9、モモ、サービスシーンを拝む~酒豪は漢字が格好いい~
ポクッポクッと木魚を叩くのと似た音で、カイと桃子を乗せた馬は走る。上下に揺れる度に桃子の小さな身体はぴょこんと跳ねる。まるで、一定のリズムで揺りかごで揺らされているようだ。お腹が満たされていて、気持ちのいい天気なのも桃子を誘惑している。
「うーん、眠い」
「飯も食べたし、あんなにはしゃいでいたから無理もないな。後少しで着くから、頑張ってくれよ」
「がんばる……」
眠過ぎて、漢字も忘れちゃったよ。一生懸命に目を瞬かせて眠気を堪えていると、ぐんっと後ろに重力が動き、カイのお腹に顔を押し付けてしまう。うぐっ、苦しい! 鼻腔を塞ぐシャツにもがもが溺れていると、重力の傾きが直って、カイに救出された。
「ふはっ、苦しかったぁ」
「おいおい、大丈夫か? ほらモモ、騎士団に着いたから見てごらん」
「ふわああぁぁ!」
カイに促されて顔を前に向けると、巨大な門が建っていた。その奥に煉瓦作りの要塞がある。
木製の造りが多かった街とは一風違い、煉瓦造りに年季を感じた。ごつごつした外観が格好いい! 中を探検するのも面白そうだ。そういえば、バル様のお屋敷も探検していなかった。帰ったらまずはそっちから攻略しちゃおう!
わくわく考えていると、バル様とキルマが門の前で馬を止めてひらりと降りた。そのまま門番に馬を預けている。
カイもそこまで向かうと身軽に馬を降りる。桃子も華麗におりたいが、足の長さが足りない。幼児のせいだからね、短足じゃないから!
「おいで、モモ」
脇の下に両手を入れられて抱っこしてもらう。ごめんね、お手数おかけします。
片腕で抱えられて、バル様達の元に向かう。カイも団員だけあって鍛えてるんだね! バル様と同じくらいに安定してるよ。胸元のシャツをちびっこい手で握れば絶対的安定感が手に入った。快適快適。
満足していると、振り返ったバル様の右眉がぴくりと動いた。あれ? カイを見上げれば、片目を閉じて苦笑が返された。なるほど。空気を読んで、バル様に向けて両手を広げた。
「オレでいいのか?」
「うん。バル様、抱っこして」
頷くと、バル様の腕に抱えられる。僅かに口元が緩んでいる。うん。正解だったんだねぇ。なにこれ、落ち着く! 安定してるのは一緒だけど、バル様の腕の中ってすんごく落ち着く。安心感が違うよぅ。
まったりしていると、門番さんが目と口を大きく開いてこっちを凝視していた。こんな登場ですみません。
「こんにちは」
「こ、こんにちは。あっ、皆さまお疲れ様です!」
「お、お疲れ様です!」
桃子は電池の切れたロボット状態の青年達に、腕の中から声をかけてみた。するとはっと我に返った彼等は、はきはきと返事を返す。二人の頭の中では桃子と上司に対して様々な憶測が飛び交っているのだろうが、それを飲み込んで団員として背筋を伸ばしたのだ。
その反応を見て、キルマが満足そうに頷く。
「えぇ。貴方方もご苦労様。騎士団に何か変わったことはないですね?」
「はっ。問題ありません!」
「そうですか。団長、私は一度執務室に戻ります」
「陛下に面会したい。申し出の手紙を送っておいてくれ」
「わかりました。すぐに取り掛かります。モモ、また夜に団長のお屋敷でお会いしましょうね」
「うん。お仕事頑張ってね!」
「ふふっ。ええ、速攻で終わらせますよ。では、夜に」
キルマの微笑みは宝石にも負けないね。門番さんの片方も思わずぽぅっと見とれてるもん。あっ、正気の門番さんから脇腹に肘が入れられた。痛そうだけど、大丈夫?
「げほっ、し、失礼しました」
「あー、気にしなくていいぜ。新人にはよくあることだ」
「……引き続き門を守れ」
「はっ!」
二つの声が揃う。バル様に声をかけられたのが嬉しかったのか、門番の二人は心なしか誇らしそうだった。尊敬されているのだろう。そんな人の腕に私がいていいのかなぁ? 威厳が損なわれない?
