57、モモ、王様達と面会する~まるく終われば全てが良しになります!~前編

 デデンとそびえ立つ立派な城門の前で、ドドンと格好良さ五割増しの正装姿のバル様と、チョコンとミニマムな桃子は馬車から降りた。


 その頬にはガーゼはなく、足首の包帯も消えた。フリルが多めの薄緑のふわふわドレスとバル様に再び渡された翡翠の首飾りを身に着けた桃子は、すっかり全快していた。


 異世界に来てから日々を感慨深く思う。バル様達にいやんして、注射にふぎゃーして、お酒臭くなって、羊になって……あれ? そんなに大変でもなかった? いやいや、違ったね。羊じゃなくて、攫われちゃって、だった。強烈な体験しちゃったね。まさか三階からイーヤーってになるとは思わなかったよ。小忙しい毎日だったなぁ。


 という現実逃避をしている桃子だが、実は今日こそが、流れに流れていた王様に面通しをする日なのである。


 城門の前には鋭い槍を構えた甲冑姿の兵士が二人居て、バル様に気付くと深く頭を下げる。


「お帰りなさいませ、バルクライ殿下。殿下のお帰りである! 開門!」


 右のお兄さんが強い語気で叫ぶと、重厚な音を立てて両開きの門が内側に開いていく。ガリガリ音がしてるから、内側から何か回して開いているんだね。すごい迫力だ。思わず目を丸くして見ていると、視線を感じた。はっとしてバル様に顔を向ければ、目で促された。待ってー。慌てて大きな背中を追いかける。


 門を通った先には、バル様のお屋敷が二軒くらい入りそうな広いお庭が現れた。噴水に白いお洒落なベンチも見える。所々に花が植えられており目を楽しませてくれる。憩いの場になっているみたい。陽当たりがいい場所で咲いている花々は、見ているだけでほんわりしそうだ。


 その先が青いお城である。右側に塔があり、左側には離れと思われる建物も見えた。とんがりお城はその鮮やかな青さが空によく映えている。初めて見る本物のお城に興奮して、桃子はきょろきょろと周囲を見るのに忙しい。すごいよっ! ファンタジー!!


 石畳を踏みしめて、これまた兵士さんが守るお城の内部に進んでいく。開け放たれた扉の奥には、キラキラした白い大理石の床が長く続いていた。すんごい光ってる。眩しい! これが、浄化の光……っ。煩悩が程よく刺激されそう。


 壁や天井にも豪華な柄が施され、どこもかしこもお高い匂いがする。こんな場所で転んだら顔面が大惨事になりそう。……ごくり。桃子は慎重に短い足を動かす。


 奥から向かってきていたお城の兵士さん達が、バル様が近づくと端によけて頭を下げた。臣下の礼を尽くす姿が格好いい。桃子もつられてペコリと頭を下げた。お邪魔します!


「モモ、それはしなくていい」


「あっ」


 僅かに振り向いたバル様に止められた。そうだった! 一応、バル様に保護者をしてもらっている立場だから、頭を下げたらおかしいんだね。兵士のお兄さん達に微笑ましそうに見られちゃった。とりあえず手を振っておく。これならいいよね? バル様をちらっと見たら、こくりと頷かれた。OKみたいだ。よかった。作法とかわかってないから、粗相をしそうで怖い。


 それに、お屋敷でも申し訳ないほどよくしてもらっているけど、レリーナさんやロンさんにも頭を下げられるのはまだ慣れない。つい、つられてこっちも下げたくなっちゃう。元の世界では人の上に立つような立場じゃなかったからね。庶民出身の桃子です!


 バル様の後ろを再びトコトコ付いて行く。短い足を考慮してくれたのか、走らなくていい速度で歩いてくれているのが嬉しい。バル様は、さりげなく優しいなぁ。


 それで豪華な廊下を真っすぐに進んでいくと、大きな扉が見えた。この先で王様達、つまりバル様のお父さん達に会うわけなんだけど、き、緊張してきた。なんかしょっぱい失敗をしそうで怖い。


「顔合わせをするだけだ。すぐに帰る」


「うん」


「……行けそうか?」


「大丈夫!」

 そうだよ。私にはバル様という強い味方がいるもん! 王様がなんだ! 王妃様がなんだ! フンッと気合いを入れて、緊張を飲み込む。……ついでに、手の平に人の字を書いて飲んでおこう。これで準備はOK。さぁ、かかってこい!


