第4話

 白夜の行動範囲の中ある書店の中では、もっとも品揃えがいいと言われている店。

 大変革前は電子書籍ブームで紙の本や新聞といったものは少なくなっていったのだが、それも大変革後には変わってしまった。

 当然ながら、電子書籍を読むには専用の端末が必要となる。

 だが大変革が起きると、電子機器の類は殆ど使えず……当然ながら電子書籍の類は読むことが出来なくなってしまう。

 そのため、魔力によって普通にPDAの類が使える現在でも、そのときのことが言い伝えられているためだろう。電子書籍は大変革前に比べると大きく減って、紙の本が圧倒的に主流となっていた。

 もっとも、当然のように紙の本ともなれば場所をとる。

 それが嫌な者は、自分で電子書籍化したりする者もいるのだが。

 ともあれ、そのために現在の書店の数は大変革前に比べると大分多くなっており、品揃えも豊富だ。

 そんな書店の一つに、白夜が飛び込んでくる。


「っとぉっ! どこだ、ラナの写真集!」


 叫びながら周囲を見回す白夜は、書店の中の一ヶ所に人が集まっているのを目にする。

 そこにいる何人かに見覚えのあった白夜は、躊躇なくその人の群れへと突っ込んでいく。


「みゃー」


 そんな白夜を見送ったノーラは、ふよふよと空中を浮かびながら周囲を漂う。

 ノーラは顔がないので表情からどのような考えを抱いているのかは分からなかったが、それでも鳴き声からある程度の感情は予想出来た。

 すなわち、呆れ。

 そんなノーラの様子には全く気が付いた様子もなく……それどころか、ノーラが人混みを嫌って離れた場所に浮かんでいるのも気が付かないまま、白夜は人混みの中を掻き分けながら進む。

 いっそ手に持っている金属の棍でも振り回してやりたい。

 一瞬そう思ってしまうが、それでも実行に移さないだけの自制心はあった。

 ……もっとも、武器を持っているのは白夜だけではない。もしそんな真似をすれば、周囲にいる他の者たちの手で白夜が袋叩きにされてしまう。

 だが、袋叩きにされるだけで目的の物……鈴風(すずかぜ)ラナのファースト写真集、それも初回版が手に入るのであれば、白夜は喜んで袋叩きにされるだろう。

 それだけの価値がこの写真集にはあると、確信していた。


「どけぇっ!」

「うるせえ! てめえがどけ!」


 白夜が伸ばした手を、前にいた人物が手で払う。

 鈍い痛みが走るが、写真集を手に入れるためならこの程度の傷は問題ではない。

 自分のラナに向ける愛はこの程度ではないと、そう言いたげに再び白夜は手を伸ばす。

 それを見た先程の男が再び白夜の手を弾こうとしてくるが、それを見た白夜は一旦素早く手を引っ込め、男の攻撃が失敗したところで再び手を伸ばす。

 ひたすらに……それこそ餓えている者が食べ物を手に入れるときのような必死さで伸ばされた手は、残り少なくなっていた写真集に触れ、次の瞬間には白夜はその写真集を自分の下へ引き寄せていた。