モモは抱っこされたまま門をくぐった。中に入るなら下ろしてもらった方が……バル様から視線が向けられる。あっ、なんでもないよ?
要塞に入ると団員の人達の視線を一身に集めることになった。シーンとしてるけど、バル様もカイも気にせず奥に進んで行く。
受付カウンターから身を乗り出している茶髪のお兄さんに、バル様の首越しにこっそり手を振っておく。目が落っこちちゃいそうなほど驚いてたよ。
「バル様って心が読めるの?」
「読めないな」
「モモ、安心していい。この世界で人の心を読める人間はいないからね」
冗談だと思ったのか、カイが声を殺して笑う。喉がくっくっくっと鳴っている。でも、それにしてはタイミングが良すぎるよ。バル様は勘が鋭いのかなぁ。美しいお顔を見上げると、目が合った。
「顔が素直過ぎる」
感情もろ出し!? 私のプライバシーを私が公開しちゃってた。心のシャッターが壊れちゃってるのかなぁ。どうしよう、もうお面を被るしかない?
「別に一言一句わかるわけではない」
「それなら、まぁいっか」
「ははっ、その素直さはおチビちゃんの美徳だな」
褒められたのかな? そう思っていると、白い扉の前でバル様が足を止めた。
ノックを二回する。
「ターニャ、居るか?」
バル様が扉を開くと、裸の上半身が出迎えた。
「あ?」
両耳にたくさんピアスをつけたパンクさんが、振り返る! 男らしい顔立ちの人だ。身体は切り傷の痕が多いけど、腹筋割れてます。不意打ちの眼福ですねぇ。これ、どんなサービス?
ふいに視線が結ばれて、桃子とパンクさんはまじまじと見つめ合う。照れちゃうね。思わずはにかみながら笑顔を向けると、ちょっと驚かれた。
パンクなお兄さんは気を取り直したように、デスクによりかかってバル様にいやらしく笑いかける。
「よう、団長さん。隠し子たぁ、やるじゃねぇか。どこの女に産ませたんだ?」
「…………」
「ディー、団長に絡むなよ。お前非番じゃなかったか? なんで医務局に居るんだよ?」
「非番でしたー。けど飲んでたら客同士の喧嘩に巻き込まれたんだよ。全員シバき倒してやったけどなぁ」
上半身裸のまま、パンクさんはガーゼのあてられた手を上げてみせた。と思えば、デスクに載せていたビンをラッパ飲みする。ごくごく喉仏が動いているのが、男らしい。
バル様とカイが室内に入ると、お酒の匂いが漂って来た。この人、医務室で飲んでます!
カイが呆れたようにずかずかと近づく。
「お前仮にも隊長なんだからよ、あんまり騒ぎ起こすなって」
「オレの周りで騒ぎ起こす奴等がわりぃのさ。で? どんな女だ?」
デスクにどんっと酒瓶を置いて、パンクさんがニヤニヤとバル様に絡む。
「女はいない。オレが産んだ」
「げっほっ!?」
バル様が真顔で答えると、パンクさんは盛大にむせた。そのままゴホゴホとせき込むのを、仕方なさそうにカイが擦っている。
むせさせた本人はしらっとした顔で、部屋の中を見まわす。
「冗談だ。それでターニャはどこだ? この子の検査を頼みたい」
「呼んだかい?」
隣室から出てきたのは六十代くらいのおばあさんだった。白髪の交じった頭をお団子にしている。厳しい眼差しをしているが、その顔はパンクさんを見た瞬間に修羅になった。
「ディーカル! ここで酒を飲むなって何度も言ってるだろ!?」
「かてぇこというなよ、ババァ」
「ババァたぁなんだいっ! このバカ弟子が! 治療が終わったならさっさと出て行きな! まったく、怪我ばかりしてくるんじゃないよ!」
「わーかった。わかった。オレァ、飲み直してくるわ。カイ、今度飲みに行こうぜー、そん時にでも詳しい話を聞かせろよ」
「おう。またな」
ベッドに投げていたシャツと酒ビンを手に、パンクさんが出て行く。その足取りはしっかりしていた。あれだけ勢いよく飲んでたのに、酔った様子がないのがすごい。酒豪って呼ばれる人なのかも。
「それで? その子供はどうしたんだい?」
おばあさんの目が鋭く光る。ごくり。桃子は自分が問いただされたわけではないのに、思わず喉を鳴らした。私、どうなっちゃうの?
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