第9話〜深淵を討つ〜
エンシさんが宵森の蛮鮫に襲われた事でラギルは俺が何か仕組んだと言ってきたがロウエンはそれに異を唱え、ジンバも騎士としてそれが本当なら俺をこのまま連れて行く事はできないと言ったが、エンシさんの俺は助けに来てくれただけであり私は彼を信じるという言葉にジンバも何も言えず、そのままイノース山の地下にいるアビスドランを目指した。
隊を五つに分け、それぞれ別々の入り口から山に入る。
俺はエンシさんの隊に組み入れられ、奴のもとに着いたのは三番目だったが到着はほぼ同時だった。
アビスドランがいる最深部はドーム状になっており、非常に広く、周囲の壁には齧った様な跡が残っている。そのど真ん中で奴は呑気に寝ている。のだが
「何だありゃ……」
その体表はまるでヌメッているかの様にテカっている。
そのテカリ具合は生理的嫌悪を与えるテカリ方なので女性陣は顔をしかめているし、男性陣も数名嫌そうな顔をしている。
それでも来たからにはと気合を入れて持ち直している。
布陣としては、奴の正面にアニキがいるラギルの隊、奴の左側面に俺がいるエンシさんの隊、奴の右斜め前にジンバの隊、奴の真後ろに別の騎士の隊、その隊のすぐ右横に最後の隊が陣取っている。
全五隊が揃い、それぞれが武器を構える。
その様子に気付いたのか、アビスドランも目を覚まして起きる。
「ウッ……あれは」
その姿を見てユミナが手で口を覆う。
その姿はフーの様なワイバーンやドッシリとしたドラゴンとは違い四つ足の竜。
ただ四本の足で支えている訳ではなく、お腹は地面にくっ付いており移動したりバランスを取る為に足を使っている。
翼は持たず、背中には鉱石が剣の様に上を向いて生えている。
長い尻尾には魚の背鰭の様な半透明のヒラヒラが生えている。
尻尾と同じく長い首にもヒラヒラが側面に生えており、腹側の色はピンク色をしている。
その先にある頭は小さい。
目は複数ある。
口角に一つずつ、鼻から額にかけて三つある。
その目はいずれもピンク色をしており、その体表は紫色の鱗で覆われている。
「オ、オオォボオォオォォォォォォッ!!」
そのまま洞窟内に咆哮を反響させながら、まるで寝起きの伸びをする様に起き上がるアビスドラン。
それを見てジンバが突撃の合図をしようと、剣を掲げたその時だった。
「オォォォォォォン!!」
なんとアビスドランは跳び上がるや目の前のラギル達に襲いかかったのだ。
「何!?」
素早く右に跳んで躱すラギル。だが出遅れた兵達はそのまま
「う、うわぁぁぁっ!?」
「助け……」
一口で数名が食われた。
「っ、怯むな!!」
「仇を討つんだァァァッ!!」
その光景を見て逆に騎士達は戦意を向上させ、剣と盾を手にアビスドランへと駆け出す。
当然俺達も
「ロウエン!!」
「承知している!!」
槍を構えた俺と刀と太刀を構えたロウエンが先頭を進む。
「皆、彼等に続け!!」
「「「オオォォォォォォッ!!」」」
その後ろをエンシさんと部下が進む。
「オゴオォォォォン!!」
吠えながら方向転換するアビスドラン。
その前足には千切れたばかりの鎖が繋がっている。どうやら俺達が到着する直前に切ったようだ。
その鎖を奴は振り回し、自身のリーチを伸ばしているのだ。
幸いな事に脅威となる鎖は前足だけなのでそれに注意すれば良いだろう。
「貫け!!」
「ハアァァァッ!!」
振り回された鎖を潜り抜けて奴の懐に潜り込んで槍を突き立てる。
ロウエンも跳び上がり肩に斬りかかる。
「コイツ!?」
「固い!!」
「ウゴオォォォォォォン!!」
上体を持ち上げそのままのしかかる様に落とすアビスドラン。
咄嗟に後ろに跳んで躱す俺。
ロウエンも何とか距離を取って躱す。
「ちっ……固いしヌメヌメするし、最悪だな」
悪態をつきながら槍を振り、刃に着いたヌメヌメした粘液を振り払う。
「刃が通りにくいのはこれだけが原因では無いと思うが…やり難いな」
