第6話
音也にお姉ちゃんと呼ばれた人物は、白夜に……いや、正確には白夜の側に浮かんでいるノーラに視線を向け、次に改めて白夜に声をかける。
「えっと、貴方は? うちの音也とどういう関係? ああ、別に苛めているとかそんな風に思ってる訳じゃなくて、純粋な疑問よ」
「あー……うん。えっと」
どう答えるべきかと迷った白夜だったが、取りあえず今の自分たちはそれなりに目立っているのを見て、口を開く。
「説明するけど、取りあえず座った方がいいんじゃないか? 何だかんだで色々と目立ってるし」
「っ!? ……そうね。そうさせて貰うわ」
帽子とサングラスであからさまに顔を隠している自分、そして見る角度と光の当たり具合によって色が変わる虹色の髪を持つ白夜、好き勝手に空中を飛び回っているマリモのノーラ、一目見ただけで強く印象に残る美少年の音也。
誰がどう見ても、目立たないという選択肢がない集まりなのは間違いなかった。
事実、白夜たちをじっと見ている者は、このフロアでもかなりの数になるのだから。
「あ、お姉ちゃん。これ食べていいよ。師匠から奢って貰ったんだ」
「……師匠?」
弟の言葉に視線を向けられたのは、当然のように白夜。
どういうことなの? と説明を求める視線に、白夜は小さく溜息を吐いてから口を開く。
「音也の姉さんだったら、言ってくれないか? 俺に弟子入りされても困るって」
そう言いつつ、白夜は音也の隣に座った女に視線を向ける。
店の中だというのに、サングラスや帽子はそのままだ。
そのため、どのような女なのかは分からない。分からないが……それでも音也の姉であるのなら、美人なのは間違いなかった。
「弟子入りって……本気? この人……えっと?」
サングラス越しなので確実ではないが、それでも恐らく音也の姉が自分に名前を聞いてるのだろうと分かった白夜は、ポテトに伸ばそうとした手を止め、口を開く。
「白夜だ。白鷺白夜。ヤンキーに絡まれている音也を見つけてな。それで助けたら、何故か弟子入りを希望された。こっちはノーラ」
「みゃー!」
よろしく、と空中を浮かんでいたノーラが鳴き声を上げる。
「そ、そう。えっと……私は音也の姉の南風五十鈴(なんぷういすず)よ。音也を助けてくれたみたいでありがとう。それと……その、迷惑をかけてしまったみたいでごめんなさい」
その迷惑というのが、弟子入りの件を言ってるのだと理解した白夜は、気にしていないと首を横に振り……サングラスと帽子に隠された五十鈴の顔を見て、首を傾げた。
どこからで見覚えがあると、一瞬そう思ったからだ。
だが、こうして五十鈴の姿を見ても、見覚えはない。
疑問を感じつつも、取りあえずその疑問は一旦横に置いてから口を開く。
「助けたことについては問題ないけど……弟子入りはちょっとな」
「ほら、音也。彼もこう言ってるんだし、諦めたら?」
五十鈴にとって、白夜の言葉は弟を蔑ろにされているようで少し面白くないものを感じつつ、同時に白夜という人物と深く関わらなくてもいいと、安堵もしていた。
別に白夜を嫌っている訳ではないが、五十鈴にとって見知らぬ誰かと関わり合いになるのは出来るだけ避けたいと、そう思っていたためだ。
「でも、お姉ちゃん。僕は師匠に鍛えて貰いたいんだ」
「あまり無理を言わないの。無理に弟子入りしたいって言っても、白夜さんの方が迷惑するでしょ?」
師匠になって欲しいと思っている白夜に断られ、姉にも駄目だと言われる。
そのことに、音也は残念そうな表情をしながらも……やがて頷く。
「……うん、分かった」
その様子に、白夜はチーズバーガーを口に運びつつ、安堵の息を吐く。
音也を弟子入りさせれば、五十鈴と……顔は正確に分からないが、音也の姉ということで間違いなく美人だろう人物とお近づきになれるチャンスはある。
だが、それを考えても、やはり弟子入りというのは白夜の選択肢にはなかった。
そう思っている白夜だったが、残念そうにしている音也の顔を見れば、それを放っておくことも出来ない。
何だかんだと人の良い……もしくはお人好しな白夜の性格によるものだ。
もっとも本人は五十鈴のような、美人間違いなしの女と知り合う絶好の機会だと喜んでもいるのだが。
「あー……ほら、何かあったら連絡してきてもいいから。番号を交換しておこう」
