58、モモ、王様達と面会する~まるく終われば全てが良しになります!~後編
「私は現状、どちらがなってもいいと考えているからだ。少し前までは第一王子を優先していたのは事実だ。しかし、バルクライ、お前は変わった。以前のお前は冷めた目で物事を見て、いつ死んでもいいと言わんばかりの人間だった。だが、その娘が現れてからか。今のお前には生きることに執着が見える。その者を残して死ねないと思っているのだろう?」
「…………」
「いい変化だ。生に執着する者は死に執着する者よりも強靭だ。バルクライ、私はお前の変化を歓迎しよう。故に、今次期王を選定するは早計なのだ。お前には不本意なれど、第二王子だろうと庶子だろうと王の器であるのならば関係はない。お前が王となる可能性もあることを、覚えておくがいい」
「オレがなるべきものではない」
「決めるのは王たるこの私だ」
無言のにらみ合い。うひゃぉう、ビリビリした空気に足が震えるよぅ。誰か、助けてください!
緊迫した空気を打ち破ったのは、バル様がなにかに反応した瞬間だった。
桃子を一瞬で抱えて、横に飛び離れる。ひゅんっと空気を切る音がして、目の前を何かが素早く回転しながら飛んでいく。それをパシッと手の平で受け止めた王様は、呆れたようにため息をついた。その姿がバル様とそっくりで、ちょっと笑いを誘われる。やっぱり親子だね。
「幼い子の前でいい加減にせよ! そなた等男はそれだから駄目なのだ!」
勝気な声に扉を見れば、橙色の豊かな髪を背中に流した騎士の恰好をした女の人が腕を振りかぶった格好で止まっていた。えっ!? と思って王様を見れば、手の中に万年筆らしきものがある。状況から見て、この女性が王様に向かって投げたようだ。ひえぇ!
「義母上……いくらなんでも危ないぞ」
「フンッ、そこな男など知ったことか! 黙って聞いておれば王妃の私を無視して次期王を決めようとは何事だ! 貴様、私と婚姻を結んだ時に約束したことを忘れたとは言わせぬぞ!」
「……忘れてはいない。国の大事を決める時には、必ず誰よりも先にお前に話をすることだろう? 今回はバルクライを試しただけだ」
「身内に対して策略を巡らそうとは、呆れて物も言えん! その腹黒さをどうにかせよ!」
「十分言っているではないか……」
迫力美人さんが、ものすごい勢いで王様を罵っている。けど、あの、たぶん、この人が王妃様なんだよね? 王様タジタジになってるよ。
私こういうのなんて言うか知ってる! 恐妻家だよね? 担任の江藤(えとう)先生がそう言ってた。草臥れた四十六歳の男性教師を思い出す。ため息が多い先生だったっけ。それで、千奈っちゃんと一緒に、体調が悪いんですか? って聞いたら、薄笑いを浮かべて泣きそうな顔で答えたんだよね。妻がね、帰りが遅いと怒るんだよ……って。二人して頑張れーっ! って、慰めちゃったよ。ちょっと前のことなのに、なんか懐かしいなぁ。
「バルクライ! そなたもそなただ。腹を痛めて産んだのはリリィだが、私はそなたも我が子と思い育てて来たのだぞ。なればこそ、そなたに正当性を理由に引いてほしくはない。男なら野心くらい持って見せよ!」
「王冠には興味がないだけだ。現状に不満はないが」
「何を言う! 我が子ならば高みを目指してみよ」
「バルクライはルーガ騎士団でもう高みに昇りきっているだろう」
「現状で満足するなと言っているのだ。まったく、私の周りの男共と来たら、情けない言い訳ばかりを並べおって。そなたのような可愛い娘こそ私は欲しかったぞ」
「うひゃう!?」
突如、王妃様にむぎゅっと抱きしめられてそのままだっこされた。あ、いい匂いする。香水かなぁ? ふんわりと花の香りが抱きしめられた腕からしていた。男装の麗人的な恰好をしているけど、やっぱり迫力のある美人さんだ。まつげがすごい長いし、綺麗な緑の瞳が悪戯に笑っている。
「やはり女だ。女の子がいい。バルクライ、そなた女になる気はないか?」
「……ない」
「そなたなら女装でも可だぞ?」
「しない。兄上にでも頼んでくれ」
バル様がため息交じりに断った。バル様の女装姿……すんごい長身の美女になりそうだねぇ。ちょっと頭の中で想像してたら、無言の視線が向けられた。はい、もうしない、ヨ? 動揺が頭の中にも表れた。
「止めてくれ。オレが女装なんぞした日には、見るからにゲテモノになってしまうぞ」
あらら? 扉から入って来たのは、顔に苦笑を張り付けた男の人だった。年はバル様より三、四歳ほど上に見える。男らしい上がり眉に快活な性格が垣間見える大きな口。体格はバル様と同等だろう。猫っ毛の髪は橙で目は青だ。男らしさが全面に出ているこれまたタイプの違う格好いい人だ。たぶんこの人がバル様の母違いのお兄さんなのだろう。
「遅れてすまん。なにやらおかしな話をしているようだな。母上、その子を下ろしてあげてはどうだ? まだ挨拶もしていないだろう?」
「おぉ、そうであった。この愛らしさに我を忘れたぞ。私は王妃、ナイル・ティナク・エストワージと言う。これは私のもう一人の息子、ジュノラスだ。そなたはモモであろう? どうだ、私の娘になる気はないか?」
「えぇ!?」
「母上、またそのようなことを……」
床に足がついたのはいいけど、いきなり思わぬことを持ち掛けられて、桃子は素っ頓狂な声を上げた。恥ずかしいけど、誰も気にしてないみたいだ。むしろそれどころではない。お兄さんが額を手で押さえる。
「私は本気だぞ。いくら軍神より加護を得ているとはいえ、後ろ盾はある方がよかろう。王妃の養い子ともなれば誰もうるさく言わぬ。なに心配することはない。最後までしっかり面倒はみてやる。ゆくゆくは、私の目に適う強き男に嫁がせてやろう」
両頬を意外と硬い手の平に挟まれて、王妃様が優しく笑う。好意からの申し出なのはわかるけど、いきなり結婚先まで話が飛んだよ!? ダッシュで突き進む王妃様に、桃子は呼吸困難寸前である。このままじゃ、見ず知らずの誰かのお嫁さんにされちゃう!