ロウエンも刀を振って粘液を振り払いながら呟く。
「ミナモ!!」
「分かってるわよ!!」
すかさずミナモが強化魔法を発動させる。
筋力強化と防御突破の効果を持つ複合魔法。
本来なら一人にかけるので精一杯なのだが、彼女が持つ節約スキルのおかげで複数人に同時にかける事ができるのだ。
「これも行くわよ!!」
更に彼女は続けて切れ味維持の魔法を全剣士に向けて発動させる。
そのおかげで粘液による切れ味低下を防ぐ事ができる。
「よし、これで!!」
再度突っ込む。
騎士達もアビスドランへと雪崩れ込むのだが
「オロロロオォォォォォォン!!」
騎士達に向かって腹這いのまま突進するアビスドラン。
「ヌンッ!!」
その巨体から騎士達を守る為に盾を構えて前に出るジンバ。
その盾からは光の幕の様な物が展開され突進を受け止める。
ジンバの盾は先端の縁が刃の様に鋭くなっている。
「ハッ!!」
「ヤァッ!!」
受け止められ、僅かにだが動きを止めたアビスドランへと両手の剣で斬りかかるラギル。
右手の剣は長い両刃、左手の剣は緩いS字型という不思議な形をしている。
エンシさんもアビスの顔目掛けて跳び上がり、槍による一撃を打ち込んでいる。
が、両者の刃は僅かにしか通らない。
単に鱗が硬い訳では無い。単に二人の技術が未熟な訳では無い。
「あの竜。まさかスキルを持っているのか?」
「可能性はゼロじゃないな。封印される程の魔獣なら何かしらのスキルを持っていてもおかしくはない。おいミナモ、視えるか?」
「ちょっと待って……ダメ。私のレベルじゃ見れないみたい」
「何のスキルか分かれば攻めようもあるんだがな……仕方ない。主!!」
「分かってるよ!!」
ロウエンと並んで走り、アビスへと向かう。
「貫通!!」
俺達を援護しようとユミナが矢を放つ。
「ファイヤーアロー!!」
カラトの方からもセーラが炎の矢を放つ。
「俺だってなぁ!!」
カラトも剣を片手に突っ込んで行く。
ポスビートルの時に剣が砕けた為に新しく新調された剣は氷の様に透き通っていた。
「負けてられないんだよ!!」
ダンッと地を蹴って跳び上がるカラト。
俺達が知らない所でレベルアップしていたのだろう。
前より動きが良くなっている。
「ハアァァァァッ!!」
「グガルァァァァァン!!」
「うがっ!?」
斬りかかるカラトだが、アビスが振り回した鎖で叩き落とされる。
一応左腕の盾で防御してはいたが、吹っ飛ばされて背中から落ちていた。あれは痛そうだ。
「切り裂けぇ!!」
両刀を振り下ろすが何故か刃が通らず、しばらく押し込もうと粘るもアビスが動いた為に後退するロウエン。
「この鉱石か!?」
背中の鉱石から何かしらの強化を受けていると睨んだ俺は、背中を目指して跳び上がる。
「オォォウ!!」
鞭の様に振るわれた尾が俺を壁へと叩き飛ばす。
この勢いのまま壁へぶつかればその衝撃で俺は潰れるだろう。
「ハヤテ!!」
が、跳び上がったユミナが受け止めてくれた。
ただ俺の勢いは消しきれず、潰れはしないが背中から強かに壁に打ち付けられたユミナはくぐもった声を漏らし、そのまま俺を抱きしめたまま落ちていく。
「お二方!!」
落下する俺達を真下にいた騎士がガッシリとした腕で優しく受け止めてくれた。
「お怪我は!?」
「この状況で怪我を心配できるか。ユミナを頼む」
「ちょっとハヤテ!!」
「どの道お前は後方担当だろ」
「そ、そうだけど…」
「ちゃんと援護頼むぜ」
ユミナを騎士に預けて再度アビスへ向かう。
それと同時に首をもたげるアビス。
何をする気だと警戒する中、奴がとった行動はシンプルだった。
その長い首をフルフルと震わせる。
それに伴い、口へ向かって何か上がっているのだろう。
首が丸く膨らんでいく。
まさかと思い槍を地面に突き刺してブレーキをかけて止まる。
ジンバ達もヤバさを感じ取ったらしく
「散開しろ!!」
