第8話〜山へ〜
王都を襲う地震の原因がイノース山の地下に封印されたアビスドランである事を突き止めて三日。
俺達、風月の群狼は他のパーティーや討伐隊と共に山へと向かっていたのだが……
「ハヤ兄〜」
「あのさ、ユミナ。歩き難いんだけど……」
「お〜お〜、モテるねぇ我が主は」
「鼻の下伸びてるねぇ」
俺の右腕に抱き付くユミナとそんな俺を見てニヤニヤするロウエンとミナモ。
俺と同じく緑色の髪をしたユミナという少女は俺と同じくカザミ村出身だ。
彼女は俺より二歳程歳下なのだが、父親と共によく狩りに出かけていた事もあり村にいはそんなにいなかったと思う。
そんなユミナが得意とするのは弓。
魔力は非常に微弱な為、弓の腕を磨いたのだ。
そんな彼女が何故俺の隣にいるのかと言うと、何と俺を追いかけて来たらしい。
理由を聞いてもいつかその時が来れば話すと言って教えてくれないのだ。
ただ再会したその日の内に流れる様に風月の群狼に正式に加入し、今ではパーティーメンバーに。
ミナモも女性が増えたのを喜んでいた。
「にしてもロウエンの知り合いも来てくれるとはね」
「奴等には俺に借りがあるからな。嫌でも来るさ」
今回参加しているパーティーは群狼だけではない。
ロウエンの知り合いがリーダーを務めるパーティーの雪原旅団、月光の狩人、砂漠の潜蛇の三つのパーティーが加わっていた。
ロウエンは借りと言っているがそのパーティーのメンバーは全員ロウエンに尊敬の眼差しを向けているのが分かる。
多分ロウエンが勝手に借りと言っているだけなのだろう。
先程ロウエンが借りがあるからなと言った際に、砂漠の潜蛇のリーダーである女性が借りではなく恩だと言っていたのが聞こえた。
「にしてもあの短時間でよく呼んでくれたな。いや、感謝感謝」
「問題無い。それにその感謝の言葉、向けるのなら俺ではなく応じてくれた彼等にしてくれ」
「うむ、そうだな」
馬に乗ったジンバと話しながら歩くロウエン。
「歩いてばかりで疲れんか? 言ってくれれば馬を用意させたのにな」
「ふん。俺みたいな傭兵に馬は似合わん。傭兵で馬にのりたい者は自分で用意するさ」
「ふむ、そうか……」
ロウエンの言葉を裏付ける様に、ロウエンに呼ばれて来た者達は馬に乗っている者と乗っていない者がいる。
「アイツ等だって自分で用意した馬に乗っている。呼び寄せた俺だけが甘える訳にはいかん」
「そうかいそうかい。お前がそう言うならそうしておこう」
納得したのか一度頷くジンバ。
今日も今日とて真っ赤な鎧を着ているが今日はいつもと違って兜を被っている。
その兜にはオウワシという、王都の旗にも使われているワシを象った飾りが取り付けられている。
オウワシとは翼を広げる五メートルは超える巨大な猛禽類。
空の皇帝とすら呼ばれるオウワシはまさに力の象徴とすら言われており、その昔初代国王の息子が拐われた際に一羽のオウワシが拐われた王子を取り戻して連れ帰り、それ以来王族はオウワシへの感謝を込めて王都の旗にオウワシを使う様になったと言われている。
更にその逸話から、オウワシが連れ帰るとして王都の騎士達は盾や剣、鎧の一部にオウワシのレリーフを入れている。ジンバとてそれは違わず兜、両肩、胸にオウワシの飾りが取り付けられている。正直言ってカッコいい。
と、思っている俺の隣を馬に乗って進むのは青い鎧を着た女性。
エンシさんと同じ色の鎧を着せられた馬はカッポカッポと決まったリズムで歩いている。
その馬に跨るエンシさんもジンバと同じ様に兜を被っている。
魚のヒレを模したパーツが取り付けられている。
ドッシリと力強いデザインのジンバの鎧とは対照的に、流線形で細身のデザインとなっている。
色もジンバは赤でエンシさんは青となっている。
