28話 天国
週末、類香は楓花と涼佳のお墓参りに来ていた。今日は月命日だ。久しぶりに、類香の方からお墓参りに行きたいと申し出たのだ。楓花は当然のように承諾した。
涼佳のお墓は家から少し離れたところにある。そのため、頻繁に来ることはできなかった。楓花が定期的に来ているようだが、類香はあまり同行することもなかったのだ。
だから今回、類香の方から申し出たのは楓花にとっても意外なことだっただろう。
楓花の運転する車で訪れた墓地は、前に来た時よりも少し明るく見えた。前は、ただくすんだ場所にしか見えなかったのに。
類香はお供えの花を手にして涼佳のお墓まで向かった。瀬名家のお墓だ。この墓地の近くに、涼佳が生まれたころ楓花たちが住んでいたと聞いている。とても落ち着いた住宅街の中だ。
「類香、ここにお花お願い」
楓花が洗ったばかりの花立を差し出した。類香は花を立てると、それをお墓に戻した。
「綺麗にしてあるんだね」
「住職さんが掃除してくれてるみたいなの。助かるよね」
楓花は腰に手を当てて一息ついた。
「さて、お線香に火をつけるよ」
「うん」
楓花が線香の束とマッチを取り出す。
「あんまり来てあげられないし、線香たくさん供えちゃおう。いい香りがするから、涼佳も喜ぶでしょう。涼佳もアロマキャンドルとか好きだったのよ」
「楓花さんと一緒だ」
類香は彼女たちの共通点に嬉しそうに笑った。
「そうそう。だから、思いっきり点けちゃうよー」
楓花は豪快に線香の束に火をつけると類香に半分を渡した。線香の穏やかな香りが、煙の臭いを帯びて鼻に入ってきた。類香はその匂いが嫌いではなかった。両親を感じられる唯一の香りだ。
線香を供えた二人は、しゃがみこんで静かに手を合わせる。
類香は日々の感謝を述べた後に、和乃のことを伝えた。とても素晴らしい友人ができたことを報告したかったのだ。そして、映画の感想もようやく伝えられた。類香にとってはそこまで夢中になれる内容ではなかったが、作品としては面白かったと、類香は正直に伝える。
自分のことを守ってくれなんて言えなかった。それでも、たまに見ていてくれると嬉しいと、それだけを願った。ようやく演じることを止められそうなのだ。
類香は目を開けて立ち上がった。楓花はまだしゃがんだままだ。
ふと空を見上げるとミルキーブルーが一面に広がっていく。まるで天使が降りてきそうな空だ。かつては両親もそこにいるのだと思っていた。しかし類香はそこに両親はいないと、今はそう確信している。
幼い頃に行った近所の教会で、類香は衝撃的なことを耳にしたのだ。
自殺は天国には行けない。近くに座っていた老夫婦がそんなことを話していた。当時の類香にとっては酷な話だった。両親は天国にはいないかもしれない。地獄という場所はないかもしれないけれど、きっと、もうどこに行ったって会えないのかもしれないと、まだ曖昧な世界に生きていた類香は悲しんだ。
両親の魂がどこへ向かったのかは分からない。けれど天国にはいないだろうと、その時から思っていたのだ。多くの人に悲しみを与え、悔やみや苦しみを与えたのだから。
「じゃあ帰ろうか、類香」
気づけば、楓花が立ち上がっていた。類香は眩しい瞳を一度閉じると、楓花に向かって頷いた。
「パンでも買って帰ろうよ。あのパン屋さん、類香も好きでしょう?」
「うん。楓花さんがいつも買ってくれるやつだよね?」
「そうそう。今日のお勧めは何だろうなー」
楓花は帰り道にあるお気に入りのパン屋に思いを馳せる。楓花がお墓参りに行くと必ず買ってくるパンは、類香もお気に入りだった。
「あー、想像するだけでお腹空いてきた!」
「楓花さん、先走りすぎ」
類香はくすくすと笑った。
楓花と歩くこの時間が好きだった。類香にとって、すべての重荷が晴れる瞬間でもあった。楓花の豪快な笑顔がいつも類香を導いてくれたのだ。
「ねぇ楓花さん。私ね、この前あの映画を観たの」
「え? 本当!?」
類香はそんな楓花に和乃のことが話したくなった。
楓花は類香が過去を背負うことなく生きられる、普通の高校生として過ごせることを望んでいる。そのために、両親のことがバレることがないように気を遣ってくれてきた。楓花本人だって、辛いことはたくさんあるだろうに。それでも類香のことを一番に考えてきてくれたのだ。
そんな楓花にとって、今の類香はどう見えるのだろうか。
類香は、そわそわした気持ちを抑えながら映画の感想を語りだした。
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