「駄目だ」
低い声で拒否したのはバル様だった。助けが入ったことにほっとしていたら、王妃様がなにやらとても驚いた顔をした。
「バルクライ……そなた、もしやモモに惚れておるのか!? 女を寄せ付けない男であったのは、このような趣味が……」
「そう言えば、その子と同衾しているようなことを言っていたな! そうか、あれほど助けを急いだのは、お前が心を寄せた相手だったからか。まさか、このように幼い子とは思わなかったぞ」
「父上にも説明したが、モモの本来の年齢は十六歳だ。今は召喚の影響で幼女の姿をしているにすぎん」
「不思議なこともあるものだな。元には戻れないのか?」
「一年ほどかかるそうだ。数日前に、軍神の計らいで一度だけ元の姿に戻ったのを見ている」
頬から手を離されて、周囲からマジマジと見下ろされる。あの、こんな美形さん達に囲まれるのは、さすがにちょっと……。すすすっとバル様の後ろに隠れる。ここが安全地帯だよ。心臓のためにも休憩させてね。
「はははっ、隠れてしまったぞ! 面白い子だ。正しく軍神ガデスの加護を受けているのだなぁ。その姿では大変なことも多かっただろう?」
「バル様やお屋敷の皆が助けてくれたので、不自由はしてません。バル様に保護してもらえて、今は良かったと思っています」
最初は驚いたし、短い手足に苦労することもあったけど、今の日常生活はほとんど自由に行動出来ている。これも周囲の人達のおかげである。ありがたいねぇ。心の中で手を合わせておく。
「中身が十六歳というのは本当だな。好ましい子のようでオレも安心したよ。お前が惹かれたのはこの性格と元の姿を見たせいか?」
「……わからん。しかし、他の者とモモが添うのは不愉快だ」
一緒に探すって約束したもんね。バル様は飾らない言葉で答えながら桃子を凪いだ目で見下ろした。五歳児に戻っているから視線の距離が遠いね。私も見上げるのが大変だけど、バル様もそれは同じだろう。そのせいもあるから抱っこの機会が多いんだよね。
「なんとまぁ、それほどに執着しているのか!? これは祝いの席を設けねばならんな。ラルンダ、モモも入れて家族で食事をしないか?」
「構わんが、本人の意見を聞いてやれ」
「いらん。モモの対面は果たしたのだから帰らせてもらう」
両脇に手が伸びて、抱き上げられる。あ、帰りはこれでもいいんだね? バル様はさっさと踵を返してしまう。嫌っているわけではないようだけど、本当に長居はしたくはなさそうだ。いいのかなぁ、このまま帰っちゃって。
「待て、バルクライ。側室の件、頭の隅に入れておくがいい。モモはこの国の愚かな者達の被害者だ。だからこそ、不自由のないようにと考えているのだ。彼女の意思を優先することは約束しよう。だが、国王として国の益を考えるのも王の仕事だ」
「……たとえ陛下のお言葉と言えども、お断りする。愛する者は一人でいい」
どきりとする言葉だった。王族なのに側室は取らないと宣言したのだ。バル様の顔を見上げると、いつもの無表情の中に本気の色が見えた。
バル様は背中越しにそれだけを返して、桃子を抱っこしたまま部屋を出ていく。腕の横から顔を出すと、遠くなる三人の驚いた顔が扉が閉められるまで見えていた。一応、険悪な空気は消えたし、顔合わせも終えたんだから、まるく収まったってことにしておこう! うん。
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