56、モモ、病人の振りをする~尊敬する人の役に立てるのは誇らしいもの~後編

「ですが……」


「ううん、いいの。バル様達に聞いたけど、それをすると規律違反になっちゃうんでしょ? 私の怪我なら薬を塗ってもらってるし、重症じゃないもん」


「止めとけ。死にかけているわけじゃあるまいし、無駄に規律を犯してお前の立場を悪くするこたぁねぇ。ただでさえ、今は神殿内がごちゃごちゃしてんだ。隙を見せれば足を引っ張られるぞ」


「……はい。ごめん、モモ。次の大神官さえ決まってしまえば、許可を申請することも可能なんだけど」


 苦笑して謝るタオに桃子は首を振る。やっぱりいい人だなぁ。五歳児の目に狂いはなかったね! バル様を見上げると、頭を撫でられた。褒めてくれるの? 心がふわふわする。


「次の大神官か……随分と揉めているようだな。候補に挙がっているのは三人だと聞いたが」


 揉めてるの? ジャンケンで平和的に決めたら駄目? バル様が桃子の視線に気付いて簡潔に説明してくれる。 


 一人目は貴族の出で神官の位についているエイデス家の者。ここは古くから聖職者を出している神職では名門。貴族層の支持が多いらしいよ。


 二人目は中流貴族の女神官。神殿内ではセージの量が特出して多いと言われており、女性層の支持が厚い人なんだって。


 そして三人目が庶民出身の神官候補。元大神官に目の敵にされていたので神官から下ろされちゃったらしい。でも本人はのらりくらりとしていて、大神官なんてやる気がないと言ってるそうだ。庶民出の聖職者達からは男女問わずに支持されているんだって。


 ほうほう、なるほど。簡単に言うと、お偉いさん、ちょっぴり偉いお姉さん、親しみやすそうなおじちゃん、ってイメージでいい? こういう時ってどういう人を選んだ方がいいのか悩むよね。なりたい人じゃなくて、周囲がなってほしい人にやってもらった方がいいのかな? それともやる気がある人に任せたほうがいい? たぶんそれもあって揉めてるんだろうねぇ。


 でも率先して手を上げたのに拘束されちゃった元大神官の例もあるから、今回はあえて手を挙げない人を選ぶのもありじゃないかなぁ。周りに認められてる人って、有能な人が多いもん。バル様しかり、ロンさんしかり。


「タオお兄さんは誰がいいと思うの?」


「タオでいいよ。その、僭越だけど、僕は三番目の人を支持する。飄々としているけど、実はとても実力のある人だし、神官を下ろされることになっても頑として大神官の要求を跳ね除けた人だから」


「その要求とは?」


「これはあくまで噂で聞いた話ですけど、代替わりした時に神官が何人か入れ替わったことはご存知ですか? 元大神官が神官でいたいのならお金を払えと要求したので、それを突っ張ねた方々が替えられたようなのです」


「アホか。どうしようもねぇ野郎だな。そうやって私腹を肥やしていたわけか。ま、今はキルマに野菜しか与えられてねぇから、ちったぁ痩せたかもしれねぇが」


 それって野菜ダイエット? いや、でも強制的だからダイエットよりもキツそう。なにしろお肉とかこってり系ばかり食べてたおじさんだからね。それは痩せるかも。桃子は自分の今の体型をちらっと見下ろした。ダイエットか……。


「モモには必要ないことだ」


「はぅ!? バ、バル様?」


「必要ない。モモはそのままでちょうどいい。しっかり食べなくては成長を妨げるぞ」


「う、うん。そうだね!」


 読まれた! 絶対に心を読まれたよぅ! あの、本気でダイエットしようと考えてたわけじゃなくてね、子供の内に運動してればいい感じにお胸も育つんじゃないかなって思っただけだよ!


「団長、揶揄ってやるなよ。めちゃくちゃ慌ててんじゃねぇか」


「すまん」


 笑いながらディーが指摘する。バル様にさらりと謝られた。面白そうに桃子を見ている黒い目に、心の中で五歳児が憤慨する。ムギャーッ! 弄んじゃ駄目! 目を三角にしたのに、バル様に抱っこされたらふぅっと安心してしまう。単純思考は絶好調です。


「くふっ、はっ、はははっ!!」


 タオに噴き出された。えぇー? 苦しそうに身を捩って笑われる。大爆笑頂きました! 嬉しくないよぅ。どこが笑いのツボだったの?


「ははっ、すみ、すみません……はぁー、なんだか安心しました。モモがいるとバルクライ様達の雰囲気が随分と優しくなるんですね」


「そうかぁ? 普段からこんな感じだぜ」


「それでもです。外から見える印象が違うんですよ。厳しい顔をした騎士団の方々が立っているだけで物々しく見えますが、モモがいるとその印象が一気に覆ります。この子が笑顔で接するのだからそれほど厳しい方達ではないと思えるせいでしょうね」


 眼鏡の奥でタオの目が知的に輝く。茶色の双眼の中に尊敬の文字が見えた気がした。

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