第4話

 渡里さんから告白をされた翌日。

 俺が教室に到着すると、よく知りもしないクラスメイトが一人だけいた。

 教室に入ってきた俺に対して一瞬目を向けるが、すぐに目の前のことに意識を向けている。

 どうやら今日提出の課題を片付けているところらしい。

 友人もまだ到着しておらず、渡里さんの姿もなかった─────


「おはようございます、萩村くん」

「っ─────!?」


 教室の出入口から教室を眺めていたところで、後方から急に声を掛けられたことに、思わず肩を跳ねさせる。

 そして慌てて後ろに目を向けてみれば、噂をすればというやつか渡里さんの姿がそこにある。


「おはようございます」


 改めてと言うように、ニッコリと俺を見る彼女。

 その目にどこか、微笑ましいものを見たような色が宿っている気がする。


「……おはよう、渡里さん」


 引きつった表情でそう言って、そそくさと自分の席へと向かう……のだが、なぜか渡里さんがついてくる。

 俺が自分の席に座ると、渡里さんは自分の荷物を膝に置きながら右隣の席に座った。


「えっと、隣の席じゃないんだよね?」

「はい。でも萩村くんにアプローチするためなので」

「えぇ……」


 彼女から返ってきた隠す気の感じられない発言に、思わず一人だけいたクラスメイトの方に目を向ける。

 彼(今意識したが男だった)は渡里さんの発言に驚いたのだろう、目を見開いてこっちを見ていた。おい手止まってるぞ。課題やっとかないとあの教師うるさいぞ。


「いいじゃないですか。好きという気持ちに蓋をするつもりは全くないですよ」

「それは見てればわかるけど。勘違いだったことにして今後関わらないとか、そういう選択肢はないんですか?」

「ありませんね。私は貴方が好きなんですよ」


 やめたまえ。先ほどまでより二人増えている教室の中でそういうことを言うのはやめたまえ。

 心の中でぼやいていると、新しく入ってきていた女子生徒の一人が、近づいてくる。


「おはよう千夜ちゃん。勿論付き合うことになったんでしょ?」

「おはよう南ちゃん。残念ながらお断りされちゃった」


 どうやらその女子生徒の名前は南さんというらしい。勿論本名など知らないし興味はないため問う気にもならないが。

 その南さんだが、渡里さんの話を聞いて「は?」と俺に顔を向けて唖然とした顔をしていた。そこで相手の顔を見るが、なんというか平凡な顔立ちである。ブスではないがとても可愛いとも言えない。

