41話 友達
修学旅行が終わると類香は学校をやめた。最終日に、類香は最後に和乃と夏哉に挨拶をした。和乃は堪え切れずに泣いていたが、それでも泣き顔のまま別れるのは嫌だと笑っていた。
類香は顔を洗いに行った和乃を見送り、夏哉をじーっと見た。
「夏哉、和乃のこと、よろしくね」
「……ん?」
夏哉はきょとんとした顔をした。
「和乃のこと、まだ少し心配なの……」
「そう……だな」
類香の真剣な表情を見て、夏哉は鏡のように同じ顔をする。
「夏哉、気がついたときでもいいから、見ていてね……?」
「言われなくとも分かってるって」
夏哉は爽やかな笑顔を見せる。
「瀬名は自分のことを一生懸命やれよ?」
「……うん」
「留学だって大変だろ?」
「まぁ……ね」
考えないようにしていた痛いところをつかれ、類香は笑った。
「連絡、たまにしていい?」
「当たり前だろ」
夏哉はスマートフォンを振った。
「何のためにあると思ってる?」
「……だね。感謝しなくちゃ」
類香はくすくすと笑うと、こちらに歩いてくる和乃を見た。
「夏哉」
「ん?」
「ありがとう。色々と」
類香は夏哉と目を合わせる。夏哉はそれに砕けた笑顔で返した。
「こちらこそ。……世話になった。元気でな」
和乃が合流すると類香はそのまま校舎を出た。今日はいつも通っていた校門から帰りたかった。幸いにも今日は人がいない。
類香は約二年の間お世話になった校舎を見上げた。まるで初めて見たようなその姿は、とても立派で頼もしい建物に見える。この中で色々なことが学べた。類香は、すっと頭を下げる。そうすると胸のつかえが取れていくように思えた。
短い間だった。
それでも、ここで得たものは大きすぎる。
生涯忘れることはないだろう。類香にとってそれは何にも代え難いものだった。
類香は隣に並ぶ和乃を見た。和乃の穏やかな笑顔が目に映る。
「類香ちゃん、また、会えるよね?」
その笑顔を類香は宝物のように瞳に閉じ込める。
「私、出来ない約束はしないよ」
そして指切りをしたのだった。
*
類香は祖父母に会いに行くと、空白の時間を埋めるように色々なことをした。日本での思い出を話す中で類香は和乃たちのことを誇らしげに語った。
祖父母は成長した類香を見て涼佳を重ねることはなかった。
そこにいたのは類香だ。
立派に成長した大切な孫の姿だ。
祖父母との時間を過ごした後、類香は試験を受け本格的に留学を始めた。ホストファミリーのもとで類香は新たな生活を迎えたのだ。
一方の和乃たちは進級をして三年生となった。未来を見据える学年だ。
和乃はまた夏哉と同じクラスになり、よく一緒に過ごしていた。和乃は類香がいなくなってからというもの、彼女と再会した時に胸を張れるようにと自分と向き合う努力をしていた。
しかし思うようにはうまくいかない。
一度開いた傷口を塞いでくれた類香はもう海外へと旅立ってしまった。それでも、不安定な心を何とか落ち着かせようと和乃は踏ん張っていた。
類香がいなくても自分を変えてみせる。類香のように自分を受け入れるのだ。
意気込んではみたものの、そう簡単には変われない。
そんなに簡単に変われるのであれば苦労はしないものだ。そうしたら、人を悩ませるものが一つ減って少しは楽になるはずだ。
またそんな悩みに押しつぶされてしまいそうな和乃の傍には夏哉がいた。夏哉は気さくな様子でいつも和乃の気を紛らわせてくれた。
和乃は自分のことを無条件に励ましてくれる夏哉に申し訳ない気持ちを抱きはじめる。いつも自分を気遣ってくれているが、それが重荷になっているような気がしていたのだ。
夕陽を見つめながら、和乃は校舎裏の階段に座り込んだ。
「日比、何してるんだ?」
すると、優しい声がする。和乃はいつも陽だまりのように照らしてくれるその声の主を見た。
「日向くん……」
自分を見下ろす夏哉を見て和乃は小さくなった。また彼は教師の手伝いでもしていたのだろう。
「なんでもないよ……」
「そう?」