 心の中でファインティングポーズを決める。パンチ力はたぶんマイナスだけど、気分はボクシング選手である。さぁ、桃子選手の入場です!! 頭の中で誰かが叫んだ。 


 真っすぐ背筋を伸ばして、バル様の後に続いて開かれた扉の先に入室する。


 五段の階段の上に、王座と呼ばれる金色の椅子が2脚設置されており、そこに座したのはバル様と面差しが似た美形さんだった。癖のある長い白髪を後ろで結い上げおり、涼し気な青い目に楽し気な色が見えた気がした。宿る色彩は違うけど、間違いなくバル様のお父さんだ。


「ようやく相まみえたな。ジュノール大国が国王ラルンダ・エスクレフ・ジュノールだ。異界よりの迷人メイトよ、名乗るがいい。」


「水元桃子です。バル様達からは名前の桃子からモモって呼んでもらってます」


「そうか。では、わたしもモモと呼ぼう。バルクライ、神殿の件、お前の口から報告せよ」


「……はい。元大神官ダマル・ナルイータはモモを攫い、軍神ガデスの身代わりをさせようとしていたようです。許可なく召喚を行った上に失敗となれば、陛下の叱責は免れません。それを回避しようと画策したことは、本人の口から自白されております。また、本人が大神官に就くにあたり、周囲に金を撒いて支持を得たとの話も他の者から入りましたので、引き続き厳しい取り調べを行っております」


「モモについてはどうだ?」


「大神官に抗おうとした行為が軍神ガデスの目に止まりました。本神から、加護を得たことをご報告いたします」


「ほぉ、迷人メイトの上に軍神の加護とは、希少な子供が我が国に降りたものだ。だが、その子供が我が国に齎すのは、幸いか、災いか……」


 流し目が桃子に向けられる。青い目に冷酷な閃きを見つけてドキリとした。さすが王様、迫力が違う。それに今回の件も桃子という存在が居なければ起こりえなかったことだ。そう思うと、ちょっぴり落ち込んでくる。良くしてもらった人達に迷惑をかけるのは悲しい。


 バル様達と一緒に居たいし、バル様自身がそう言ってくれたけど、王様がもし命じたら……心がしょぼんとした。ファイティングポーズも下ろして、厳しい言葉を浴びるがまま俯くと、バル様にぐっと身体を引き寄せられた。


 見上げればなんとなく心配されているのが伝わる。守ってくれようとしているんだね。弱気になってごめん。大丈夫、ちゃんとお話を聞くよ。その上で一緒に居たいってお願いしてみよう。


「それともバルクライ、お前がこれから起こるだろう騒動を全て収められると?」


「必要ならば。もし、災いが降りかかった時はオレが防ぐ。モモと共にあることを約束したからな」


「珍しいことよ。お前がそれほどまでに執心するとは。数ある縁談を断り続けたは、このような幼子が好みだったが故か?」


 揶揄いを含んだ言葉に、バル様はため息をついた。本気ではないことをわかっているのだ。王様VS第二王子の体になってきているよぅ。桃子はハラハラと見守るしかない。


「違う。……彼女は本来ならば十六歳だ。今は無理な召喚がたたり五歳児ほどになってはいるが。軍神によれば一年セージを与え続ければ元に戻れると言っていた」


「では、側室に迎えるか? 正室は周囲の声がうるさい故に無理だろうが、側室ならば許そう」


「父上はおわかりのはずだ。今、オレが婚姻して子を成せば、次期王にオレを押す声は更に高まるだろう。オレが望まないにも関わらずな。貴方は国が二分する事態になってもいいのか? なぜ、次期王をさっさと兄上に指名しない?」

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