転 何故求めている?どうやって救う?

Main file.04『茶と記憶は苦いもの』

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 2016年 6月7日 21:24

「やっぱり出ないなぁ……樫之さん」


 薄暗く、床にホコリ一つ無い空洞な部屋で、僕はあるものを見ていた。

 いくら探しても出ない。

 樫之さんの情報があまりにも出ない。

 せいぜい、この街のどこかで育って、この街に今も住んでいる事と、親子関係の噂程度。


 あるものとは、僕の知人達が集めてくれた情報だ。

 たった一度か二度助けただけだと言うのに、知人達は、僕にあまりに施してくれる。

 情報はその中の一つだ。

 彬愛と共に明日探しを行っていた際は相手の性格、環境、成績、住所、連絡先、噂、交友関係、好きな子、家庭環境、etc.

 等の実績のある、優秀な情報筋の筈なのだが……。


「こうも出ないとなると……誰かに情報を堰き止められていると見て間違いないかな?」


 反論①

 影が薄いだとか、印象に残らないだとかの理由で、情報を持っている人が少なかった。

 *問題点

 如何に影が薄いのだとしても、この街で育っているという情報が正しいのであれば、アルバム等の記録や戸籍は拾える。

 無理あり。

 反論②

 情報筋が劣化していた可能性。

 僕らが活動していたのは4年前の為、その間に弱まっていた。

 *問題点

 可能性的には有り得なくもないが、彼等は僕が止まっていた時も活動していた。

 というより知人を疑えない。疑いたくない。


「可能性としてはなくはないけど……流石に足切りだね。

 情報を制限されてるとして動くとしよう」

 しかし、僕には一つ、気にかかるところがあった。


「ん~?いや、それにしては……情報の消しが甘いかな……?」

 既にある情報の、

 ①この町、七転町で育ち、②今も七転町に住んでいる。

 この点から、小指の赤い糸へと辿れなくはないのだ。


 ……情報に干渉してる割には③の親子関係は残しているのは何故だ?

 色々腑に落ちないな……


「……試されている?」

 どうなんだろうか、ありえなくはないと思うけど。

 それとも詮索してる馬の骨ぼくらを罠にかけるため?


「なんにせよ、ここからは僕一人だな」

 知人に迷惑はかけられないし、これ以上の情報は出てきそうにもない。

 なにより──


「僕一人でやらなきゃ、この行いは意味を持たないのだし──」

 これは僕のリスタート。

 僕が歩かなきゃ、ダメなんだ。

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 2016年6月29日 11:34

「虞瞳君は普段仕事以外は何してるのさ?」


「町をうろついてますかね、散歩だったり、ボランティアだったり、ラジバンダリです」


「やっている事は健康的で実によろしいのだが……古くないかぁい?さいごの」


 ……そうだったっけ。

 娯楽の類は手を付けなくなって久しいのだけど、確かにそうだった気もする。


 町をうろついている理由には、趣味、息抜き、仕事関係、顔見せ、挨拶、観察、収集等がある。

 この時期の放浪にタグをつけるなら、#仕事#顔見せ#収集の3つになるだろう。


 僕が探していたものは、樫之さんの学歴だ。

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 2016年7月8日 19:30

 まず訪れたのは、町中の学校。

 七転町は中都市といった具合の栄え方であり、

 程々に都市、程々に田舎、という感じ。

 学校は少子化が進む現在にしては多かった。


 そう、多い。

 ……多かった。

 久しぶりだからって、なまりすぎだ。


 1校目

「夏目、無かったぞ、そんな名前」


 2校目

「夏目君だったの!久しぶりだね〜。

 で、居なかったよ。その子」


 3校目

「夏目さん、探してみたけど、ダメでしたね……」


 4校目

「本校にその学生が在籍した記録はないですね」


 ……5校目

「ない、きっぱり言うけどない」


 6……校目

「なしなしのなーし」


 7校目、ようやく。

「ああ……例の人ですね。

 うん。この学校で学んでいましたよ、橿之さん」

 見つかった。

 ずっと町中を駆け巡って、やっと。



「とりあえず、お茶でも飲まれますか?」

「はぁ……ありがとうございます」

 古ぼけて、劣化が確実に進んでいながらも、どこか安心と郷愁を感じる、いかにもな学校。

 招いてくださった教師の方は、老紳士といった風貌の温厚そうな先生だった。

 当時橿之さんを受け持っていた方で、

 一度教壇から降りたところを、定年延長の関係で昨年復職したらしい。


 子供時代の橿之さんは、活発で明るく、優しくて繊細な子供だったそうだ。

「手のかからない良い子だったのを覚えています。

 クラスを明るく回す、潤滑油のような子だったんですが……」

 笑顔だった先生はそう言うと、苦虫を噛み潰したような、己の不甲斐なさを悔いるような、とにかく気持ちのいい思いがあるとは思えない顔をしていて。


 ちょうど、その時に入れていただいたお茶がそんな苦味を持っていたことを、僕は思い出した。

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 2016年9月24日 12:45

 彼女が、

 どこの学校に進学して、どんな人間だったかが、少しずつ紐解かれていく。

「牟ちゃんは……よく笑う子だったよ。

 笑って、恋して、喜んで、悲しんで、泣いて。

 そんな、普通の子だったよ」


「いつも勉強とゲームしてたな。

 受験と好きなシリーズの新作がダブった時なんか酷かった。

 毎日死にそうな顔してたからなぁ……あいつ」


「真面目な子だったなぁ……

 私が勉強教えてもらってた時、ぜんぜん分かんなくても自分の教え方が悪いって、

 そのまま抱えちゃうような子だったんだよ……


 頑張り……すぎちゃったんだね…………」

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 2016年9月29日 11:27

「なに?

 おこめつぶでも付いてる?

 なら虞瞳君が食べちゃってよ。私は構わないぜ?」


「いや……橿之さん食べてるのおでんじゃないですか。

 コメツブなんてないでしょう」

「それはそうだけどもさぁ……もっとユーモア持たない?

 それじゃあモテないぞっ!」

 笑う。

 笑いながら、彼女はそう言う。


 彼女は、現在でもよく笑う。

 けれど。

 経験上、分かってしまう。

 作り笑いは、分かってしまう。

 彼女が作らずに笑ったところを、

 僕は見たことがない。

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 2016年10月2日 11:27

「大学へ受かるために、ずっとずっと勉強していて、

 学年でも一二を争うぐらい良かったはずですね」


「高校に入ったぐらいから、お母さんの病気が悪化して入院しちゃってね。

 お母さんを治したくて、医療系へ行こうとしてたんだけど……

 お母さん……三年の……一月ぐらいに亡くなっちゃったんだ」


「それでも受かったんですよ。

 他の患者さんを治してあげたいって……泣きながら言ってた」

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 2016年10月29日 13:40

「どうかした?

 疲れてるみたいだけど」


「いや、だいじょ」

「はいはい、おでこと手出して、ほら」

 彼女は、慣れた手つきで脈と体温を調べる。


「体温は平熱、血行はちょっと悪いね。

 きみ、ちゃんとお風呂入って寝てる?

 お姉さんは少し心配なのです」

 赤子を憂うような表情と、慈しむその仕草で、

 僕はますます彼女が心配になった。

 これだけ、あれだけ医療へうちこんだという人が。

 橿之さんは、医療の仕事にはついていない。

 なにが、いったい何があったんだ。

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 2016年11月22日 21:00

 橿之さんが、通っていた 大学。

「──強姦だよ」

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