と声を張り上げ指示を出す。その直後
「オ、オオオォォォォォオォ!!」
アビスが白い濁流を吐いた。
それはジンバの指示を受けて散開した騎士達の一部を飲み込み、跡形も無く消し飛ばした。
「な、何が……」
「いっ!!……」
「何かが刺さってる?」
近くにいた騎士達がそれぞれ異変を訴える。
「これは……トゲ?」
よく鎧を見てみるとその表面には透明のトゲのような物が突き刺さっている。
「これは…鉱石の欠片?」
「鉱石?……まさか」
騎士達の呟きを聞き、ミナモが壁の跡を鑑定眼で見る。
「あれは、ブレス?…いや違う。あれは」
「消化されなかった鉱石をブレスに混ぜて吐いたって感じか……それにしても!!」
ミナモの言葉を聞き、即座に仮説を立てつつ斬りかかるロウエン。
だがその刃は一向に通る気配が無い。
ロウエンだけでは無い。
ジンバも、エンシさんも、ラギルもその刃を通せないでいる。
もちろん、俺やカラトもだ。
おかしい。
皆がそう思った。
自分達よりレベルが上のジンバ達がどれだけ攻撃しても傷が付かないのだ。
まるで、木の棒でレンガ造りの壁を叩いている様に攻撃が通らないのだ。
「こいつ……まさか」
「ジンバ、何か心当たりが?」
「……スキル、愚者の僻み」
「愚者の僻み…そんなバカな」
「…なぁロウエン。愚者の僻みって何だ?」
「そうか、主はそこまでスキルに詳しくなかったな。愚者の僻みってのはな、レアスキルの一つでな。自分と相手のレベル差が10以上ある時に発動するスキルだ」
「効果は?」
「相手から受けるダメージを大幅にカットできるスキルだ」
「そんなスキルが……」
「それ程のレアスキルを以前に風の噂で聞いたが……鑑定眼で見れないから断定は出来ないが、その可能性は高いだろうな。おいミナモ!!奴のスキルは見れずとも、レベルぐらいは見れるだろ!!」
「え、えぇ!!奴のレベルは40!!そのスキルを持っているのなら、30から50じゃないとほとんどダメージは通らないわよ!!」
俺のレベルはちょうど35。
何とか通す事は出来るがそれでも奴の方がレベルは上。
となると俺の攻撃力より相手の防御力の方が上。
攻撃を通すのは難しい。
しかも俺達よりレベルが上であるロウエン、ジンバ、エンシ、ラギルでも傷が付けられないと言う事は彼等のレベルはおそらく51以上。
このままじゃ勝つのは難しい。
どうするかと俺達が考えていると……
「おいミナモ」
「な、何」
「アイツの属性。見れるか?」
「属性?」
「竜属性とかって意味だ。見れるか?」
「や、やってみるけど期待しないでよ?」
ロウエンの指示でアビスドランの属性を調べるミナモ。
「ッ……み、見え………うぁっ!!」
何かに弾かれる様に後ろへよろけるミナモ。
それを支える騎士。
「見えたよ……奴の属性は、竜と魔神。その二つだよ!!」
「魔神か……なら勝機はあるな。主!!」
「お、おう!?」
「どこでも良い。首を突け」
「は!?く、首か?」
「そうだ。最悪首じゃなくても良い行けるか?」
「ま、まぁ行けない事は無いが…」
「ならあのスキルも使ってくれ」
「あのスキルって……まさか?」
「そのまさかだ」
ニヤリと目を細めながら笑んで話すロウエン。
彼の言うスキルは俺がレベル30に上がった際に習得したもの。
それは、攻撃の際に相手に状態異常を付与できる物だった。
効果だけを見れば使い勝手の良いスキルに見えるが、スキルを使うには武器による攻撃でなければならない、使った後はしばらく時間をおかないと使えないというデメリットもある。
付与する状態異常はこちらで選ぶ事ができるが、相手の耐性によっては効かない場合もあるのである程度慎重に選ばなくてはならない。
それに相手の方がレベルが上の場合は当然効果も小さくなる。
「奴のスキルによる守りさえ崩せれば首を落とせる。頼めるか?主」
「……分かったら。やってみる。その代わり」
