第5話

 その日の放課後、俺は短いHRを終えて帰ろうとしていたのだが、そこに再び渡里さんが近づいて来た。

 なので、俺は荷物を持つなり早歩きでその場を立ち去ることにした────。


「────ほい、ストップ。逃がさねえよ?」


 ……のだが、葵に肩を掴まれる形で捕まってしまった。クソ、こいつ裏切りやがったな!

 恨みがましい目で葵を睨んでいると、すぐに渡里さんから声がかかる。


「藤倉くんに頼んでおいて正解でした。そんな逃げないでもいいのに」

「だって絶対にめんどくさいじゃないですか。僕は人生に劇的な展開を求めてないんですけど」


 渡里さんからの言葉をスッパリと切り捨てる。

 すると未だに俺の肩を掴む葵から言葉が発せられた。


「それをわかってるからこそ、ここで止めたんだよ。明日以降について考えてないんだろうけど、逃げ続けたところでこの渡里さんは延々追っかけてくるぞ」

「……そこまで?」

「あぁ、少なくとも俺から見る限りはそのくらいご執心だ。付き纏わられるのが嫌なら、さっさと幻滅してもらえ」


 葵からの言葉を受け、呻りながら思考する。

 確かに一理ある。というか一つじゃ足りないくらいに理にかなってる。


「はぁ……わかった。わかりました。行けばいいんでしょ行けば。ただしこれきりでお願いします」

「お断りします」


 あっさりと拒否される。まあ知ってた。

 とはいえ、これだけは言っておかねばならないことがある。


「……一つだけ言っておきますけど、次に葵を利用するようなことがあったら、暴力に及ぶのでそのつもりで」


 この一点だけはハッキリとさせておかねばならなかった。

 俺なんかの友人をやってくれている、たった一人のクラスメイトだ。そいつをダシにし続けるようであれば、何が何でも止めなくてはならない。

 

「……わかりました。あーあ、藤倉くんが羨ましくて仕方ないです」


 そう言いながらも渡里さんは笑みを浮かべている。変態かな?

 いや、俺に告白するような趣味の悪い変態でしたねそういえば。

 なんて思っていたところで、俺の肩を放した葵がジト目で俺を見る。どうしたのだろう。


「重い。次以降はこっちから断る。暴力とか言って脅すな面倒だから」


 葵はそう言いながら周囲に目を向ける。

 葵と同じように周囲をぐるりと見回せば、クラスに残っている皆からドン引きされていた。すまぬ。


 *


「……金ないんですけど」

「安心してください。ドリンクバーくらいは奢りますよ」

「…………来月に返します」

「ご注文をどうぞ」

「あ、レモンシャーベットを一つとドリンクバーを二つお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 というわけでやってきた先はファミレスだった。学校の最寄り駅の近くにあるところだ。お金がないことを理由に逃げられないかなと淡い期待を持ったが、あっさりと逃げ道を塞がれる。借りを作るのも嫌だったので、お金を返す宣言はしておくことにした。


「渡里さんは何飲む? 持ってきますよ」

「そうですか? それならダージリンを淹れてきてもらえますか?」

「ダージリン、了解。ミルク、砂糖は?」

「……そういうところですよねぇ」

「気遣いは親から教わりました。それで?」

「どちらもいりません」


 渡里さんの注文を受け、ダージリンと自分用のコーラ、それにティーカップを置く皿を持っていく。まあ用途は使い終わったティーパックを置く用のつもりだけど。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます。わざわざソーサーまで持ってきてくれたんですね」

「ソーサー?」

「お皿のことです」


 ソーサーというのか。俺、覚えた。明日には忘れる。

 なんて阿呆なことを考えていると、店員さんがシャーベットを持ってきてくれた。

 それを渡里さんが堪能している間に、スマホを開いてソシャゲのスタミナ消費を済ませてしまう。

 あ、ドロップした。えーと強化して……あ、こいつの素材足りねえ。取りに行かないと。やべ、死にそうだ。回復回復……。


 …

 ……

 …………


「まだ時間かかりそうですか?」

「へ?」


 渡里さんから声がかかり見上げると、笑顔を向けてくる渡里さんの姿があった。もしやと思ってスマホの時計を見てみたら、三十分も夢中になっていたらしい。


「……すみませんでした」


 流石に素直に謝る。というか食べ終わった時点で声を掛けてきてもよかったのに。


「いえ、いいですよ。それよりも本題に入りましょう」


 それに対して、渡里さんはまるで気にしていないようにそんなことを言う。器が大きすぎるでしょこの人。


「さて、今日萩村くんをお誘いした理由は単純なんです」

「なんでしょう?」


 渡里さんの真剣な空気に応え、俺もまた真面目に話を聞く。

 流石にここまで来て、聞き流すような対応をしようとは思わない。


「貴方が何故、一人称を偽っているのか。それを聞きたいんです」


「────」


 ────なぜ知っているのか、なんてことはどうでもよかった。

 どこかしらで、無意識に一人称を俺にしていたことがあったのかもしれないし、それを知ったところで大した意味を持ちはしない。


「……なんで、知ってるくせになんかを好きになれたんですか?」

「それに答えれば、答えていただけますか?」


 渡里さんはそう言って、俺を見つめる。

 ……正直、知りたい。その為に理由を話すくらい、大したことじゃないと思えるほどに。


「わかりました。正直に答えます。なので、教えてください」

「……一人称の偽りを知ったこと、それをきっかけに好きになってしまっただけです。知ってるけど好きなんじゃなくて、知ったから好きになった。それだけです」


 彼女の口調は真剣で、笑みを浮かべつつも瞳は真摯に俺の目を見ていた。

 そんな態度からわかる。渡里さんは一切嘘を交えず、問いに答えてくれている。

 ……マジで変態だったわけだ。そりゃ俺に何言われても怯まないよな。


「…………教えてくれてありがとうございます。それじゃ、俺も話すとしますよ」

「はい、お願いします」


 渡里さんはそう言って、優しく笑みを向けてくる。

 真面目な雰囲気よりも、柔らかい空気の方がいいと判断したのだろうか。

 そんなことを考えながらも、記憶を掘り返す。


「俺が一人称を変える理由は────」


 ────もっとも、大した理由でもないのだが。

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