 そんな品定めの目に気づいたのだろうか、嫌悪が込められた表情を向けてきた。


「……ねぇ、アンタが自分を貶めることで、千夜ちゃんを貶めることになってるの気づいてる?」

「それがどうかしました?」

「……千夜ちゃんを泣かしたら許さないから」


 遠回しにどうでもいいと吐き捨てる言葉に、彼女は嫌悪の視線をより強いものにして、自身の席へと戻っていった。

 一段落付いたところでスマホを取り出そうとしたところで、渡里さんが俺を睨んでいることに気づく。


「なんですか、渡里さん」

「……前途多難だなって思っただけです。南ちゃんをいじめたら許しませんよ?」

「なるほど。あの人をいじめれば渡里さんは嫌いになってくれるのか」

「貴方にそんなことをする度胸は無いですから」


 いっそ嫌悪を抱いて然るべき発言をしてみたが、渡里さんは確信をもってそんなことを言ってくる。実際その通りだからこちらは黙る以外の選択肢を取れない。

 そんな俺の様子に彼女はクスクス笑う。勝てる気がしない。


「貴方が何と言おうと、何を思おうと、私が貴方を好きだという事実は変わりませんよ。私に嫌われたいなら、まずは嫌われる度胸を付けてからにしてください」


 ……本当に、疎ましくて魅力的な人だなと、改めてそう感じた。

 ところで課題やらなくていいのか、名前も知らないクラスメイトよ。


 *


「────と、まあこんな感じなことがあったんだよ」

「リア充爆発しろって言えばいいのか?」


 昼休みの教室で、昼飯にパンを頬張りながら、俺は藤倉葵という名の友人と駄弁っていた。

 その中の話題として渡里さんのことを話したところ、真顔でそんなことを言われたわけである。


「……爆発しろってなるのか」

「つか、試しに付き合ってみりゃいいじゃんか。童貞だけでも卒業しとけよ」

「最低かお前」


 口調から冗談であることはわかるのだが。とはいえ質の悪い冗談である。

 それはわかっているのだろうが、葵は俺と同類な部分があるため何とも言えない。

 コイツに同じことがあったら、俺だって同じことを言うだろう。

 そのくらい、俺もコイツも『他人』に関して興味が無さ過ぎる。


「ま、お前のお人好しな部分を察知したんだろうさ。おとなしく付きまとわれとけよ」

「お人好し、なぁ……」

「言っとくが、れっきとしたお人好しだからなお前。辛辣なのは自分と大馬鹿野郎に対してだけだろ?」


 そんなものなのだろうか。コイツにはいつもこんな風に言われるが、本当にピンとこない。


「ご近所付き合い感覚でノートを忘れたやつを助けたりしてるけど、それはお人好しっていえるのか?」

「十分なお人好しだろ。普通はアホがいるって鼻で笑うもんだよ」


 葵がそう吐き捨てるのを聞いて、そんなものかと心の中で頷く。確かに助ける義理もないし、世の中そういうものなのだろう。

 しかし世渡りをするうえでと見れば、俺みたいなことをする人間も多いと思う。それに……。


「……お人好しなら、もうちょい穏便にお断りするんじゃないか?」

「そこは優しい優しくないとかの話じゃないと思うんだよな」

「ほーん。詳しく」


 興味深い言葉が出たので続きを促す。断り方に優しさは関わらないとはどういうことだろう。


「んー……人間性と言うべきか? 優しさってのも人間性の一つだけど、だからって人が持つ人間性って優しさだけじゃねえだろ」

「なんとなくわかる。躾とかに強く出る部分だよな」

「なぜそこで躾って言葉が出るのかは謎だけど……まあ、そういうことだよ。んで、お前の断り方は『物腰』って人間性によるものなんじゃねえの?」

「あー、なるほど。いわゆるビブラートか」

「それを言うならオブラートだよ馬鹿」


 おっと、ナチュラルに間違えちゃった。というかよくわかったなこいつ。


「けどオブラートってのは大体合ってるよ。そもそもわざと歯に衣着せてねえんだもんな?」

「……だからって、僕ってそんな優しいか?」


 図星を付かれてしまったため、元の話に戻す。あ、朝に声を掛けてきた……えーと……渡里さんの友人がゴミを見る目で睨んできてるよ。


「それに、優しさだとか厳しさだとか、決めるのは第三者であって当人じゃねえからなぁ」

「……そんなもんか」

「だからああやって睨んでくるやつもいれば、その渡里さんみたいに好意を向けてくるやつもいるってことだよ」


 渡里さんの友人の視線に気づいていたらしい。まあ向こうも明らかに隠す気ないしなぁ……。


「まあ俺はお前が折れるのが先か、渡里さんが興味を無くすのが先か、楽しみに眺めるとするよ」

「僕は娯楽かよ……」

「ハッ、娯楽だよ。お前だってそうするだろ」


 否定はしない。だが長丁場になるだろうとは我ながら感じている。

 渡里さんは明らかに根気強そうだし、俺だって簡単に折れるとは思えない。


「……もっと弱く在れたら、よかったのかもしれないな」


 ポツリと呟いた言葉は葵の耳に届かなかったようで、「そういえば」と区切ってソシャゲの話を向けてきた。

 ……もしかしたら聞かなかったふりをしてくれてるのかもな。葵も友人相手には、大概お人好しな奴だし。

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