「ん?」
「言った事、ちゃんとやってくれよ」
「…あぁ、任せておけ」
トンッと俺の胸を軽く叩くロウエン。
「安心しろって。俺が仕留め損なってもジンバ達がいる。お前が奴の守りを崩しさえしてくれれば勝てるはずだ」
「お、おう!!」
ロウエンに励まされながら槍を構える。
奴のスキル・愚者の僻みを封じるなら簡単だ。
スキル封印を与えれば良い。
ただそれを与えた場合、次にこのスキルが使用可能になるまで少々時間がかかる。
そうなった場合、騎士達が持ち堪えられるか……
「迷ってる暇は無い、か…」
腰を落とす。狙いはロウエンに言われた通り頭。
「すぅー……縮地!!」
地面を蹴り、目の前にいる騎士を飛び越えついでに肩を踏み台にして跳び上がる。
狙うのは首。
最悪突ければ良いが、首を突ければそこだけは愚者の僻みの効果を消す事はできる。
「オオォォォッ……ガハッ!?」
突然真横に吹っ飛ばされた。
何がぶつかったのかと見てみるとそこにいたのは一人の騎士。
「託しますよ!!」
彼はそう言うとアビスが振り下ろした鎖で潰された。
「オゴオォォォォォォォ!!」
「ちっ、まだ行ける……縮地!!」
「彼を援護しろ!!彼を、彼を守るんだ!!」
ロウエンから何をするのかを聞いたジンバの指示に従い、矢や魔法を放って援護を始める騎士達。
「私だって返す恩がある!!」
「私だって!!」
エンシとラギルも攻撃に加わる。
攻撃は通らずとも絶えず行われる攻撃はやはり鬱陶しいのか、反撃を始めるアビス。
その反撃で俺以外にも意識が向けられ始める。
(落ち着け。落ち着いて探せ……奴の隙を。注意の穴を探せ)
一旦後ろに退がり、槍を構えて隙を窺う。
息を殺し、気配を消して待つ。
慌てずに、確実に打てる時を待つ。
その時を作るために騎士達が奮戦する。
そしてその時は来た。
「ッ……ラァッ!!」
地を蹴って加速する。
後ろで結った髪を馬の尾のようになびかせながら駆ける。
「ハヤテ殿!!」
「こちらに!!」
「フンッ!!」
三人の騎士が俺の前に来るや盾を構えて足場を作る。
「助かる!!」
それだけ言って足場を踏み、跳ぶ。
「ガッ!?」
跳び上がった俺に驚き、返り討ちにしようとブレスの発射態勢に入るアビス。
でももう、
「遅い!!」
顎の真下に槍を突き刺す。
と同時に状態付与スキルを発動。
奴の愚者の僻みを無効化する。
が、レベル差もあり無効化出来るのは10秒程だろう。が……
「それで良い!!」
目を見開き、狙いを定めたロウエンが両手に持った刀を翼を広げる様に構える。
「ロウエン!!」
「任せろ!!」
返事と共に跳び上がるロウエン。
狙いは奴の首。
それに気付き、俺からロウエンへとブレスの標的を変えるアビス。
だが時すでに遅し。
「取った!!」
俺の状態付与によって愚者の僻みの効果を失ったアビスの首の守るのは鱗のみ。
その程度の守りはロウエンにとっては有って無い様な物。
そのままロウエンは、左手に持った太刀を振るい、アビスの首を斬り飛ばす。
その様はまるで熟れた果実をナイフで切り分ける様に滑らかだった。
「っと……」
先に着地する俺とその後に無言で着地するロウエン。
そして一拍遅れて倒れるアビスドラン。
その倒れた本体から少し離れた所に落下する頭。
それを見て騎士達はまず武器を下ろし、天を仰いだ。
肩を上下させ、息を整えた。
そして……
「やったぞ」
「やった、倒したんだ……」
「やった!!」
持った武器を頭上に掲げ、勝鬨を上げる。
ある者は家で待つ妻を思いながら。
ある者はこの戦いで死んだ友を思いながら。
またある者は騎士となり守ると決めた国を思いながら。
それぞれがこの勝利を伝えたい者を思い浮かべながら上げる鬨の声はしばらく、洞窟内にこだましたのだった。
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