第3話

 夜十一時、俺は自室で布団に入り、渡里さんからの告白を改めて思い返していた。


『萩村優人くんのことが好きです。私と付き合ってください』


 一直線で、誤魔化しようのない告白。正直今でも懐疑的に思っている部分があるが、それでも告白された事実を喜んでいる俺がいる。けど────


「────殺してたすけてくれよ……」


 嗚咽交じりの声は、行き先なく消えていく。いくら喜ばしいことがあっても、信用するなと刷り込まれている。

 あぁ、彼女は俺の本質をよく理解していた。彼女の言う通り、俺の発言は全て自虐によって構成されている。

 それは俺が自分を守るためにいつからか欠かさなくなった、一種のルーティーン。

 物事に取り掛かるときは「どうせ失敗する」と心を落ち着かせ、テストの時は「どうせミスってる」と集中力が維持できる範囲で確認作業を行う。友人に頭が良いと褒められても比較対象が悪いだけだとあしらい、今回は告白されても疑心暗鬼になっている。

 そして果てがこれだ。自虐的で自傷に慣れ切った自分自身に対して嫌気がさし、死という救済を与えてくれと望み始める。しかも「死にたい」ではなく「殺して」なのだから余計に質が悪い。

 結局、終わってしまいたいのに勇気が無いのだ。それ故に、誰も居ない虚空に嘆願する。そんな自分の弱さに嫌気がさす。

 しかしそれでも、俺は未練がましく「でも」と漏らすのだろう。

 かつて捨てた想いを取り戻したくて。失ったことを許容できなくて。

 

「────気持ち悪い……」


 俺なんかに好意を持つ変態が。そして何よりも、向けられる好意を信じようとすらしない自分自身が、気持ち悪くて仕方がなかった。


 *

 ────始まりは、一枚のルーズリーフ。

 ノートを忘れた私に、萩村くんは他のクラスメイトにもしているように渡してきた。


「いる?」


 萩村くんからの言葉は、本当にこれだけ。

 私が頷くと、萩村くんは私の机の上にそれを置き、その後はすぐ授業に目を向けた。

 自分で言うのもなんだが、私は比較的顔が良い方だ。カーストなんてほとんどないこのクラス内でも、そこそこモテる方で友達も多い。

 一応だが告白されたこともあれば、同級生と付き合ったこともある。とはいえそれは中学の時の話で、今では連絡すら取っていない上にブロックしているが。

 と、まあその程度には周囲に知られている私は、彼の淡白で下心のない優しさに、興味を覚えた。後日ルーズリーフを買って一枚渡したら、驚いた表情を浮かべていたのも印象的だった。

 ……今まで名前も顔も覚えてられてなかったのはちょっとショックだったけど。

 そしてそんなきっかけから芽生えた興味は、それから一週間後の数学の授業中に変化を生じさせた。授業といっても、担当教師が学校に来れないということで渡されたプリントを解くだけの自習だったのだが。

 そんな授業中、萩村くんは二十分程度でプリントを終わらせてそのまま眠ってしまった。居眠りを注意すべきかと悩んではいたのだが、悩んでいる間で私の耳に届いた声が、そんな気持ちを掻き消した。


「…………なんで『俺』が」


 それは、凍えているかのように震えた声。凝視してみれば、閉じた瞳の端からは涙が頬を伝い、机をわずかに濡らしていた。

 一週間という短い間ではあるが、彼を見ていた限りでは一人称は一貫して『僕』だった。それに、友人間で楽しそうに振る舞う彼を見てきた。

 そんな彼が寝言で零したのは、苦しみと悲しみを抱えた声。そして己を偽ってきたということを証明する、一人称の違い。


 ……実を言えば、この瞬間こそ私が彼を好きになったキッカケだった、


 何というか、心の中に眠っていた庇護欲が噴き出てきたというべきか。

 それから私は彼を見続けてきて、どんどん好意が膨れ上がったのである。

 何があったのかは知らずとも、彼に自分を偽るほどの『何か』を抱えているのはわかる。一人称を変えることで、一種の人間不信に陥っているにも拘らず、彼は優しさを振りまく。

 それは自分を護るための保身で、ただの偽善なのだろうと思う。

 しかしそれに助けられている事実は確かにあり、ならば彼自身が偽善だと自虐の言葉を口にしようと、私にとっては確かな善意だと主張できる。


「僕のことを好きになるような人、趣味の悪い変態じゃん」


 ────あぁ、そうなのだろう。

 気になったからって目で追いかけ、授業中の寝顔を凝視し、同級生に対して庇護欲を抱くような、救いようのない変態だ。

 だけどそれでも、私は好きになってしまったのだ。歪み、捻れ、拗れたその優しさに恋してしまったのだ。

 だから、意を決して彼に告白することにしたのだ。


 貴方を救い、恋に落として諦めさせてみせると。


 

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