66、モモ、お仕事をする~小さくても目標を持つことはいいことです~

 お花屋さんは遠くからでもわかりやすかった。大きなピンクのお花が一階と二階の間の外壁にくっついていたのだ。微妙に花びらの大きさが違うから、手作り感があってほっこりするね。


 お店の中に入ると、桶に入れられたお花がちょっとだけ顔を見せていた。十個以上の桶はほとんどが空だ。まだお店の始まる時間じゃないのかな? でももう時間的にはお昼が近づいている。桃子はお店に入ると声をかけた。


「誰かいますかー?」


「はーい。あら、可愛いお客さんだこと。ごめんなさいね、まだ売り物のお花は用意が出来ていないの」


 中から出て来たのは小柄なおばあさんだった。この人が依頼主のエマさんかな? なにか作業中だったのか、お花のエプロンを着けていた。


「私、お客さんじゃないです。仲介屋さんの依頼を受けて来ました」


「確かに私が依頼を出したわねぇ」


 エマさんは困ったように頬に手を当てる。五歳児が相手だもんね。任せられるか不安になるのは仕方がない。ここは美人な護衛さんにお任せしよう。後ろをちらっと見れば、心得たものでレリーナさんが前に出た。


「ギャルタスさんのご紹介を受けて来たのです。私が保護者としてフォローしますので、安心してください。もちろん、私の分の料金は頂きません。その代わりに手助けは基本的にこの子に限りますが」


「あら、そうだったの。保護者の方と一緒なら働けそうねぇ。でも、こんなに小さな子がどうして? 何か事情があるの?」


「この子が恩人に自分のお金でお礼をしたいと言いまして」


「小さいのに立派な考えねぇ。いいわ! この店でいいのなら、働いてもらいましょう。仕事は裏でやっているの。こっちよ」


 エマさんは感心したように頷いて、桃子を手招く。その後ろを付いていくと、隣の一室を作業場にしているようで、今の桃子より四、五歳年上の男の子と、元の年齢より三歳くらい年上に見える女の子が、色とりどりのお花を白い紙に包んで花束を作っていた。


「二人とも、もう一人可愛いお手伝いさんが来てくれたわよ」


「えっ? 後ろの人じゃなくて、そこの子、ですか?」


 茶髪に灰色の目の女の子は驚いたように桃子を見た。レリーナさんと五歳児を見たら、働きに来たのは大人だと思うよね。五歳児ですみません。でも、頑張るから仲良くしてくれると嬉しいなぁ。


「モモです! よろしくお願いしまっしゅ!」


「だ、大丈夫ですか!?」


 おろおろするレリーナさんにこっくり頷く。肝心な所で噛んじゃったよ。緊張してたせいもあったんだろうけど、絶妙なタイミングだ。舌が短いから? 口の中も心も傷を負って桃子は涙目になる。はぅ……痛い。


「ふ……っ、あははっ、それ痛いよね」


「ひゃい」


 女の子が笑い声を上げる。シーンとされるよりよっぽどいいよ。痛めた舌を労わりながらゆっくりと返事を返す。男の子はそっぽを向いて反応してもくれない。笑われるならまだしも、無反応は切ない。なんか嫌われちゃってる?


「わたしはリジーよ。あなたが働きに来たなら、その女の人はどうして一緒なの?」


「私がちっちゃいから保護者として来てくれた護衛さんだよ」


「けっ、お前貴族かよ!」


 不機嫌そうな声は男の子のものだ。紺色の髪の間から、空色の目が忌々しそうに桃子を睨んでくる。貴族アレルギーなの? 私は貴族じゃないんだけどなぁ。


「ううん。私は違うよ。ただ、保護してくれてる人が偉い人で心配してつけてくれたの」


「貴族に保護されてるなら、お前は別に食うものに困ってるわけじゃないんだろ? どうして来たんだよ」


「それは……」


 どう言えばいいかな? お礼がしたくてなんて正直に言うと、さらに反感を買っちゃいそう。服に解れた部分を何度も縫ったあとがあるから、裕福な家ではないのだろう。だから不満があるのかもしれない。しかし、そういう貧富の差はどこにでも存在する。目の前の少年がそうであるように。


「どうせ、興味本位なんだろ」


「そんなことないもん!」


 聞き捨てならなくて、思わず反論する。だって、この仕事を得るためにレリーナさんにも手間をかけてもらったんだから。そういう事情も知らないで決めつけられるのは嫌だ。桃子の中で五歳児も両頬を膨らませて抗議している。絶対に完遂してやるって気持ちは誰よりも強いよ!