そう告げ、白夜はPDAを取り出す。
音声だけの電話も出来るし、映像を使った通信も出来る。
もっと高性能なものになれば、立体映像を周囲に映し出して話すことも出来たりするのだが……当然そのような高性能なPDAは非常に高額で、白夜に手を出せるような値段ではない。
「え? い、いいんですか!?」
「ああ、構わない。……えっと、五十鈴だっけ? そっちもどうだ?」
「私? でも……」
白夜の下心を感じ取ったのか、それともやはりまだ会ったばかりの相手に警戒心があるのか……五十鈴は少し迷いながら、それでも弟の音也にじっと視線を向けられると、小さく溜息を吐いてから口を開く。
「そうね。音也が交換するんだし、私もいいわ。……けど、下らない用事で通信を送ってこないでね」
今までに何度かそのような経験をしているのだろう。五十鈴は一瞬だけ何かを思いだして忌々しそうに溜息を吐くと、持っていたバッグからPDAを取り出す。
そうしてお互いの番号を交換すると、五十鈴が口を開く。
「ほら、番号も交換したし、もういいでしょ? あまりここで時間を潰していると、お父さんたちに怒られるわよ?」
「え? ……あっ!」
「うん?」
五十鈴の言葉に、音也は何かを思いだしたかのように声を上げる。
そんな音也の様子に疑問を持った白夜だったが、それよりも前に音也が口を開いた。
「師匠! ……じゃなくて、えっと、白夜さん。すいませんけど、僕はこれで失礼します。実は今夜ちょっと用事があって」
「ふーん。ま、いいけど。じゃあ、ここで解散だな。……ほら、ノーラ、行くぞ」
「みゃーっ!」
白夜の周囲を飛んでいたノーラが、その言葉に分かったと鳴き声を上げる。
「……可愛いわね」
見た目はマリモ、鳴き声は猫に近いそんなノーラの姿に、五十鈴は小さく呟く。
だが、その小さな呟きは向かいに座っている白夜にも当然届いていた。
「ノーラは基本的に俺と一緒に行動してるから、今度会うときにも一緒にいると思うぞ。もしノーラに会いたかったら、いつでも連絡をくれ」
「……ふーん。そんな風に女を口説くんだ。呆れたわね、従魔をナンパの道具にするなんて」
言葉通り呆れの視線を白夜に向ける五十鈴だったが、言われた本人は特に気にした様子はない。
「そう言ってもな。ノーラは俺と一緒にいるんだし。ノーラと会うのは俺と会うということになるんだぜ? なぁ?」
「みゅー!」
そうだよな? と尋ねる白夜に、ノーラは聞いただけで分かる拒否の声を発しながら毛針を放つ。
幸いその毛針はそこまで鋭くなかったため、白夜に突き刺さっても致命傷を与えるようなものではない。
だが……それでも、痛いものは痛いのだ。
「痛っ! おい、ノーラ。いきなり何をするんだよ!」
「ほら。その子も、自分はナンパの道具じゃないって、そう言ってるわよ?」
五十鈴の、どこか笑みを含んだ声が白夜に投げ掛けられる。
座って残っていたポテトを口に運んでいた音也は、その声に含まれていた不審が若干ながら弱まっているように、音也には感じられた。
もっとも、それを直接口に出しても五十鈴は絶対に認めないだろうと思い、黙っていたが。
「ふふっ、ノーラちゃんだったわよね? 今のご主人様に愛想が尽きたら、いつでも言ってきてね? 私が代わりに従魔にしてあげるから」
「みゃー」
五十鈴の言葉に返ってきたのは、やんわりとした拒絶が含まれた声だった。
白夜を攻撃はしたが、それでも離れるつもりはないということを示した声に、五十鈴は白夜を驚きの視線で見る。……もっとも、白夜からはサングラスをしている五十鈴がそのような視線を向けているとは分からなかったが。
(音也を助けてくれたこともそうだし、ノーラちゃんにも好かれてるみたいだし。意外と悪い奴じゃないのかもね、この人。……軽い性格でナンパしてくるのはどうかと思うけど。でも、いつも言い寄ってくる人みたいに粘着質な感じがしないだけいいか)
白夜の評価を少しだけ……本当に少しだけだが上げた五十鈴は、隣でいまだにポテトを食べている音也に向かって声をかける。
「ほら、音也。そろそろ本当に行くわよ。このままだと本当に遅刻しちゃうじゃない」
「え? あ、うん。分かったよお姉ちゃん。……白夜さん、僕たちはこの辺で失礼しますね」
ちょうど最後のポテトを食べ終わった音也が白夜に向かってそう告げる。
