第5話

 恐喝を行っていた三人のチンピラが地面に倒れているところに、能力を使っている訳でもないのに白夜の口から出た中二的な決め台詞。

 数秒前の自分の言動を思い出して頭を抱える白夜だったが、恐喝されそうになっていた男が近付いてくると、何とか気を取り直してそちらに視線を向ける。


「大丈夫だったか?」

「はい、ありがとうございました! おかげでお金も無事です」


 嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げるのは、白夜よりも数歳年下……十三歳かそこらといったところか。


(恐喝するにしても、もっと年上を狙えよな。こんな子供が恐喝されるような金を持ってる訳がないだろうに)


 どこか呆れた視線を気絶した三人に向けると、白夜はこのままここにいると面倒なことになるかもしれないと口を開く。


「そうか。じゃあ、次からは気をつけろよ。俺は用事があるから……」

「待って下さい! その……あの……弟子にしてくれませんか!?」

「……は?」


 唐突に出て来た弟子という言葉に、白夜は間の抜けた口を開けるだけだ。

 そんな間抜けな状況であっても、白夜の髪だけは七色に輝いており、人の目を惹き付けるのだが。

 また、ノーラが空中に浮いているのも人目につくだろう。

 そうして数秒が経ち、ようやく我に返った白夜は、恐る恐るといったように口を開く。


「えっと、俺の聞き間違いじゃなかったら、弟子とか何とか言われた気がしたんだけど」


 一応、念のためといった風に恐る恐る尋ねる白夜だったが、その言葉に少年は即座に頷きを返す。


「もちろんです! お兄さんの強さには感激しました。だから、僕もお兄さんのように一歩も退かない強さが欲しいんです!」


 お兄さんという言葉に、白夜は微妙な表情を浮かべる。


(これが美人だったら少しは考えるんだけど、男じゃなぁ……それに年下は趣味じゃないし)


 ボンッ、キュッ、ボンという女が好みの白夜だけに、年下というのはあまり好みではなかった。

 この年代特有の、大人の女性に憧れているというのも影響しているのだろうが、それを理解していながらも白夜は自分の理想を追い求める。


「あー……悪いけど、弟子とかそういうのは考えたことはないんだ」


 この時代、弟子というのは決して珍しいものではない。

 特にネクストでは、戦闘力が全て……という訳ではないが、それでも戦闘力が大きな価値を持っているのは事実だ。

 だからこそ、強い相手に弟子入りするというのは決して珍しい話ではない。

 白夜も、クラスの中の何人かが上級生に弟子入りしたり、下級生を弟子に持っているというのは知っている。

 だが……それでも、白夜は弟子を取るつもりはなかった。

 その最たる理由は、やはり白夜の能力を使う際の制限だろう。

 中二的な言葉を発するというのは、白夜にとっても非常に恥ずかしいものがある。

 それを他人に見られるのが絶対に、どんな手段を使っても嫌だ……という訳ではないのだが、それでも出来ればそんな姿はあまり他人に見せたくないと思うのは当然だった。


「そんなっ! お願いします、僕をお兄さんの弟子にして下さい!」


 深々と頭を下げる相手に、白夜はどうしたものかと迷う。

 弟子に取らないというのは既に決定事項だが、それをどうやって納得させるかと。

 今は少し会話をしただけだが、それでも弟子入りをそう簡単に諦めるようには見えない。


(どうすればいい?)