「獲った!」


 正確には獲ったではなく取ったなのだろうが、白夜の気持ち的には獲ったっで間違いない。

 そのまま争いで写真集に傷がつかないうちに、白夜は素早くその場を離脱する。

 観賞用、保存用、布教用と三冊……可能であればそれ以上欲しかったのだが、残念ながら一人一冊と決められている以上、今手に持っている物しか買うことは出来ない。


「……他の書店にも行ってみるか? いや、けどな」


 写真集に映っている、露出度が高く、メリハリの利いた身体を見せつけて誘うような笑みを浮かべている鈴風ラナを見ながら白夜は悩む。

 だが、ともあれこのまま写真集を持ったままでは不埒者に奪われるかもしれないと、レジに向かう。


「あ、白夜ちゃん。やっぱり来たんですね」


 レジの中から満面の笑みを浮かべてそう告げたのは、白夜よりも何歳か年下の少女。

 この書店は白夜も利用する頻度が高く、漫画や写真集をよく購入しているので、レジの少女……この店の店長の一人娘、崎田照美(さきたてるみ)とも当然顔見知りだった。


「照美、ちゃん付けはやめてくれないか?」


 何故か年下の照美は、白夜を先輩でもなく、さんでもなく、ちゃん付けで呼ぶ。

 愛くるしい顔立ちの照美だったが、そんな相手に白夜ちゃんと呼ばれるのは、かなりの違和感があった。

 せめて君づけなら……と思う白夜だったが、照美はそんな白夜に笑みを浮かべたまま首を横に振る。


「駄目です。白夜ちゃんは白夜ちゃんなんですから。……それにしても……」


 きっぱりと白夜の言葉を断ったあとで、白夜が持っている写真集を見て呆れたように呟く。


「男の人って……」

「何だよ、ラナの写真集だぞ? 俺が買うのは当然だろ?」

「……はあ」


 男の人って本当に……と不満そうに呟く照美に、いつの間にか白夜の側まで戻ってきていたノーラが慰めるように鳴き声を上げる。


「みゃー」

「うん、そうだよね。ありがとう、ノーラちゃん」


 そんな一人と一匹のやり取りを疑問に思いながら、白夜は写真集を照美に渡して会計をすませる。

 幸いと言うべきか、まだ写真集は販売されたばかりでプレミアの類がついてる訳でもないので、定価で買うことが出来た。


「白夜ちゃんも訓練生なんですから、もっと自分のためになる本を買った方がいいんじゃないですか?」

「……十七歳の男にとって、ラナの写真集は何よりも重要な代物なんだよ」

「男って……」


 再度その言葉を口にした照美だったが、再び何か言うよりも前に白夜の後ろに別の客が並んだのを見て、それ以上の雑談は止める。

 白夜もそれに気が付き、ギルドカードを渡して支払いを終える。


(自動で引き落としてくれるんだから、現金を持ち歩かなくてもいいのは助かるよな)


