第2話

「…………」


 告白されたことはわかった。「好きです。付き合ってください」と言ったのだから、どこに付き合ってくれとかそういう意味ではないだろう。その程度の理解はできる。

 そうだな、告白されたことを喜ぶか? 渡里さんは容姿が整っている方で、端的に言えば美人の部類に入るだろう。そんな美少女に告白されたことは、世間一般でオタクと称される俺には快挙と言って差し支えないはずだ。

 そう、それはわかる。現に少なからず好きと言われて気持ちが高揚している部分もある。

 だがそれでも俺の価値観は調子に乗ろうとする傲慢を許さず、すぐに頭が冷え同時に生まれる二つの感情。


「……なんで、僕?」


 一つは、シンプルな疑問。なぜ俺に告白するのか。一体どこに惚れる要素があったのか、まるでピンとこない。

 俺は基本的に、他人には無関心を貫く。容姿も整っていないし、会話も基本的に苦手だ。現に、少し前まで隣の席だったはずの彼女を覚えていなかったのだ。とてもではないが、好意を抱くような要素がわからない。

 だがそんな俺の疑問に対し、渡里さんはあっけらかんと笑みを向けてきた。


「ルーズリーフ、ノート忘れた人が近くにいたら対価を求めたりしないで、何でもないことのようにあげてますよね?私もそれに助けられたことあるんですけど、覚えてませんか?」

「…………覚えてない」


 言われてみれば、そんなことをしていた。確かにあの行為は好感を持たれるにはいいきっかけなのだろうか。所詮は一枚辺り一円程度なので気にしたことがなかったが。現にあげたことは覚えていても、相手のことは一切記憶に残っていないわけだし。

 俺の反応にちょっと寂しそうな表情を浮かべ、渡里さんは言葉を続けた。


「それ以来、ちょっとだけ萩村くんを意識するようになったんですよ。そしたら、結構細かいところで色んな人を助けていることに気づいて、それから気が付いたら好きになっていました」

「…………うん?」

「美術の授業の時、困っている人に助言したりしてるじゃないですか。あと他の人が投げて入らなかったゴミを入れてあげたり」

「…………」


 ……確かに、気が付いたらそういうこともしている。けれどそれは相手のためではなく、周りにそういう状況の何かがあると気持ち悪いからだ。『助ける』なんておこがましいモノではなく、もっと言えば優しさですらない。


「それは助けてるわけじゃないですよ? 優しさでそんなことができるほど、出来た人間じゃありません」

「……フフッ」


 俺がそう告げると、渡里さんはなぜかクスリと笑った。その笑みに思わず首を傾げると、いつか教室で友人に語ったあの言葉を口にする。


「────『僕のことを好きになるのは物好きな変態だけ』、でしたっけ?」

「……聞いてたんですね」

「あんな風に教室で話していれば、聞いてる人も多いと思いますよ?」


 渡里さんの言葉に、そりゃそうだと心の中で肩をすくめる。そしてそれと同時、なぜ今その話が出たのかと疑問を抱いた。

 先ほどまでの、助けるとか優しいとかの話とは、全くと言っていいほど無関係────


「……萩村くんって変な人ですよね? 物好きな変態発言も、自分の行為に優しさはないという発言もそう。全部、自虐で出来ているんですから」


 ────いや、どうやら繋がりはあったらしい。



「でも、しょうがないですよね? そんな貴方のことを好きになってしまった、物好きな変態なんですから」

「…………そうですか。では当然、僕が断ることもわかっていますよね?」

「えぇ、わかっています。ですが、アプローチするのは自由でしょう?」


 あぁ、この人は俺のことを理解している。

 渡里さんは俺の本質について気づいているように見える。というかもはや、のことすら、理解している可能性まである。

 もしかしたら、今の俺がの皮を被っていることにすら気づいているかもしれない。

 つまりは、この告白は「付き合ってください」とダメもとで言いつつも、本質は「これから惚れさせにかかります」という宣言なわけだ。


「……わかりました。好きにしてください」

「そうします。時間をとらせてしまい申し訳ございませんでした」


 やはりというか、渡里さんは俺の返事に対してにこりと余裕の笑みを返してきた。それは果たして絶対に惚れさせる自信があるのか、あるいは虚勢を張っているだけなのか。

 正直な話をすれば、俺に惚れているという話さえなければ、その人間性に惚れていたと思う。それくらいに、彼女の姿勢は好ましいものだ。

 だが、それでも────


「それじゃ、僕はもう帰りますね」

「はい、また明日」

「……さよなら」


 彼女の言葉に対し、俺の出した言葉は捻くれたそれ。表情だって、笑顔を向ける渡里さんに失礼なそれだろう。

 教室を出て、薄暗くなってきている廊下を歩く。


「調子に乗ってんじゃねえよ俺風情が」


 ────浮かれかけの自分に浴びせた言葉は、きっと氷よりも冷たかった。


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