28、モモ、保護者様に叱られる~ごめんねとありがとうは惜しまず伝えるよ~
冷え冷えとした空気に晒されて、玄関先で桃子は立ったまま、ぷるぷる震えていた。それはけして寒さが理由ではなかった。
外套も脱がずに仁王立ちするバル様が原因である。
「モモ、昨日言ったはずだ。お前のように小さな子供が階段を一人で上るのは危ないと。落ちたらどうする。怪我だけですまないこともあるんだぞ」
淡々と諭すように怒られている。これもついつい冒険に行くぞーっ、とばかりに盛り上がった為に起きた事態であった。こんな怒られるとは思わなかったよぅ。まさか、後ろからカイがずっと付いて来てたなんて知らなかった。気配を悟らせないのが騎士団の入団条件だったりする? あっ、バル様の目が、目が厳しくなったような……。
「……ごめんなさい」
本当は十六歳だよ? カイが居たから安全だったと思うよ? とは口が裂けても言えない。ひたすら低姿勢で謝る。あの、夕飯は抜きですか? お仕置きされちゃう?
ひもじさを想像するだけで目が潤む。ソファの上から、目の前に立つバル様の顔色をちらっちらっと窺う。
「…………」
「ごめんなさい、バル様。もうしないから、許して……?」
「モモ、もうひと押しだぞ!」
「そこで抱きつくのが効果的ですよ。可愛い仕草にグラついてますからね」
いや、うん、聞こえてるからね!? カイもキルマも心配してくれてるのは有難いんだけど、その声援はバル様にも聞こえてるから! だって、右眉がぴくって反応したもん!
「カイ、キルマ」
バル様が低い声で二人を呼ぶ。うわーん、美声が怖いよぅ。凄まれたわけでもないのに、すんごくお腹に響く。顔に出てないのに、不機嫌なのはひしひし伝わってくる。
「バルクライ様、モモも反省しているようですし、そろそろ許してやってもよくないですか?」
「そうですよ。せっかくお出迎えをしてくれたのに、叱るばかりでは可哀想です。モモ、お腹も空いたでしょう?」
キルマにだっこされると、背中にビシビシ視線が刺さってくる。これ、バル様だよね? ひぃぃっ、まだお怒りですか!?
「そんな目で見ないでくださいよ。はい、どうぞ」
後ろに差し出されるけど、怖くて俯く。丁寧な仕草で抱き寄せられる。耳元でぼそりと声がした。
「……すまん」
「バル様……?」
「お前が怪我をするのは見たくない。十六歳なのは知っているが、もう少し自分の身体の柔さを自覚してくれ」
耳元で囁かれた。低い美声が脳裏をぐわんと満たす。はうぅぅっ、いい声だね! って、そうじゃなくて、えっと、心配してくれたんだよね?
「……うん、気をつける。ごめんね?」
「わかってくれたのなら、いい」
よかった。バル様、もう怒ってないみたい。安心したら、お腹が鳴った。カイに噴出される。恥ずかしいなぁ。でも、人間の生理現象には、誰も逆らえないもんだよ。
「お食事のご用意は出来ております。お席にお運びいたしますね」
「頼む。モモはオレの膝でいいか?」
「うん。バル様にお願いしたいな」
せっかく許してもらったんだから、甘えておこう。レリーナさんが一礼して下がっていく。
バル様はカイとキルマに一瞥を送り、食堂に向かう。執事のロンさんが二人分の外套を受け取って下がる。桃子に微笑んでくれた。スマートで格好いいね。やっぱり修行して執事さんになったのかな?
ロンさんはいつも忙しそうなので、あんまり声をかけたことがないのだ。でもさりげない心配りをいつもしてくれているので、やっぱりすんごく有能な人なんだと思う。バル様のお屋敷の使用人の人達は皆一流の空気があるのだ。普通、五歳児ってこんな流暢にしゃべりまくってはないだろうし、理解力だって傍から見れば異常だろう。
けれど、このお屋敷では、怪訝な顔を一度もされたことがない。それだけ寛容なのか、主が認めている客人という立場が常識をねじ伏せさせたのか。それはわからないけれど、バル様のお屋敷は今まで感じたことのないほど、居心地のいい場所だった。
バル様が食卓にモモごと着席すると、良い匂いが運ばれてきた。テーブルに置かれたのは湯気の立ったシチューらしきものだ。桃子の分もその隣に置かれた。器も一回り小さくて、具も小さく食べやすくしてくれている。手間がかかった料理に、桃子は嬉しくなった。
五歳児用をわさわざ作るなんて面倒だよね。料理人さん、本当にありがとう! 手を合わせて頂きますの挨拶をいつもよりしっかりしておく。
その間にも、表面の皮がばりっと焼けたパイの包みも出てくるし、白いソースがかかった鮮やかな野菜も並べられている。
「モモ」
目移りしていると呼ばれた。顔を上げると、バル様がシチューをよそって差し出していた。ちゃんと桃子用のスプーンを使ってくれているけど、大きな手が持つとすごく小さくなるので面白い。慣れたかなって少し思ってたけど、やっぱりこの状態は恥ずかしいね!
美形からのあーんに照れていると、キルマとカイに優しく微笑まれた。
「育ちざかりですからね。お腹いっぱい食べるんですよ?」
「パンが欲しければ言ってね。取ってあげるよ」
まるっきり五歳児扱いだけど、ほんとに忘れてない? 何度でも言うよ、私、十六歳です。
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