8、モモ、ファンタジーを目で見る~馬の顔って近づけると怖いよ!~

「ふおおおおおおっ!」


 桃子は大興奮していた。バル様のお屋敷を一歩出ると、そこにファンタジーな世界が待っていたのです!


 すぐ上空を人を乗せたドラゴンが駆けていき、道を進む荷台車には馬より大きな猫が繋がれている。街路樹を思わせる木々は、春めいた風に瑞々しい葉をざわめかせ、緑の光が笑い声のようにキラキラと煌めきながら舞っていく。


 桃子がなによりも感動したのは、もちろん空飛ぶドラゴンである。両腕と後ろ足があり、二足歩行も出来そうだ。


口から火を吹いたりするのかな? どんな肌触り? ツルツル? カチカチ? あったかい? 冷たい? 異世界ってすごい! 

 

桃子の中の五歳児も大はしゃぎだ。本能のままに動こうとすれば、先を読んでいたようにカイの腕に止められた。そうだった! カイに抱っこしてもらったままでした。さっき廊下を走って疲れたのに、興奮したら疲れも吹っ飛んじゃったよ。さすが五歳児、体力が尽きても回復が早いこと。

 

ロンさんとレリーナさんが馬を三頭引いてくる。これからルーガ騎士団へと向かうのだ。


「皆様、お気をつけていってらっしゃいませ」


「お帰りをお待ちしています。モモ様には甘いお菓子をご用意しておりますね」


「お菓子! それは早く帰ってこなきゃだね」


 声が弾んでしまう。正直でごめんね! だって、異世界のお菓子だよ? どんな味なのか気になる。


「検査が終わればすんなりと帰れますよ。私達が三人揃って歩きとなると変に目立ってしまいます。ですから、馬で騎士団に向かいましょう。カイがモモと同乗してください。モモはしっかりとカイのお腹にしがみついておくんですよ」


「うん。私、初めて馬に乗るよ。よろしくね、カイ」


「あぁ、でも──」


「初めてではない。屋敷に連れてくるまでオレと乗っていた」


 知らない間に、再び初めてを奪われていた!? 衝撃の事実である。唖然としていると、華麗に騎乗したバル様が、器用に馬を操って長い面を桃子に向けてきた。ぬ、温い鼻息が顔に吹きつけられて、いやぁぁぁぁっ。誰か、ヘルプ・ミーなの!


 今の桃子には大きすぎて怖い。ガブッと噛まれそう。止めてね? 私じゃあ、噛みごたえないと思うの。キミの相手は人参がしてくれるよ。


「だから、モモの初めての乗馬相手はオレだ」


「その話まだ続いちゃってた!?」


 驚くほどマイペースだねぇ。あのぅ、馬を、馬の顔をそろそろどけてください! 舌がっ、舌がね、私の顔に伸びてくるぅぅぅっ!


 桃子が目で必死に頼んでいると、ようやく気づいてくれたのか、バル様はちょっと目を大きくして馬を遠ざけてくれた。


「怖かった……」


「すまない。喜ぶかと思ったんだが」


 どうやら、乗馬もしたことのない桃子に馬をよく見せてくれようとしていたらしい。冷静な口調なのに、ちょっと気まずそうだ。いいよいいよ。親切心からだもんね。全然気にしないよ。でも、馬の顔に近づくのは……しばらくご遠慮しようかな?


「バルクライ様、実はモモを乗せたかったんだな……」


「ええ。顔には出ていないのに、なんとなく不満が感じ取れますね。──帰りはバルクライ様がモモを乗せてあげてください。モモもそれが嬉しいようですし」


 カイに馬の上に乗せてもらう間に、話が進んでいたようだ。私はそんなこと一言もいってないよ? とは言わずに頷いておく。バル様も納得したように一つ頷くと、馬の首を道に向けた。


「行くぞ」 


 バル様がお腹を軽く蹴ると、馬がゆっくりと駆け出していく。その後をキルマが続き、最後に桃子とカイの乗った馬も動く。桃子はカイのお腹に指示通りにしがみつく。


 引き締まって、いい腹筋だね! それにくらべて……桃子は自分のお腹から目を逸らした。大丈夫、子供になったからだもん。元の姿なら、まるまるなんてしてないはず!


 ゆっくりと進んでくれているおかげで次第に馬の動きにも慣れて来た。ちらりと前方に目を向ければ、ドラゴンが競うように羽ばたいている。


 その先には、茶色の岩山を背負った青く輝くお城が見えた。そこから下るように城下町が続いている。城下町の周囲には石壁がそびえ立ち、外敵へ向けて鉄壁の守りを見せてつけていた。

 

 道行く人の服装も様々だ。頭にバンダナを巻いた男の人から、ズボンを穿いた女の人まで実に自由な装いで、見ているだけで楽しくなる。


 真新しいことばかりで全部が新鮮だった。この状況を幸運と呼ぶか不運と呼ぶかは、これから桃子が決めていけばいい。


 今は楽しむのだ。ファンタジーで不思議がいっぱいありそうなこの世界を!

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