第3話
風使いの男を捕まえた翌日、白夜はネクストの事務所へやってきていた。
大変革以降、魔力によって髪の色が変わったり多少身体に変化が出て来た者も多かったが、そんな中でも虹色の髪という白夜は他に類を見ないほどに目立つ。
金属の棍をそのまま持っているのは、周囲に長剣や槍、バトルアックスを始めとしてファンタジーの漫画やアニメ、小説によく出てくるような冒険者ギルドを思わせた。
……もっとも、この事務所の役割を考えると、冒険者ギルドというのは言い得て妙と表現するのが正しいだろう。
実際、生徒や教師の間でもこの事務所はギルドと呼ばれることが多く、その通称が一般的となっている。
ここで行われているのは、あくまでもバイトであって冒険者ではないのだが、その辺りは人によっては言葉が違うだけと表現するのは間違いない。
「みゃー!」
その声に、白夜は自分の横へと視線を向ける。
空中に浮かんでいるのは、拳大の緑の塊……いわゆる、マリモだ。
もちろん普通のマリモは空を飛んだり、これほど活発的に動いたり、ましてや『みゃー』などという鳴き声を上げたりはしない。
そもそも、顔どころか口もないのだから、どこから鳴き声を出してるのかは白夜にも謎だ。
当然このマリモは普通のマリモではなく、魔力によってモンスター化したマリモだった。
白夜の相棒であり、名前はノーラ。
……名前に何か意味がある訳ではなく、単純に語感で選んだ名前でしかない。
もっとも、ノーラが喜んでいるのだから、白夜は特に名前に意味がないことを気にするつもりはないのだが。
ノーラという名前は女らしい響きだが、そもそもマリモに雄雌の区別はない。
それ以前に一般的にマリモと呼ばれているのは繊維状の存在が集まったもので、正確にはマリモの集合体とでも呼ぶのが普通の人が知っている丸いマリモだ。
だが……ノーラは違う。
モンスター化したマリモであり、それ単体でマリモとして存在している。
白夜がノーラを飼う……否、行動を共にするようになってから数年が経つが、それでもノーラのことを完全に理解しているとは言えなかった。
そもそも、餌を食べる様子すらなく、太陽の光と周囲の魔力を吸収することで生きるためのエネルギーを得ているのだから、白夜にとっては『植物じゃね? つか、植物なら水が必要だから植物じゃなくね?』という思いすら抱かせる。
「きゃー、ノーラちゃん! ね、白夜。ちょっとノーラちゃんと遊ばせてよ」
ノーラの鳴き声に、少し離れた場所にいた女が白夜へと近寄ってくる。
年齢は白夜と同年代であり、身体は……特に胸は標準的なサイズだ。
何故それが分かるかといえば、女が着ているのが胸元が大きく開いた鎧……魔力を練り込まれて作られた強化プラスチック製の鎧だからであり、その谷間は白夜にとってもいい目の保養だった。
女の方も、白夜の視線に気が付いたのだろう。呆れた視線を向けながら、口を開く。
「ちょっと、そこの中二病患者。どこ見てるのよ」
「胸の谷間」
「……堂々と言えばいいってもんじゃないでしょうが!」
数秒前には呆れて白夜に声をかけた女だったが、こうも堂々と自分の胸の谷間を見ていると言われてしまえばどうしても意識せざるをえない。
もちろん女は白夜に対して好意を抱いている……という訳ではない。
いや、好意は抱いているが、それはあくまでも友人間の好意であって、男女間のそれではない。
それでもこうしてじっと胸の谷間を見られると、女として羞恥心を覚えるのは当然だった。
「みゃあっ!」
「痛っ!」
不意にノーラの鳴き声がしたかと思うと、白夜は頬に鋭い痛みを感じる。
それが何かというのは、これまでノーラと共にすごしてきた白夜には十分に理解出来ていた。
それは、ノーラが身体から毛針を放ち、その毛針が白夜の頬に刺さったときに感じる鋭い痛み。
「おい、ノーラ……」
「みゃ!」
駄目! と、ノーラがそう言ってるような鳴き声を周囲に響かせる。
「ノーラちゃん、私のことをそこまで……これはもう、私が引き取るしか」
「いや、ないから」
即座に女に言葉を返す白夜。
ノーラと行動を共にすることになったときは、色々と思うところもあった。
だが、こうして一緒に行動をするようになってから、既に随分と経つ。
口では色々と言う白夜だったが、本気でノーラを嫌ったり、ましてや遠ざけたりといったことはするつもりはない。
「むぅ。……白夜ばっかりずるい」
「なら、彩奈もモンスターをテイムすればいいじゃん」
「そう簡単にテイム出来るなら、私だってテイムしてるわよ! 今まで、どれだけ頑張ってきたと思ってるのよ!」
不機嫌そうに告げ、彩奈は肩で短く切り揃えている緑の髪へと手を伸ばす。
異世界からやって来て繁殖したモンスターや、魔力によって変質した動物をテイムするというのは、多くの者が挑戦してきた。
モンスターの能力はまさに千差万別で、中には歌のような鳴き声を発するモンスターを使って億万長者になった……という者すらいる。
だが、当然のようにモンスターをテイムなど出来るはずもなく、今まで多くの者がテイムしようと行動したものの、結局諦めることになってしまっていた。
……もっとも、白夜がノーラと行動を共にしているのは、別にテイムしたからという訳ではないのだが。
(いや、モンスターと一緒に行動してるんだし、考えようによってはテイムしたって扱いになるのか?)