夏哉は相槌を打つと燃えるような夕陽に目をやった。沈みゆく太陽はとても大きく見える。
「綺麗だな……ここ、特等席か?」
「……そうだね」
和乃は両足を抱え込んだ。こんな夕陽が見れることを和乃も初めて知った。
「日向くんは、類香ちゃんと連絡してるんだよね……?」
「ああ。たまに」
夏哉は和乃の隣に座る。
「日比はあんまりしてないんだってな」
「……うん」
和乃は目を伏せた。夕陽が眩しすぎるせいだ。
「会いたくなっちゃうし、それに……なんか、申し訳なくなっちゃって」
「申し訳ない?」
「頑張ってる類香ちゃんに、また甘えちゃいそうだし……。私は私で前に進まないとなのに」
「……日比、それは考えすぎだって」
夏哉は控えめに笑う。
「瀬名は、日比のこと気にしてるぞ」
「……それも、申し訳ない」
「おいおい」
夏哉は元気がない和乃の顔を覗き込んだ。
「それに、日向くんにも……」
「は?」
和乃は顔を上げて夏哉をじっと見た。小さな唇をぎゅっと結んで瞳に力を入れている彼女は震える声を振り絞る。
「だって、日向くん、私の傍にいつもいてくれるから……なんだか、それが日向くんの青春を無駄にさせている気がして……!」
和乃は頬を赤くして必死に訴えかける。
「日向くんだって大事な時なのに……。私にばっかり、浪費させてる……」
そして恥ずかしそうに目線を逸らした。
「私、全然だめ……本当に、自分が嫌になる……。ごめんなさい」
夏哉は和乃の顔を見つめたまま、ぽかんと目を丸くしている。そして数秒後、その頬を緩ませた。
「日比は、俺の青春を邪魔してると思ってるのか?」
「……そうでしょう? 私が傍にいたら、何もできないじゃない……。他のお友達もいるのに……それに……」
「まったく、日比は考えすぎだっての」
夏哉はけらけらと軽やかに笑った。
「俺は、大事な友達と一緒にいることは、無駄な青春だとは思わないけどな」
「……え?」
和乃は泣きそうな瞳を上げる。
「日比にとって、それは無駄なことなの?」
「…………」
和乃の瞳が潤んでいく。風に躍った髪の毛が小刻みに揺れた。
「ううん……」
そして、また絞り出したように声を出す。
「そんなことない……とっても羨ましいよ……そんな、そんな青春に憧れてたんだ……」
溢れ出そうな涙を拭き、和乃はそっと微笑んだ。
「……日比、急ぐことじゃないだろ?」
夏哉はそっと和乃の肩をさすった。和乃は、うん、と頷き、また瞳を拭う。
「日比は、ちゃんと進歩してるよ。だめなやつなんていない」
「……うん……日向くん」
和乃はぽろぽろと涙をこぼした。止めようとしても涙が溢れてくる。
「私、日向くんと一緒にいたい」
「……ああ」
「大事な友達と、一緒に……」
「もう憧れじゃないぞ」
夏哉はニヤリと笑うと和乃の頭を豪快に撫でた。髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまったが、和乃は笑っていた。その手から夏哉の存在を強く感じられたのだ。大切な友達がそこにいる。
「ごめん日比、髪の毛すごい崩れちゃったみたい」
「ふふふふ。ほんとだ……」
「わー……。ほんと、悪い」
「いいよ」
和乃は手櫛で髪の毛を少し整えた。
「こんなの、すぐに戻せるもの」
彼女は涙をもう一度拭うと夏哉のことをしっかりと見る。そのまま暖かそうな頬を緩め、はにかんだ。
「日向くん、私、転んでもいいから、自分なりに歩いていくね」
「ああ、それがいい」
「類香ちゃんにも、連絡してみる……」
「瀬名、喜ぶぞ。あいつ、意外と繊細だからな」
「ふふっ。確かに」
和乃は先ほどよりも沈んでいる夕陽に目を向ける。
「会いたいなぁ……類香ちゃん」
夏哉はその横顔を見て目を細めた。
類香のことが恋しいのは、和乃のその表情を見ればすぐにわかってしまうのだ。
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