精霊と呼ばれる煌めきも戯れるように舞っているのを見つけて、そうっと手を空に伸ばせばしてみた。
すると、どうしたの? とばかりに緑の光が寄ってきて、桃子の小さな手の上でふわふわ浮いた。感触はないけど、なんとなくあったかい。綿毛みたいで可愛いね。桃子はうきうきしながら後ろを振り返る。
「レリーナさん、見て見て」
「まぁ、風の精霊が……呼びかけてはいらっしゃらないのにやってくるなんて珍しいですね」
「そうなの?」
「えぇ。そう言えば、モモ様はまだ魔法のお勉強をしていませんでしたね。バルクライ様にお頼みしてみましょう」
「私にも出来るかなぁ?」
以前、ターニャ先生に診察を受けた時にはセージの量が普通の人より少ないって言われたのを思い出す。だけど、桶の底が抜けちゃってる症状は軍神様と対面した時に直してもらったから、今の桃子は普通の人と同じようにセージを溜められるはずだ。
「きっと大丈夫ですわ。精霊が寄ってくるくらいですもの」
「今度のお休みにバル様に言ってみる! その時はよろしくね?」
手の中の風の精霊にもお願いすると、ふんわり上下に揺れて空に再び飛んでいった。バイバイと手を振って見送り、桃子は再び仲介屋さんへの道をとことこ進んでいく。
魔法を使えるなんて、これぞファンタジーの醍醐味だよね。自分が魔法を華麗に使っている様子を想像すると、五歳児も大興奮だ。デコレーションされたステッキを握った自分がきゃるん♪と振り返った。え? こうじゃない? 気にしない気にしない。
バル様と言えば、今朝のちょっとしたピンチを思い出す。朝からそわそわしていたので、出勤前のバル様にじっと見られてしまったのだ。見透かすような黒い目を前にすると、悪いことはしてないはずなのに、ごめんなさいっ! って言いたくなるのはどうしてなんだろう?
もしバル様に尋問されたら、たぶん五分と持たずに秘密を暴露しちゃうと思う。心を読まれないようにきゅっと目を閉じたら、メイドさん達にも笑われた。八の字おひげが格好いいロンさんは咳払いで誤魔化そうとしてくれたけど、眦が下がっていたのは見逃さないからね! でも、今日も素敵なおひげでした。
バル様の美形なお顔を思い出している間も足は動かしていたら、仲介屋さんが見えてきた。五歳児がバンザイして突撃を指示する。行っちゃえ! ゴーゴー。衝動のままに走り出す。トトトトトッと軽い足音を立てながら走ると楽しくなってくる。五歳児の心は簡単に弾んじゃうのだ。レリーナさんが早足で追いかけてくる。
「モモ様、そんなに走っては転んでしまいますよ?」
「大丈夫―っ」
追いかけられるとますます逃げたくなる。子供の衝動は突発的な爆発力がある。短い足を動かしてダッシュして、前を歩く大人の間をちょろちょろ動く。大人からみればやっぱり遅いかもしれないけどね。
はぁはぁ息を乱しながら、仲介屋さんの前までたどり着いた。ゴールを決めて拍手をもらいたい気分だね。意気揚々と入ろうとしたら、レリーナさんが後ろから叫んだ。
「お下がりください、モモ様!」
「えっ?」
びっくりして止まったら、入り口から大きな身体が桃子に向かって飛んできた。咄嗟に頭を庇ってしゃがみ込んだ。その瞬間、視界がびゅんと動いた。
「ぐあっ!!」
地面に落ちた音と同時に、野太いうめき声が上がる。気づけば、桃子は誰かに抱えられていた。顔を上げると無精ひげが生えたお顔が目の前にあった。ぼさっとした黒に近い青い髪に、琥珀のタレ目。その年は三十代後半くらいに見える。よく見れば整っているのに、ぼさ髪と無精髭が足を引っ張っているようだ。
「痛いとこはないか? 咄嗟だったから、おいちゃんも焦っちまってな。手加減せずに抱き込んじまった」
「大丈夫だよ。助けてくれてありがとう!」
「うんうん。子供は元気なのが一番だ」
「モモ様、ご無事ですか!?」
「レリーナさん」
顔色を変えたレリーナさんが駆け寄って来た。そして全身を触って怪我の有無を確認される。くすぐったいね。桃子はレリーナさんに助けてくれた人を教える。
「あのね、この人が助けてくれたんだよ」
「ありがとうござます。モモ様に何かあったらと生きた心地がいたしませんでした。一体何が起こったのです?」
「あー、ギャルタスがもめ事を起こしてた奴をぶん投げたんだ」
ボリボリと頭を掻いておじさんが店に顔を向ける。桃子達もつられたようにそっちを見た。すると、店の奥から爽やかな笑顔なのにどことなく雰囲気が違うギャルタスさんが出て来た。あれ? なんかすんごく怖いような……?
「助かった、ルイス。まさか、モモちゃんがそこに居るとは思わなくてな」
「今度から投げ飛ばす時はその先に子供が居ないことを確認してからにしろよー」
「あぁ、そうする。モモちゃんもごめんな。危ない目に遭わせてしまった。怖くなかったかな?」
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