そんな疑問を抱きつつ、いつまでも事務所で用事をすませるよりも前に遊んでいる訳にはいかない。
昨日の依頼の報酬を貰ったら、目当ての本を購入するために馴染みの書店へと直行するつもりだったのだ。
「っと、悪い。そろそろ時間だ。俺も彩奈の胸の谷間はもっと見てたかったんだけど、悪いな」
「だっ、誰が見ていいって言ったのよ! 全く……このエロ馬鹿ぁっ!」
「そんなビキニアーマーなんて着て、身体を見せびらかしてるのが悪いんだろ」
「うっさい! しょうがないでしょ、動きに支障がなくて、防御力がそこそこあるのはこれくらいしかなかったんだから!」
じっと見られるのはやはり恥ずかしいのだろう。彩奈は胸の谷間を隠しながら、叫ぶ。
……それどころか、鞘に収められている長剣へと手を伸ばしたのを見て、このままここにいれば危険だと判断した白夜は空中に浮かんでいるノーラを掴むと、その場から脱出する。
(にしても、つくづくネクストは銃器を持ってる奴が少ないよな。もう少し多くてもいいと思うんだけど)
周囲で自分たちに視線を向けている他のネクスト所属の武器を見ながら、白夜は残念そうに呟く。
大変革以降、銃器の類はほとんど使い物にならなくなっている。
それは、魔力を持っている者であれば意識的に……場合によっては無意識にすら生み出すことが出来る、魔力による障壁のためだ。
個人差にもよるが、大抵の場合は人が手で持てるような銃器ではほとんど意味がない。
それこそ対物狙撃銃といった代物でなければ、魔力障壁を貫通することは出来なかった。
だが、それはあくまでも大変革前の武器を基準にしてのものであり、大変革後……魔力というものが知られ、研究されてからは銃弾に魔力の篭もった魔石……モンスターが体内に宿しているそれを粉末にすることにより、魔力障壁を破ることが出来るようになってもいる。
しかし、魔石というのは普段の生活にも多く使われる物であり、決して潤沢な代物ではない。
情報端末……いわゆるPDAの類にも使われており、それによって通信の類が普通に出来るようになっているが、それ以外にも色々と使用用途は多かった。
数万円、物によっては十万円単位もするPDAに使われている魔石を、一発の銃弾で使い捨てる……ましてや、銃弾だけではなく拳銃にも専用の機構が必要であり、魔力を使った拳銃……魔銃はネクストにいるような者たちでは、とてもではないが手の届かない存在だった。
これがネクストの上位組織のトワイライトであれば、より多くのモンスターを倒すことが出来、組織からの補助金もあり、ある程度魔銃を使っている者もいる。
もちろんネクストの生徒であっても、実家が裕福だったり何か特別な稼ぎを持っている者、または学園都市にいくつもあるネクスト全ての中で上位十二人に位置する、ゾディアックや黄道十二宮と呼ばれている十二人であれば話は別なのだが。
もっとも、ゾディアックのメンバーはその辺のトワイライトのメンバーよりも強い者たちなので、銃は必要ないのかもしれない。
そもそもネクストを卒業してすぐにトワイライトの中でも一線級の実力を持つ者こそが、ゾディアックに名前を連ねる最低限の条件なのだから。
さらにゾディアックの中には、突出した者だけがつけられる異名を持つ者も複数人いる。
(銃か……遠くから攻撃出来るし、何より格好いいんだけどな)
溜息を吐きながら、白夜は自分の武器……金属の棍へと視線を向ける。
何も、白夜は好き好んでこの金属の棍を使っている訳ではない。
そもそも金属の棍を使うのであれば、それこそ槍でも使った方が刃がある分、圧倒的に攻撃力は上だろう。
そうでなくても、先程彩奈が持っていたような長剣は一般的な武器だ。
だが……それでも白夜が金属の棍を使っているのは、単純に自分の能力……闇があったからだ。
ランクAと非常に高いランクの闇だが、色々な意味で……本当に色々な意味で制約がある。
中でも白夜が一番苦慮しているのは、闇の能力を使うときはいわゆる中二病的な台詞を口にしなければならないということだろう。
また、主な使い方は武器に纏わせて使うという方法なのだが、何故か棍以外の武器では闇を纏うことすらできない。
そのため、せめて少しでも攻撃力が高くなるように金属の棍を使っているのだが。
だが、それだけに闇の能力は非常に強力でもあった。
闇を纏わせた金属の棍は相手が放ってきた特殊能力を無力化することが可能で、さらには魔力を使って作られたプロテクターの類であっても容易に砕くことが出来る。
強力な分、使い勝手が悪い――または白夜に精神的なダメージを与える――能力、それが闇だった。
「白鷺白夜さん、三番カウンターまで来て下さい」
放送でそう呼ばれ、白夜は相変わらず自分の側で浮かんでいるノーラと共に三番カウンターへと向かう。
そのカウンターにいたのは、四十代ほどの中年の男。
(何でだよっ! 普通、こういうギルド的な場合なら、美人な受付嬢とかいるだろ!? それこそ、胸がバーン、腰がキュ、尻がボーン! って感じの!)
そこにいた人物を見て、白夜は思い切り内心で叫ぶ。
実際受け付けの中には、美人と呼ぶべき女の職員も多い。
特に白夜のいる三番カウンターの横にある二番カウンターには、胸元を大きく盛り上げている、白夜的に思い切り好みの色っぽい受付嬢がいた。
なのに、何故自分はこんな中年の男と……そんな思いが表情に出たのだろう。担当の男は少し不満そうに口を開く。
「何か?」
「いやいや、何でもないです、はい」
「それで、報酬の受け取りでしたね。問題の風使いはきちんと警察が確保したという報告は来てるので、問題ありません。カードを」
「はいはい」
この手の仕事をするのに必要なデータの入っているカード……正式名称ではないが、ギルドカードと呼ばれることが多いそのカードを担当の男に渡す。
(能力にランクはついてるのに、ギルドカードのランクはないんだよな)
ライトノベルの類を好む白夜はそのことに若干不満だったが、ふと視線を感じると二番カウンター……白夜の好みの受付嬢が笑みを浮かべてウインクをしてきたのを見て、鼻の下が伸びる。
少しだけ見えた女の足には、白夜の趣味的に大絶賛したくなるような黒のストッキングが女の柔らかそうな足を包み込んでいた。
鼻の下がさらに数センチ伸び……
「ん、ゴホン」
そんな白夜の様子が気にくわなかったのか、担当の男がわざとらしく咳払いする。
慌てて男に視線を向ける白夜に、隣の美女は小さく笑みを浮かべていた。
「では、入金が完了しました。それで、次の依頼はどうします? ここで何か受けていくのか、それとも今度また自分で選ぶのか」
「そうですね……」
男の言葉に、どんな依頼を受けるか考え……ふと、壁に掛けられている時計が白夜の視線に入る。
そこに表示されている時間は、午後三時。
それを見た瞬間、白夜はすぐに依頼云々どころではないと判断する。
「いえ、結構です」
そう断るまでの時間は、時計を見てから一秒とかかっていない。
そして、色っぽいお姉さんの方へと一瞬だけ未練の視線を向け、すぐにその場を去っていく。
白夜の担当をしていた男も、それ以上は特に何をいうでもなく黙って白夜の後ろ姿を見送った。
当然だろう。この事務所は忙しいのだから。
用事があるのならまだしも、用事がないという相手を呼び止めるつもりはない。
そうして、男は次の人物を呼び出すべく、スイッチを押すのだった。
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