 そんな思いを込め、白夜は空中に浮かんでいるノーラに視線を向ける。

 だが、ノーラはそんな白夜の視線を気にした風もなく、ただ風に揺らされるまま空中を移動していた。

 ノーラが頼りにならないと悟った白夜は、少し溜息を吐いてから口を開く。


「俺は、こう見えてもそれなりの腕利きだ。けど、あくまでもそれなりでしかない。どうせ弟子入りするんなら、もっと強い相手の方がいいと思うぞ」

「僕はお兄さんに弟子入りしたいんです!」

「……何でわざわざそこまで拘る? 別に俺がお前を助けたからって、そこまでムキに俺の弟子になる必要はないだろ?」

「お兄さんがこいつらに立ち向かっていった姿が、格好良かったからに決まってるじゃないですか!」

「あー……うん、まぁ、そういう風に言われるのは嬉しくない訳じゃないんだけどな」


 何と言おうか考えていた白夜だったが、やがて小さく溜息を吐く。

 この場ですぐに向こうに弟子入りを諦めさせるのは、まず不可能だと判断したためだ。

 ここでお互いに自分の主張をしていれば、せっかく気絶させた三人が意識を取り戻す可能性もある。

 そうなれば、まだここで戦い……いや、乱闘になってしまうだろう。

 そんな面倒なことになるのは、出来れば遠慮したかった。

 面倒なことをきらいだと口にしているわりに、白夜は今回のような出来事に首を突っ込むことが多々ある。

 それは矛盾なのかもしれないが、白夜の性格を考えれば仕方のないことでもあった。

 ……もっとも、白夜はもしかしたらトラブルに巻き込まれているのは美女や美少女かもしれず、それを助けた自分と……という邪な思いがあるのも間違いないのだが。


「とにかくいつまでもここにいると、面倒なことになるだろ。ちょっと話でもしないか? こんなことがあったんだから、お前も色々と混乱してるだろうし」


 言外に、お前が俺に弟子入りしたいと言ってるのは混乱しているからだと、そう告げる白夜の言葉に気が付いたのか、気が付いていないのか。

 ともあれ、少年はすぐに頷く。


「分かりました。ここで騒ぎになれば、お姉ちゃんにも迷惑がかかりますし」


 お姉ちゃんという言葉に、白夜が一瞬だけ反応する。

 白夜の前にいる少年は、まさに美少年と呼ぶのに相応しい顔立ちをしていた。

 その姉であれば、間違いなく美人! と、白夜がそう思ってしまってもおかしくはないだろう。

 このとき、すでに白夜の頭の中では寮に戻って写真集をゆっくり楽しむという選択肢は一旦置かれていた。

 もちろん鈴風ラナのような極上の美人の写真集を楽しむ時間は、白夜にとって至福の時間と言ってもいい。

 だが、それでもやはり鈴風ラナはアイドルであり、直接会うことは出来ないのだ。

 であれば、目の前にいる少年の話を聞き、その姉との出会いに期待をするというのは、白夜にとって全くおかしな選択肢ではない。


「みゃー……」


 白夜の側で浮かんでいたノーラが、また始まった……と呆れたような鳴き声を漏らす。

 その鳴き声で少年もノーラに気が付いたのだろう。驚きの表情を浮かべて、口を開く。


「うわっ、何ですかこれ!? もしかして従魔!?」

「あー……そうだな。そんなようなものだ。もっとも、従魔ってほどに可愛らしい奴じゃ……痛っ!」


 可愛らしくはない。

 そう告げようとした白夜に、ノーラから毛針が飛ばされる。

 威力そのものは大分抑えられているのだが、それでも直接刺されば痛みに呻いてしまう。

 そんな一人と一匹のやり取りは、子供にとっても新鮮だったのだろう。面白そうに笑みを浮かべる。


「あははは。面白いですね」

「あー……そうかい。とにかく一旦この場を離れるぞ。いい加減、そいつらが目を覚ましてもおかしくないからな」

「あ、はい。分かりました」


 少年は頷き、白夜と共にその場を離れるのだった。






「えっと、いいんですか? 奢って貰って。僕は弟子入りを頼んでいる立場なのに」


 表通りにあるファーストフード店で、少年は白夜にそう尋ねる。

 少年の前にあるのは、チーズバーガー、フライドポテト、コーラというセットメニューだった。

 その料金を支払ったのが白夜だったので、少年が自分が奢ってもらってもいいのか? と口にしたのだ。


「別にいいさ。金があまってるって訳じゃないけど、貧乏って訳でもないんだし」


 冒険者としての仕事をしている白夜は、それなりに金に余裕はある。

 もちろん毎日酒池肉林のようなことを出来るほどに余裕がある訳ではないが、ファーストフード店で奢るくらいであれば何の問題もなかった。


「そうですか? じゃあ、えっと……ご馳走になります」


 白夜の言葉に笑みを浮かべ、温かいうちにとハンバーガーに齧りつく。

 口の中に広がるのは肉汁とタマネギの食感、それとチーズのやピクルスといったものだ。

