第2話

 池袋で発生した、恐竜とも怪獣とも呼べる存在との戦いから始まった大変革。

 それは、当然のようにその池袋の戦闘だけでは終わらなかった。

 人を襲っていたその存在……通称としてレックスと呼ばれるようになった存在が姿を現した、空間の割れ目。

 レックスを倒しても、その割れ目は閉じることはなかったのだ。

 そうなれば当然再度レックスのような存在が現れる可能性は否定出来ず、周辺にはレックスを倒した戦闘ヘリや戦車、それ以外にも大火力を持つ武器を装備した自衛隊員が待機することになる。

 その選択は、決して間違っていた訳ではない。

 だが……同時に正解という訳でもなかった。

 通信やカメラの類が全く使えないという状況もあり、どうしようもなかったのだが……その範囲が池袋を中心にして広まっているということを誰もが気が付かなかったのだ。

 当然だろう。通信が出来ないと知った者が何とか連絡をしようとしても、そもそもその連絡が出来ないのだから。

 最終的には車の類で連絡を取るために東京へと向かった政治家もいたのだが、通信網が寸断したというのは大きな騒乱をもたらした。

 そして池袋を中心に通信が出来ない区域は次第に広がっていき……韓国、北朝鮮、中国、台湾といったように日本に近い場所に位置する国々をも呑み込み、最終的には地球全土へと広がってしまう。

 この件で起きた事故は数知れず、命を落とした者は数万人、十数万人、もしくはそれ以上とも言われている。

 池袋に存在する空間の割れ目への対処も、通信の類が殆ど使えないこともあってミサイルや砲弾の発射を全て手動で行うことになってしまっていた。

 元々この時代の兵器はその多くが高度なネットワークにより繋がっている。

 そのネットワークそのものが使えなくなっている以上、その全てを手動で行うしかない。

 その行為に手間取り、またそれ以外でも戦場となった池袋では瓦礫が散乱し、それに埋まっている者もいる。

 それらを助けるのも一苦労というべき有様だった。

 現場にいる自衛官たちは、苦労しながらも自分の職務を遂行していく。

 意外なことに、恐らくこの時点では池袋こそが世界で最も安全な地域だったのかもしれない。

 飛行機は墜落し、船は座礁し、電車は線路から脱線し……それ以外にも様々な事故が多発したのだから。

 それ以外にも各種研究施設において重大な事故が多発する。

 特に被害が大きかったのは、原子力発電所を始めとする各種発電所だった。

 この大変革の日から、世界は百年……下手をすれば数百年近く時代を逆行することになる。

 その最大の原因は、大変革の原因となった空間の割れ目。

 正確には、そこから流れ込んできた別世界の空気……後に魔力と名付けられることになる粒子が様々な電波や機械の活動を阻害する性質を持っていたためだ。

 これこそが、池袋において……そして世界中で通信が使えなくなり、様々な事故を起こさせた理由。

 近年の文明はネットワークを前提にしている物が殆どであり、その全てが使えなくなったのだ。

 その状況で、文明の衰退が百年から数百年程度で済んだのは、まだ幸運だったのだろう。

 下手をすれば、それこそ中世と呼ばれる時代まで文明が衰退していたのかもしれないのだから。

 また、魔力が広がるにつれて既存の生態系にも変化が現れる。

 魔力により普通ではありえない変化をするものが現れたのだ。

 例えば、食虫植物は動物や鳥といった存在も襲うようになり、動物も凶暴性を増し、羽根が生えたり牙が生えたり、首が二つになったり……といったように。

 勿論それだけの影響がある以上、人間にも影響は起きる。

 髪の色が赤、青、緑、黄色、と様々な色になったり、耳が尖ったり、角が生えたり、瞳の色が変わったり、中には額に第三の目が現れた者すら確認された。

 また、魔力によって身体能力が高くなった者も多く、頭が良くなった者も多かった。

 そして何より魔力という存在の異常性が際立ったのが……まるで漫画やアニメに出てくるような能力を持った者が複数現れたのだ。

 火や水を出すような者や、風や土を自由に操れる者。

 他にもサイコキネシスやテレパシーのような超能力を使える者たちも確認された。

 魔力を使って魔法を使うような者すらも現れるにいたっては、誰もが目を見開いたらしい。

 だが、そのような特殊能力の持ち主は、文明が衰退した中で非常に頼れる存在となったのも事実だった。

 何故なら、魔力によって凶暴化した動物……モンスターが襲ってきたとき、立ち向かえるのは特殊能力者たちだけだったのだから。

 ……そう、モンスターと呼ばれるようになった、魔力によって凶暴化した動物に対して、人間が個人で使えるような銃火器の殆どはほぼ無意味と言ってもよかった。

 レックスと同様に魔力を使った盾を使えるモンスターが多く、それは小口径の拳銃では貫くことが出来ない。

 五十口径といったような強力な拳銃であれば盾を貫くことが出来ることがあったし、戦車の類であればより確実に盾を貫くことは出来る。

 しかし、そのような武器というのは当然数が少なく、コスト的な問題も大きい。

 大口径の拳銃や戦車を用意するコストに比べると、能力を持った者が戦闘に参加すればコストらしいコストは存在しない。

 また、何よりモンスターの存在により人の行き来が難しくなってしまったため人の交流が減り、食料を調達するのも大変革以前と同じようには出来なかった。

 そんな状況ではモンスターの肉というのは貴重な食料であり、戦車の砲弾といった攻撃で殺してしまうと食べる部位そのものがなくなってしまう。

 半ば自給自足と呼べる生活が暫く続き……そんな中でもかつての技術を残していた集団により国は復興していく。

 そうして五十年、六十年がすぎる頃……世界はかつての大変革前ほどではないにしろ、二十世紀に近いだけの生活水準を取り戻してはいた。

 通信が出来ないという問題も、魔力を介しての通信システムが開発されることにより普通に遠方の者と通信が出来るようになり、それに伴って情報の共有やマギネットと呼ばれるインターネットのようなネットワークシステムも新たに作られ、生活は爆発的に改善していく。

 そんな中で次に必要されたのが、異世界への対処手段。

 ……大変革で現れたレックスもそうだったが、それ以後も幾度か空間に割れ目が作られ、そこから色々な者たちが地球へと姿を現していた。

 この頃になると知ってる者は殆ど残っていなかったが、世界は箱に包まれているといった学説を唱えたアメリカの科学者ディジェ・イスマイールの懸念はより悪い意味で正しかったと証明されてしまう。

 レックスのような恐竜であったり、人間よりも巨大な狼であったり、中にはリザードマンのようなファンタジーに出てくる存在、風船のように空中を漂うような奇妙な存在を始めとして様々な存在がいた。

 リザードマンのような存在は意思疎通が出来るかもしれないという期待が抱かれたのだが、残念ながらいくら平和的に接触しようとしても、意思疎通は無理で逆に襲われる羽目になる。

 中には人間に対して友好的な……正確には人間に敵対しないという意味で中立的な存在もいたのだが、それは本当に少数でしかない。

 そのほとんどが人間に対して敵対的であったり、もしくは餌としかみていないような者たちだった。

 幸いにもと呼ぶべきか、能力者によりそのような者たちには対処出来た。

 また、そのような空間の亀裂も早ければ数日、遅くとも数年で消えるため、延々と敵と戦い続けるようなことにならずにすんだのも幸運だったのだろう。

 だが……世界中の全てが能力者になった訳ではない以上、どうしても能力を持つ者と持たざる者との間で対立は起きる。

 それでも能力者がいるからこそ自分たちの安全が確保されているというのも実感しているだけに、対立が表立つようなことはなかった。

 これで能力者の数が多ければそこまで対立が深まるようなことはなかったのかもしれないが、能力者が生まれるのは百人に一人いるかどうかだ。

 ましてや、成長するに従って能力が失われる者もいるのだから、どうしても数では能力者ではない者の方が多くなってしまう。

 様々な者が抱く、複雑で純粋で歪な感情や思惑。

 それらが組み合わさった結果、最終的に異世界からやって来る侵略者たちに対処するための組織が結成される。

 また、まだ若い者たちが戦い方を含めて学ぶ場として訓練校も作られた。

 能力者の数は百人中一人に満たない程度ではあっても、日本を含めて様々な国全体として考えれば、間違いなく膨大な数の能力者がいることになる。

 結果として、対異世界組織とそれに付随する訓練校は大きくなり、日本ではかつて東京と呼ばれた場所の半分程を使って巨大な能力者たちによる都市が生み出された。

 なお、対異世界組織や訓練校については、国によってそれぞれ名前が異なる。

 たとえば、日本の場合は対異世界組織の名前が日の出前や日没後の薄明かりを意味する黄昏……『トワイライト』で、訓練校は次世代を意味する『ネクスト』と呼称されていた。

 トワイライトは一つしか存在しないが、訓練校たるネクストは学園都市中にいくつも分散している。

 大変革という、以前の文明の日没と……そして新たな文明の日の出前を照らし出す薄明かりと、次の文明を担い、生み出していく次世代。

 トワイライト、そしてネクストの仕事は多岐に亘る。

 異世界との接触で地球にやってきた敵対的な存在を倒し、捕らえ、説得し……といったことから、異世界からやってきて地上で繁殖してしまった存在や魔力によってモンスターと化した存在の駆除。