「ああ。暇なときなら付き合うから、連絡してくれ。……五十鈴もな」
「はいはい、気が向いたら連絡するわよ」
軽く手を振り、五十鈴は音也の手を引いて店を出ていく。
それを見送った白夜は、さてこれからどうしたものかと考え……今は特にやるべきことがない以上、寮に戻ることにする。
(やるべきこと? いやいや、あるだろ。俺には写真集をしっかりと見て、ラナの魅力的な肢体をしっかりと目に焼き付けておかないと)
音也を助けるとき、妙な被害が起きないようにしておいた写真集は、当然のように回収してある。
五十鈴がいる前ではそんな素振りを見せることはなかったが、この写真集は白夜にとって今日の……今週の……今月の……いや、下手をしたら今年の中でもかなり大事な代物なのだから。
「みゃー?」
どうしたの? と白夜の周囲を飛び回っていたノーラの言葉に、問われた本人は何でもないとテーブルの上に乗っていたハンバーガーセットの残りを口へと押し込めていく。
音也や五十鈴といった二人と食べているときはそれなりに美味しく感じられたハンバーガーだったが、一人で食べるとそこまで美味いとは思えない。
もっとも、正確には一人ではなく、ノーラの姿もあるのだが。
だが、ノーラは元々物を食べるような口はないので、今回の場合は結局食べるのは白夜だけだった。
そして全てを食べ終わると、そのまま席を立つ。
……音也や五十鈴の件もあり、また白夜も虹色の髪やノーラという非常に目立つ要素がある。
それだけに白夜が立ち上がったのを見て、周囲の客の何人かが興味深そうに視線を向けていたが……視線を向けられた本人は、特に気にした様子も見せず、トレイを片付けると店を出ていく。
「みゃー、みゃー、みゃー!」
白夜の移動速度が思ったよりも速かったこともあり、若干置いていかれた形になったノーラは、鳴き声を上げながら白夜の後を追う。
「ほら、遅れるなよ。今は一分、一秒でも時間は惜しいんだから」
この台詞が、能力を扱うための訓練や勉強のために言われたのであれば、誰しもが褒めるだろう。
だが、今の白夜の中にあるのは、アイドルの写真集を見るという行為だけだ。
まさしく、頭の中をピンク色に染めながら自分の寮に向かう。
元々絡まれている音也を見つけていなければ、もうとっくに寮に戻り、写真集を楽しんでいたはずだった。
それを考えると、随分と時間を無駄にしたようにも感じられる。
(まぁ、五十鈴と会ったんだから、収支的にはプラスなんだろうけど)
帽子やサングラスでしっかりと顔を見ることは出来なかったが、それでも音也の姉ということで、美人なのは間違いなかった。
もっとも、五十鈴とのやり取りを考えると、自分が親しくなれるかどうかと言われれば……それは難しいかもしれないと、そう思ってしまうのだが。
「みゃ!」
空を飛んでいたノーラが、置いていかれてはたまらないと白夜の頭の上に降り立つ。
虹色の髪の上に緑のマリモが乗っているというのは、何も知らない者が見れば思わず笑みを浮かべてしまうような光景だった。
もっとも、ノーラはそこそこ有名なので、そのような者は少なかったが。
地面を蹴って走り続ける白夜だったが、やがて視線の先に巨大な建物が見えてくる。
白夜の通っているネクストの校舎だ。
もっとも、白夜が向かっているのは校舎ではなく、もっと先にある寮なのだが。
白夜が通っているネクストの寮は、その校舎に応じていくつも存在している。
中には施設が他の寮よりも古かったり、もしくは豪華だったりと色々と差異もあるのだが……そんな中で白夜が住んでいる寮は、致命的なまでの外れでもなければ、当たりという訳でもなかった。
「おう、白夜。買えたか!?」
寮に向かっている途中で出会ったクラスメイトの言葉に、白夜は当然だと満面の笑みを浮かべて頷きを返す。
「俺にかかれば、このくらい楽勝だよ」
「へぇ……さすが中二の王者」
「……お前には絶対に見せないからな」
気にしていることを告げられた白夜は、不機嫌そうに告げると、男をその場に残して寮へと向かう速度をさらに上げる。
背後から謝罪の言葉が聞こえてきたような気がしたが、取りあえずそれは何も聞こえてなかったということにするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます