第8話

「真面目に言ってるんだけどなぁ……」

「大切な人を殺せるか尋ねる貴女、大概イカれてると思いますけど?」


 いや、冗談抜きで。何を言っているんですかこの人は。

 そもそも、その覚悟の有無がなぜ彼のことを聴く条件になるんですか。

 そんな私の意志が視線にこもっていたのだろうか、日和さんは薄く苦笑いを浮かべた。


「ま、冗談みたいな問いだとは私も思うけどね」


 寂しげな口調が、本意ではないことを如実に語る。だが、それでも人殺しになる覚悟があるかを尋ねるなんてふざけているだろう。

 そんなことを考えている私に、再び日和さんから爆弾発言が飛んでくる。


「……でもね、ちーちゃん。何かの拍子に自殺しかねないアイツに告白してるんだから、もうその覚悟は必要なんだよ?」


 …………何をどうしたら彼はそんな爆弾になるのだろうか。

 なぜそんなあっさり信じるのかと突っ込まれそうだが、疑う余地はない。だってこの人絶対に嘘つくの下手だもん。

 冗談は言えても嘘は下手。よく考えれば藤倉くんもそうだった。

 この性質はきっと、萩村くんの友人全般に言えることのはずだ。そして、萩村くん自身にも当てはまる。


「ちょっとちーちゃん? 視線から『あーやっぱり類友っぽいなー』みたいな空気感じるんだけど?」

「ええ、間違いなくそう思っているので」

「まあ実際そうなんだけどねー。で、その上で『なんで優人はそんな馬鹿なのか』って疑問に思っていると見た」


 違うけど大体合っていますね。困ったことに。


「でも、そんな馬鹿になった理由は、答えを訊いてから。気に入らなかったら話してあげないけどね」


 日和さんはそう言って私を見つめる。

 これ以上の言葉は貰えないのだろう。

 しかし既に正答は出ている。だってのだから。

 私の心は、果たして萩村くんを殺せるか。

 その覚悟への問いかけに対し、私もまたなのだ。


「私は────」


 *


「────オッケー、よくわかった。それじゃ、教えてあげる」


 私の答えを訊いて、日和さんは満足げに頷きながらそう言った。

 どうやら無事、お眼鏡にかなったようだ。何よりである。


「そんじゃまず事前に把握してもらう事ね。優人は小学五年と六年でイジメられてた。周りの連中から毎日のように「キモイ」って言われる形で」

「…………いきなりですね?」


 いきなり語り始めたと思ったら、いきなりイジメの内容を聴かされた。

 本当にこの人、ノリと勢いだけで生きてるんだろうな。まあ、そうでもないとこんな年で子供を産んだりしないか。


「そんでそのことをキッカケに若干の人間不信を起こして、中学生になって無事ボッチになりましたとさ」

「…………」


 日和さんが軽いノリで、次々語っていくからそこまでのことではないように聞こえてくるが、話している内容はとてもではないが軽く受け止めるべきことじゃない。

 だがしっかり受け止める時間すら与えず、日和さんは更に言葉を重ねていく。


「中学二年の時、小学生のころから続いていた初恋が終わ────」

「────そこのところ詳しく」

「……食いつき凄いねー」


 日和さんが苦笑いを浮かべるが、そんなことはどうでもいい。

 萩村くんの好みを把握するチャンスなのだ。一人称についての経緯なんかより優先される。


「小学生のころから仲の良かった私が好きで、中学生の時に友人が優人の悪口言ってたもんだから、その場の勢いで「アイツは私の親友なの。ふざけてるとコンパスぶっ刺すよ?」なんて言ったんだけど、そしたら優人がそれを聴いてて親友という関係に落ち着いたってだけ」


 …………あれぇ?


「あの、萩村くんが日和さんを好きになった経緯とかは?」

「ないよ。アイツだって、「気が付いたら好きになってた」って笑ってたし。ほら、あれじゃない?「俺は俺を好きなやつが好きだ」ってやつ」

「…………」


 私も真正面から好意を向けているはずなのに。解せぬ。

 ……って、あれ? 待って日和さん?


「日和さん、萩村くんのこと────」

「恋愛的な目で見てたよ」

「軽々しく言っちゃうんですね……」


 もう若干慣れてきたが、やはり何がどうとか思うこともなく、あっさりと吐き捨てるように言ってしまう人だ。

 …………あ、もしかして?


「……もしかして、私って日和さんにとっても都合が良かったりしますか? 同性相手じゃないと話しづらいことを吐き捨てる存在として」

「あらら、気づいちゃった? 高校中退するのと一緒に交友関係捨ててきたもんだからねぇ」

「…………」


 深刻な様子もなく、やはり苦笑いと共にそんなことを言ってのける。

 確かに身近に女性がいなければ、こんな風に私に話すことも不思議ではないかもしれない。男性にはこんなこと話しづらいだろうし、母親相手では別の理由で話しづらいだろう。


「ま、その辺の私の身の上話はまた今度ね。それより今は優人が経験してきたことの方が大事でしょ」

「…………」

「沈黙は肯定と思って話を進めさせて貰うよ」


 正直もうちょっと掘り下げたいが、それ以上に萩村くんの話の方が大切なのは事実の為、致し方なく沈黙で返す。


「えっと、中学二年の頃に初恋が終わったってところまで話したよね。そんでもって、中学三年を卒業する頃にはあの優人が出来上がってたって感じかな」

「中学三年では何もなかったんですか?」

「何もなかったよ。だからこそああなった感は否めないし」

「…………」


 何もなかった期間があって、考えを整理する余裕が出来てやっと完成したのか。

 自虐によって自分を守り、他者を遠ざけるあの形が。


「ちなみに、アイツはお兄さんとの仲も良くなかったから、そこら辺も影響してるかもね。とことん貶されたらしいし」

「…………」

「はいはい、そんな殺してやろうかみたいな目をしないで。大体悪いの優人だから」

「……そうなんですか?」

「うん。原因はほとんど優人から。お兄さんの方はそれにキレてただけ。まあ口が悪いのは事実だけどね」

「…………ならしょうがないですね」


 萩村くんが原因で険悪になってしまったのなら、そこに怒りを覚えるのはお門違いだろう。そもそもこんな形で掘り下げているのも、どちらかと言えば良くない。


「さてと、それじゃ本題だ。優人はね、元々一人称が『僕』だったんだ」


 そしてそんな唐突に語られ始める、本題の一人称の違いについて。

 そう、まだ本題になってすらいなかった。どんな過去が語られるのか。

 、そんな脳内裁判が今始まる。

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