 それ以外にも、犯罪を犯した能力者を捕らえ……ときには命を奪うといった仕事もある。






「ふざけるな! あいつは……あいつは俺の父さんを騙して借金を背負わせたんだぞ! 何が保証人だ。最初から騙すつもりだった癖に……」


 叫ぶ十代の男の周囲には、拳大ではあるがいくつも小さな竜巻が浮かぶ。

 風使い……能力者としては珍しくないが、その中でも男はランクCとそこそこの高ランク能力者だった。

 能力者や魔法使いにつけられるランク。それはA、B、C、D、Eの五つのランクに、ランクA以上を意味するランクS、そして能力者の戦闘には適さないランクZという七つのランクから成り立っている。

 もちろんそれはあくまでも能力のランクであって、その能力を実際に使いこなせるかどうかというのは、能力者次第だろう。

 能力を使いこなしている低ランク能力者が、能力を使いこなせていない高ランク能力者に勝つというのは、そう珍しい話ではない。

 あくまでもランクというのは能力の目安でしかないのだ。

 ……もっとも、その目安が重要な役割を果たしているというのも間違いのない事実だった。


「お前の気持ちは分かるけどよ、だからって能力を使って襲撃するってのはやりすぎだろ?」


 小さな竜巻を幾つも浮かべている男を眺めながら、対峙している男は言葉を返す。

 十代半ば程の年齢で、その視線は思いの外鋭い。

 背はそれほど大きくはなく、中肉中背と呼ぶに相応しいだろう姿。

 平均よりは整っているだろう顔立ちだが、他とは決定的に違うところが幾つかあった。

 それは、髪。

 太陽の当たる様子によっては赤、緑、黄色、青、紫といった風に色が変わる、正に虹色とでも呼ぶべき髪。

 その髪は背中の中程まで伸びており、首の後ろで一つに結ばれている。

 手に持っているのは、金属で出来た棍……いわゆる金棒であり、その左肩には緑色の毛玉が乗っていた。


「うるせえっ! だったら最初に俺が訴えたときに何とかすればよかったんだ!」

「お前の訴えを揉み消した警官は、もう処分を受けてるだろ? それで今回の件が発覚したんだから、それでよしとしないか? 今なら、まだ軽い刑罰ですむんだし」


 棍を手にしながらそう告げる男に、竜巻を幾つも背負っている男は憎悪の表情すら浮かべて首を横に振る。


「ふざけるなぁっ! 俺は、絶対に、絶対にあいつを許すことが出来ねえんだよ! まだだ……まだ、本気で思い知らせてなんかいねえんだ!」


 叫ぶと同時に、男が背負っているいくつもの竜巻の大きさが次第に増していく。

 それを見ながら、混を手にしていた男は小さく諦めの溜息を吐いてから、口を開く。


「これ、あんまり好きじゃないんだけどな。……恥ずかしいし」


 そんな男の言葉には目も……いや、耳もくれず、竜巻を背負った男は大きく叫ぶ。


「俺の風に斬り裂かれろ!」


 叫びと同時に、男の背後にあった竜巻が一気に棍を持った男の方へと突き進んでいく。

 その言葉通り、触れれば間違いなく風によって斬り裂かれるだろう威力を持つ、複数の竜巻。

 だが……棍を持つ男はその風が放たれた瞬間に叫んでいた。


「我が闇よ、棍に纏て全てを砕く力となれ!」


 その言葉と共に棍の男の影が泡立ち……次の瞬間、影から伸びた闇の触手とでも呼ぶべきものが棍に纏わり付き、振るわれた棍は迫ってきていた竜巻を砕く。

 予想外の展開に目を見開いたのは、竜巻を操る男だ。

 まさか自分の竜巻がこのようにあっさりと破壊されるとは、思ってもいなかったのだろう。

 だが、その油断は戦いの場においては致命的であり……次の瞬間、近付いてきた男に棍を突き出され、鳩尾を強く突かれて意識を失う。


「……ったく、中二臭えったらありゃしねえ」


 意識を失って地面に倒れ込んだ男を見ながら、金属の棍を持つ男……白鷺白夜(しらさぎびゃくや)は自分の虹色の髪を掻き混ぜる。


「みゃ!」


 そんな自分の主人に、白夜の左肩に乗っていた存在は本来ありえない鳴き声を上げるのだった。

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