 袋に入れられたラナの写真集を手に、白夜は書店を出て行く。

 そんな白夜の後ろ姿に、照美は少しだけ残念そうに溜息を吐く。

 ……もっとも、白夜の後ろに並んだ男がレジに乗せた本が白夜の持っていたのと同じ写真集だったのに気が付くと、再び『男って……』と口の中で呟いたのだが。






「みゃー?」


 書店から出た白夜の後ろで、ノーラが鳴き声を上げる。

 これからどこに行くの? と尋ねてるのだろうと理解した白夜は、少し考えて口を開く。


「やっぱり他の店に行ってみるか。上手くいけば、写真集をもう何冊か買えるかもしれないし」

「みぃー……」


 白夜の言葉に、ノーラからは呆れたような鳴き声が漏れた。

 心なしか、身体から生えている緑の部分も萎れているようにすら見える。

 そんなノーラの様子には構わず、白夜は真っ直ぐに少し離れた場所にある書店へと向かう。

 だが、その書店に到着した白夜が見たのは、写真集がすでに売り切れているという張り紙だった。


「ぬぅ……予想はしてたけど……無念な」

「みゅー」


 白夜を落ち着かせるように、そして窘めるようにノーラが鳴く。


「他にも書店はあるけど、このままだと多分全部売り切れてるよな……なら……」


 書店巡りをやめるの? そんな期待を抱くノーラだったが、次の瞬間に白夜の口から出た言葉に思わず毛針を飛ばす。


「なら、急いで他の書店に行かなきゃいけないな!」

「みゃっ!」

「痛っ! ちょっ、何だよノーラ」


 放たれた毛針に、白夜の口から悲鳴が上がる。


「みゃー!」


 いい加減にしろと、そう言いたげなノーラの様子を見て、白夜は小さく溜息を吐く。


「分かったよ」


 白夜もそんなノーラの様子に、何も言わない方がいいだろうと判断し、これ以上の書店巡りは諦める。


「みゃー?」


 本当? と言いたげなノーラの鳴き声に、白夜は頷いて口を開く。


「……早く写真集を見たいしな」

「みゃ!」


 結局そこか! と、ノーラは鳴き声を上げる。

 だが、白夜にとって写真集を見るのは非常に大事なことであり、余計な邪魔が入らないうちにその時間をすごしたいと思うのは当然だった。


「みゃー……」


 そんな白夜の様子を理解してるのかいないのか、ノーラは空中を漂いながら走って自分の部屋へ……ネクストの寮へと向かう。

 闇の能力を使ったわけでもないが、白夜の走る速度は速い。

 特に見る者によって七色に色が変わる長髪が風に靡いている姿は、一見の価値ありと言う者もいるだろう。

 ……もっとも、それだけ急いでいる理由が写真集の堪能するためだと知られれば、七色の輝きも色あせて見えるのだろうが。

 そうして道を走っていた白夜だったが、商店街を抜けるといった頃合いに、ふと足を止める。


「みゃ?」


 どうしたの? とノーラが鳴くが、白夜はそれに答えず嫌そうな表情を浮かべ、今まで歩いていたのとは違う方向へと歩き出す。

 写真集をどうするかを迷ったが、このまま袋に入れて持ち歩くよりはとバッグの中へと入れる。

 そうして白夜はバッグをすぐに見つからないような場所に隠すと、金属の棍を手に道を進む。


「んだとこらぁっ! いいからとっとと金を出せって言ってんだよ!」

「嫌だよ!」

「これ以上痛い目に遭いてえのか!? おらぁっ!」


 その声と共に、聞こえてきたのは何かを殴る音。

 いや、それが何を殴る音なのかは、考えるまでもない。

 路地裏に顔を出した白夜が見たのは、予想通りの光景だった。

 三人の男たちが、一人の小柄な人物に対して殴る蹴るの暴行を加えているのだ。

 それでも能力や武器の類を使っていないのは、この手の者たちにしては善良な方だと言えるだろう。

 ……もっとも、だからと言って殴られている方がそれを許容出来るかどうかと言われれば、答えは否なのだが。

 一瞬どうやってこの暴行を止めるのか迷った白夜だったが、結局は一番手っ取り早く簡単な方法を選ぶ。

 つまり、持っていた金属の棍を、近くの建物に叩きつけるという、そんな単純な方法を。

 ギィンッ、という甲高い金属音が周囲に響き、それは暴行をしていた三人組の耳にも当然届く。

 そんな三人が白夜を見る視線は、邪魔者を見る視線以外のなにものでもない。


「何だ、てめえ? 俺たちとやるってのか?」


 三人の中の一人……百八十センチ近い身長の男が、凶暴な視線を向けながら白夜に近付いてくる。


「そうだな。お前たちが下らない真似をしているんなら、俺が相手になってやるよ」

「はっ、何だお前。正義の味方か? いい子ちゃんぶってるんじゃ、ねぇっ!」


 その言葉と共に、三人の中の一人が白夜の顔面へと拳を振るう。

 金属の棍を持っている白夜に素手で攻撃をするのは、普通に考えれば馬鹿げたようにしか見えないだろう。

 だが今回の件が他人に知られた場合、素手の三人と武器を持った一人では一方的に前者が悪いとは言えなくなる。

 三人の男たちも、それを理解しているからこその素手での攻撃だったのだろう。

 白夜も三人が何を考えてこのような行為に出たのかは分かっており……その上で金属の棍から手を離し、前に出る。

 金属の棍とコンクリートがぶつかる音を背に、白夜は向こうの男が放った拳を回避しながら自分も拳を振るう。

 白夜を殴ろうとした男は、まさかの行動に驚く。

 てっきり金属の棍で攻撃してくると、そう思ったからだ。

 そして一瞬ではあっても驚けば、白夜の拳を回避出来るだけの余裕はなかった。

 元々能力者を始めとした者たちと戦い、それで金を稼いでいる白夜だ。

 拳で殴る程度の攻撃を、恐れるはずもない。


(昨日の風使いの攻撃の方が、よっぽど速いし鋭かった、よ!)


 相手の攻撃を回避しながら放たれた一撃は、見事なまでのクロスカウンターとなって男の頬へと突き刺さる。

 自分の攻撃の威力までを利用した一撃に、男は吹き飛ぶ。

 地面を転げ回るように吹き飛ばされた男を、恐喝しようとしていた男たちは信じられないといった様子で見つめる。

 だが、すぐに現在の状況を理解すると、絡んでいた相手をそのままに白夜に向かって歩を進めた。

 最初に一人があっさりとやられたのをその目で見たのだから、当然白夜を相手に気を抜くような真似はしない。

 この学園都市に住んでいる以上、能力者や武器を持った相手と戦うからといって、躊躇うような者は少なかった。


「おらぁっ!」

「くたばれや、こらぁっ!」


 二人が揃って叫びながら白夜との距離を縮めていく。

 その連携はそれなりにスムーズであり、男たちが多人数で戦うことが得意だという証だった。

 能力を使わない状況であれば、そんな二人を相手に白夜も多少は手こずったかもしれない。

 だが……今回は白夜一人ではなかった。

 それを知らなかったのが、男たちにとっての不運だろう。


「みゃーっ!」

「痛っ!」

「うわっ、何だ!?」


 ノーラの鳴き声が周囲に響くと同時に、空中ら降り注ぐ毛針。

 相手を殺すほどの勢いではないが、それでも痛みで足を止めるだけの力はあった。

 そして一瞬であっても動きを止めれば、白夜にとっては十分だった。

 数度振るわれる拳……そして二人の男たちが地面に崩れ落ちる。

 痛みに呻くか、もしくは意識を失っている男たちに対し、白夜はニヒルな――自分ではそう思っている――笑みを浮かべ、口を開く。


「ふんっ、出落ちが。闇に誘われて眠るがいい」


 ……その直後、自然と自分の口から出た中二病的な台詞に頭を抱えるのだった。

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