第7話

『この住所に今週の土曜日、十四時に来るようにして』


 萩村くんからそう言われたのが、先日のファミレスでのこと。

 そして土曜日になり、スマホの地図を頼りに来てみたところ、そこにあったのは────


「……アパートですか」


 少し老朽化が進んでいるように見える、割とどこにでもある安そうなアパートだった。

 部屋番号について教えてくれなかったのは、勝手に入っていかないようにだろうか。

 そんな風に考えながら、強引に聞き出した『繋がり』のチャット欄で「着きました」と送る。

 するとすぐに扉が開く音が聞こえ、扉から出てきた萩村くんが下りてきた。

 どうやら目的の部屋は二階らしい。


「早かったね。まだ三十分あるのに」

「気が逸ってしまいまして。それで、ここが萩村くんのお家うちですか?」

「違うよ。ただの知り合いに家がバレるなんて勘弁」

「……てことは親友の方のお家ですか。知り合いに親友の家がバレるのはいいんですか?」

「そりゃ、あいつは女子相手だろうと容赦しませんし」

「何それ怖い」


 と、萩村くんはそれ以上の言葉を重ねず、アパートの二階へと上っていき、先ほどの部屋へと向かう。

 私もその後ろをついていく。……と、ここで中から赤ちゃんの笑い声が聞こえてきた。ご親友さんのご両親は随分とお盛んなのでしょうか?


「例の人、来たぞー」


 萩村くんがそんなことを言って中に入っていく。そして私もまた開いた扉を押さえながら、部屋の中へとお邪魔する。


「お邪魔します」


 ちゃんと礼儀を忘れないように。アパートの中は清潔にされていて、安アパートのような見た目の割には足場もしっかりしていた。

 そして奥へと進み、そこにいた人物は────


 ────見た感じ一歳くらいの赤ちゃんと、その子を抱いている女性。そして二人をどこか微笑ましそうに眺める萩村くんだった。


 …………そう、女性だ。男性は萩村くんしかいないのだ。

 その意味は分かる。流石にあの赤ちゃんが親友なんてことはないだろう。

 そしてその女性は私に目を向け、柔らかい笑顔と共に言うのだ。


「あ、いらっしゃいませ。貴女が優人に言い寄ってる変態ちゃん?」


 類は友を呼ぶ。萩村くんに言い寄るなんて変態以外の何物でもないと、言外で吐き捨ててしまえる彼女こそが、その親友さんなのだろう。

 というかその柔らかい優しそうな笑顔から、そんなセリフが出てくるってビックリなんですが!?


 *


「で、説明なしで行っちゃったわねアイツ。本当にクソったれだわ」


 ケラケラと品なく笑う、萩村くんの親友さん。

 いや、本当に。女性なんて聞いてなかったんですけど!?


「それじゃ、先に自己紹介といきましょうか。私は星水日和ほしみずひより。八月生まれ十七歳で一児の母です。あの子は夜凪よなぎ、七カ月になるわ」

「えぇ…………」


 ……軽いノリで凄い言葉が飛び出てきて、言葉が出ないんですけど。

 えーと……とりあえず自己紹介は返さないといけないよね……?


「えっと……渡里千代といいます。十二月生まれ十七歳で萩村くんの同級生です。よろしくお願いします」

「はいはい、じゃあちーちゃんね。よろしく~」

「ち、ちーちゃん……?」

「愛称愛称。私のことはひよりんって呼んでね~」

「…………では日和さんと」

「ありゃ、残念」


 押しが強い! 私も大概だと思ってたけど、この人のノリ強すぎるんですけど!? というかさっきの柔らかい笑顔は何処へ!?

 ちなみにですが、例のお子さんは隅にあるベビーベッドでお休み中。萩村くんは「んじゃあとよろしく~」と日和さんに言って部屋を出てしまった。無責任にもほどが────


「────さてと。それじゃ本題に入っていこうか」


 と、日和さんの語調が唐突に変化する。

 それは赤ちゃんに向ける柔らかい表情とも、先ほどまでの陽気な表情とも違う。

 他人に向ける表情。今、日和さんが私に向けてるそれは、鋭い牙を首筋に立てられているかのようだった。そんな経験ないけれども。


「優人から『変態に一人称のことを聞かれてるから代わりに教えてあげてくれない?』って『繋がり』で来てさ。いやー、ビックリしたよ。返事はすぐ送ったけども」

「……それは、何に驚いたんですか?」

「そりゃ勿論、アイツに言い寄る変態がいて、しかも一人称のことまで気づいているってことにだよ」


 彼女は笑顔で、萩村くんに好意を抱く人を変態だと断じる。それは親友に向ける言葉にしてはあまりに非情で、しかしその口調は親友への友愛を感じるものだった。

 

「さて、ちーちゃん。私は優人から『代わりに教えてあげてくれないか』と言われた」


 また語調が変わる。今度は私に向けて、再度鋭いものを突き付けるかのように。

 コロコロと変化する語調。その全てが、彼女の本心なのだろう。そうでもないと、萩村くんが親友と呼ぶほどに信用するはずがない。


「でもね。私は優人の親友なの。アイツよりも、アイツのことを心配してる」


 その言葉は、親愛の刃とでも呼ぶべきか。この年で子持ちという彼女からは、これ以上ない意志の強さを感じる。


「だから、一つだけ貴方に覚悟を訊かせて」


 苛烈に、真摯に、日和さんは私を見据える。

 ならば私もハッキリと、目を合わせて応えなければいけないだろう。


「ちーちゃん。貴女は優人を────」


 どんな内容であろうと、私は正直な言葉で答える。それだけが、私に出来る最大の誠意────





「────殺せる?」





「……貴女本当に親友ですか?」


 ハッキリと、正直な言葉で返しましたよ?

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