 決して美味いと絶賛出来るような味ではないが、不味いという訳でもない味。

 むしろ、どこで食べても一定の味を維持しているファーストフード店の食べ物は、質より量といった食欲を持つ白夜のような年代にとっては非常に嬉しい存在だった。

 白夜も同じセットのポテトを口の中に放り込みながら、改めて目の前にいる少年に口を開く。


「さて、そう言えば自己紹介もまだだったな。俺は白夜。白鷺白夜だ。で、こっちはノーラ」


 浮かんでいるノーラにポテトの先を向けながら告げる白夜に、少年は口の中のハンバーガーを呑み込んでから、自己紹介をする。


「あ、僕は音也といいます。南風音也(なんぷうおとや)」

「ふーん、そうか。で、南風は……」

「あ、音也でいいですよ。師匠」

「だから、師匠じゃないってのに。……で、音也は何だってあんなのに絡まれてたんだ? 表通りを歩いてれば、ああいうのに絡まれるなんてことは滅多にないだろ?」

「あ、あはは。実はちょっと近道がしたくて。そうしたら……」


 乾いた笑いを口にする音也に、白夜は呆れたように自分の武器……金属の棍に視線を向ける。


「俺の武器ほどじゃなくても、せめて何か護身用の武器は持ってなかったのか?」

「あー……その、あるにはあるんですけど、今ちょっと壊れて修理に出してるんですよ。それを取りに行く途中だったんですが」


 なるほど、と。ハンバーガーを食べながら、白夜は音也の言葉に納得する。

 だが、音也の行動は迂闊という他はなく、白夜からは呆れの視線が向けられていた。


「あ、あはははは。えっと、そう言えば師匠の名前と僕の名前って少し似てますよね。白夜と音也。これってやっぱり僕が師匠に弟子入りすることを運命づけられているってことじゃないんでしょうか?」

「んな訳あるか。そもそも、何度も言うようだけど俺は弟子をとるつもりはない。時間的にそんな余裕もないしな」

「そこを何とか。僕も師匠みたいに強くなりたいんです」

「強くなりたいだけなら、それこそ他にいくらでも手段はあるだろ。それこそ、誰かに弟子入りをしなくても、どこかの道場に通ってもいいし」


 ハンバーガーのチープな味を楽しみながら告げる白夜に、音也は首を横に振る。


「駄目です。僕は師匠みたいになりたいんですから」

「無茶を言うな、無茶を。そもそも、音也は勘違いしているようだけど、俺は生身だとそんなに強くないぞ?」


 その言葉は決して間違っている訳ではない。

 白夜が本領を発揮するのは、あくまでも能力を……闇の能力を使ったときだ。

 そして闇の能力を使うときの自分の中二くさい言葉は、白夜にとって決して人に見せたいものではない。

 その点から考えても、弟子入りは却下するしかなかった。


「うーん、うーん……あ、実は僕の武器って槍なんですよ。ほら、師匠の棍と似てると思いませんか?」

「まぁ、使い方が全く違うって訳じゃないのは間違いないが……残念ながら、俺は弟子とを取るだけの時間的な余裕はないんだよ」


 これは半ば事実だが、半ば嘘でもあった。

 ギルド……いや、事務所の依頼をこなすという意味では、白夜がそれなりに忙しいのは事実だった。

 だが、それ以外……それこそ今日買った写真集を見るという時間はあるのだから。


「むぅ。じゃあ、どうしたら弟子にしてくれます?」

「だから、弟子になるのを諦めるって選択肢はないのか?」

「ありません」


 キッパリと告げるその言葉に、白夜は小さく溜息を吐く。


「とにかく……」

「音也? どうしたの、こんな場所で」


 白夜が何とか弟子入りを断らせようとしたところで、不意に声がかけられる。

 白夜には全く聞き覚えのない声。

 だが、その声が音也と呼んだのであれば、白夜がその声に聞き覚えがなかったのは当然だろう。

 それでも鈴の音のような声が気になってそちらに視線を向けると、そこにいたのは帽子を被り、サングラスを掛けた人物だった。

 その人物が女なのだというのは、先程聞こえてきた声と……何より春らしい服に身を包んでいても、しっかりと膨らんで服を押し上げて自己主張している胸を見れば明らかだ。


(D……いや、もしかしてE? まさか、Fか!? Gってことはないと思うが)


 冬服よりも薄い春服だからこそ、白夜は女の持つ脅威の戦闘力……ならぬ、胸囲の戦闘力に驚く。

 顔のほとんどは帽子とサングラスで隠れているので、どのような顔立ちなのかは分からない。

 だが、その女らしい身体つきは、白夜の目を奪うのに十分な威力を持っていた。


「あ、お姉ちゃん」


 音也の言葉に、白夜は改めて目の前の美人――多分――を見るのだった。

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