「ギル、言いすぎだよ。あなたが貴族を嫌うのは勝手だけど、こんな小さな子を理不尽に責めるのは止めなさい。生まれや家族は誰にも選べないんだから」


「モモ様も落ち着きましょう。お気持ちは私が十分わかっていますよ」


「……ふん」


「ごめんなさい」


 睨み合いに発展しそうだった所をリジーとレリーナさんが止めてくれたので助かった。桃子もムキになったことを恥じて謝る。五歳児に引きずられていたのもあるけど、十六歳の桃子も怒っていたのだ。


「仲直りしたのなら、私はモモちゃん用に木箱を持ってくるわね?」


 エマさんはにこにこしながら、部屋を出ていく。作業台は桃子の背丈より高いので、台代わりになるものがあるのはありがたい。始めるまでに時間はありそうなので、リジーの隣に行くことにする。ギルとリジーの間に作業台があるので、これ以上は喧嘩にならずにすむだろう。


「あの、リジーも仲介屋さんから依頼を受けたんだよね?」


「そうよ。わたしは十七だから、本来ならもっと上の依頼も受けられるはずなの。だけど、請負人になって日が浅いから駄目って断られちゃってね。いずれは害獣討伐にも出るつもりよ。でもその前に、仲介屋から依頼がもらえるように経験を積まないと」


「害獣をやっつけるのって危なくないの? ルーガ騎士団の人達もするって聞いたよ?」


「危ないかもしれないけど、わたしは自分の力を示したいの。ルーガ騎士団になんか負けないわ!」


 リジーの目の色が変わった。ルーガ騎士団をライバル視するなんて、意識が高いんだなぁ。体つきは十六歳の桃子よりも背が高いだけで、一見すると鍛えているようには見えない。でも、もしかしたら物凄く運動神経がいいのかもね。


 スレンダーな体形、つまりお胸があんまりないのでそこに親近感が湧く。そうだよね。誰もがお胸に恵まれているわけじゃないよ! 世界基準がどのくらいなのかわからないけど、お胸のなさで異世界1位を取る可能生が減っただけいい。……同一1位の可能生があることは忘れよう。


「さぁさぁ、これでモモちゃんの可愛い顔がよく見えるわね」


 リジーと話していると、エマさんが木箱を持って来てくれた。桃子の足元に置けば、作業台の高さがちょうど良くなる。


「リジー、モモちゃんに作業の仕方を教えてあげてね。私は桶に水を入れてくるわ」


「はい、わかりました。それじゃあ、モモ。一緒にやりましょうか」


 作業台の上には色分けした花々と白い紙が分けて置かれていた。まずは、白い紙を前に持ってきて、その上に右から順番に花を一つずつ乗せていき、茎を紐で縛る。最後に紙と一緒にクルクルっと巻いて、下を折り曲げて捩る。完成した花束は、床に置かれた桶に立てかけて出来上がりだ。


「簡単でしょ?」


「うん!」


「今度は自分でやってみて。わたしも仕事に戻るから」


 ギルとリジーの前に置かれている花もそれぞれ色と種類が違うようで、そちらも目に楽しい出来栄えになるようだった。こういう綺麗な花束を贈ったら、バル様も喜んでくれるかな? 


「モモ様」


 レリーナさんの声に我に返る。いけない、いけない。お仕事中はお仕事に集中しないとね。桃子は傍で控えるレリーナさんに頷き返して、さっそく白い紙を手に取った。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る