43話 素顔


 類香が帰ってくる当日。夏哉は津埜や畔上たちとテーマパークに来ていた。修学旅行で西の方へ行ったのであれば、卒業前に東の方へ行こうと決めていたのだ。

 朝早くから園内に乗り込み、休むことなく隅々まで歩きまわった。和乃が来られなくなったことに対して津埜は残念そうにしていた。しかし和乃が自ら説明した時に見えた瞳の奥にある煌めきに、津埜は納得して了承した。


 夏哉はふと空を見上げた。ちょうど飛行機が飛んでいるのが見える。夏哉は目を細め、自然と微笑んだ。和乃はもう類香に会えたのだろうか。夏哉は後日類香と会うことになっている。だから今日は和乃に全てお任せだ。和乃はずっと落ち着きのない様子だったが、きっと大丈夫だろう。

 会ってしまえばそんなことはすべて忘れる。


 夏哉は空から目を離した。自分は今日の日を楽しむだけだ。そう思い、夏哉はあたりを見回した。すると、小さな影が目に入る。その影はぽつんと一人佇んでいて、表情は今にも泣きそうだ。

 きょろきょろとあたりを見回しているようだが、もう何も見る余裕は残ってなさそうなほど不安に溢れている。

 夏哉の足が自然とそちらに向かって行った。


「きみ、大丈夫?」


 しゃがみこんで視線を合わせると、その小さな男の子は夏哉のことを警戒するように見た。


「……ううう」


 そして不安で歪んだ表情のまま呻き声を出して泣くのを我慢しようとした。


「一緒に来た人とはぐれたの? 迷子になったのかな?」

「うううううう」


 夏哉の優しい声に男の子の瞳が潤んできた。


「驚かせてごめんね。びっくりしちゃったよね。ちゃんとみんなを探してたんだよね」

「おかーさんとおねーちゃんとおとーさんが……どっかいっちゃったの……」


 男の子はそう言って涙をぬぐった。夏哉への警戒が解け、張り詰めていた糸が切れたようだ。


「そうだったんだね。一人で探して、偉いね」


 夏哉は男の子の肩を撫でる。


「もう、ぼく、みんなとあえないのかな……? うううう」

「絶対に会えるよ。あ、ほら、あのお姉さん」


 夏哉は男の子の斜め後ろ方面を指差した。園内の従業員だ。


「あのお姉さんに聞いてみようね」

「……どうして?」

「物知りだからだよ」


 夏哉は男の子を連れてその従業員のところへと向かう前に、少し離れたところにいた津埜を呼んだ。


「あ! 日向くん、そろそろお昼にしようって……」

「悪い、津埜。俺この子のこと届けてから行く。先に行っていてくれないか?」

「え? ……じゃあ私も一緒に行こうか?」


 津埜は迷子に気づくと、小首を傾げる。


「いや、皆もう先に歩いて行ってるみたいだし、伝えておいてくれない?」

「……うん」

「後で津埜に連絡する」

「分かった……!」


 津埜は朗らかに笑うと、先にレストランに向かった皆を追いかけた。

 夏哉が従業員のところへ行き迷子であることを説明すると、その女性はすぐに対応をしてくれた。その際に夏哉もお役御免となったはずなのだが、男の子が夏哉の足にしがみついてきた。


「おにいさんといっしょにまつ……」


 そう言われ、夏哉はその場に留まることになった。従業員の女性は申し訳なさそうにしていたが夏哉は構わなかった。お人好しは癖なのだ。人を助けるときに重ねていた自分への残像などはもうない。

 夏哉は人を助けることに何の迷いも恐れもなくなっていた。


「おにいちゃん、大丈夫だよー! 私がすぐに見つけちゃうからねー!」


 女性は輝く笑顔で男の子にそう言ってインカムで連携を取り始めた。


「うん……」


 男の子はまだ不安そうな表情をしている。まるでこの世の終わりを見たような顔だ。周りで溢れている笑顔とは違って、そこだけ暗黒の世界に見えた。家族とはぐれる前は男の子も周りの皆と同じように笑っていたはずだ。肩を落としている男の子をじっと見ていると、夏哉は男の子のつけているバッジに気づいた。


「……きみ、レンジャー訓練生か?」

「……え?」


 男の子は夏哉を見上げて目を丸くする。


「やっぱり……!」


 夏哉はしゃがみ込むと男の子にこっそりと耳打ちをした。


「私は今、宇宙基地から地球へ休暇に来ているんだよ。まさかここで未来の戦士に出会えるとは……!」

「おにいさん、もしかして……!」


 男の子の目が輝いてきた。夏哉はにこっと笑い、人差し指を唇の前に添える。


「そう。私は宇宙艇を率いる隊士だよ。皆にバレないように、内緒にしてくれるか?」

「……うわぁ!」


 夏哉が光り物のおもちゃを勿体つけるように大層な感じで見せると、男の子は興奮したように笑った。夏哉の持っているおもちゃは、今朝みんなでふざけて買ったものだった。角度なんかを工夫して、なるべく立派なものに見えるように努めた。


「すごい! ……あ!」


 男の子は慌てて口をふさいだ。


「ごくひなんだよね……!」

「うん」


 夏哉は頷いた。男の子のつけているバッジは、このテーマパークでモチーフになっている場所もある映画に出てくるものだ。男の子はその映画に出てくる戦士に憧れているのだろう。


「未来の戦士なら、こんなところで泣いていてはだめだぞ? きみはきっと立派な戦士になれる」

「はい……!」

「いい返事だ!」


 夏哉は自然と笑顔になっていった。すっかり男の子の顔は輝いている。それが夏哉には嬉しかったのだ。


「きみは一人じゃないよ」


 そう呟き、微笑みかけた。

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