「歩き続けて疲れてはいないか?」
「まぁ、慣れてますから」
「そうか。疲れたら言え。乗せてやる」
「……いや、俺だけ乗るのも悪いので」
「ふむ。そうか……それもそうだな」
実を言うと馬に乗るのが苦手なだけなんだけど、それは黙っておく。
「これだけの人数がいれば、きっと勝てるな」
「だと良いですね〜」
「きっと勝てるさ」
兜のせいで表情は分からないが、きっとエンシは笑っていた。そんな声だった。
「よし、ここで一旦休憩!!」
ジンバの号令で隊が止まり、それぞれ休憩を始める。
「ふぅ……」
俺も木陰に入り、持って来た水筒の水を飲んで一息つく。
「隣失礼しま〜す」
呑気な声と共に隣に座るユミナ。
「私にもお水頂戴」
「断る。自分の飲め、自分の」
「え〜。もったいないんだもん」
「だったら俺のももったいないからやらん」
「ケチ〜」
「ケチで結構だ」
「ぶーぶー」
口を尖らせて水を強請るが俺は無視して飲む。
「ね、ねぇハヤ兄」
「んだよ。水はやらねぇぞ」
「もう水は良いよ。カラ兄と喧嘩でもしたの?」
「……あ〜、やっぱり気になるか」
「うん。一緒に旅に出るって前言ってたし……」
「まぁ、色々とな」
「……そっかぁ」
「……飲むか?」
「うん、飲む」
気まずくなった空気を誤魔化す為に水の入った竹の水筒を渡す。
「ありがと。そう言えばさ、セーラとはどこまで行ったの?」
「やっぱ水はやらん」
「えぇ!? 何でよ!!」
渡すのはやめだ。
「セーラとは別れたんだ。色々あってな」
「色々?」
「色々は色々だ」
「ふ〜ん。色々とあったんだねぇ」
「何か楽しそうだな」
「そんな事無いよ〜?」
「あぁそうかい」
「ま、でも収穫はあったかな〜」
「あ? 収穫って……俺の水筒!!」
「へっへへ〜ん。頂きま〜す」
盗みのスキルを持っているのか、俺が気付く間も無く水筒を掠め取り水を飲むユミナ。
「ふぃ〜。ありがと」
「いや返すなよ」
「え〜?」
「このまま俺が飲んだら間接キスになるだろ」
「……ひゅぐっ!?」
喉を潰した様な声を上げるユミナ。
いや、思い返してみればとっくに間接キスしてるのか。
「ご、ごめん!! 洗って返すから!!」
「あ、おい……」
ユミナはそのままピューッとミナモのもとへとすっ飛んで行くように走って行ってしまった。
「……モテる男は辛いな。主」
「そんなんじゃねぇよロウエン」
「ハハッ。まぁアニキも来ているようだし、見せ付けてやれや。俺は結構人気だぞ、ってな」
「そんな悪趣味な事できるかよ」
「……優しいんだねぇ」
「ちげぇよ。前にも言ったろ。臆病なんだよ、俺は」
「そうだったな。なら俺も前にも言ったが、臆病者程長生きするもんだ。今お前は、見せ付けない方が良いと冷静に判断したんだ。あまり卑下するな」
「俺はロウエン程大人じゃないよ」
「だから先輩が導かなくてはならない。俺の知る道だから導ける」
「知る道?」
「そうだ。お前だって槍の使い方は教える事は出来ても斧や弓はできんだろ?」
「ま、まぁな」
「それと一緒だ。俺が教えられる事にも限界がある。だからなハヤテ」
「ん?」
「仲間を増やせ。もっと知りたければ仲間を増やせ。そうすれば、色々と教えてもらえるぞ」
「仲間を……」
「そうだ。俺やミナモやユミナ、フーだけじゃない。お前はこれからもっと多くの人と会う。彼等から色々と学べ」
ニヤリと笑う様に片方の口角を上げて笑うロウエン。
やはり、俺より世界を見ているだけあって言う事が違う。
ただ、だからこそ気になる。
仲間を作れと。
仲間の大切さを知る彼が俺とエルード村で出会った時、何故一人だったのか。
過去に何があったのか。
ただ、今の俺にはそれを聞く勇気は無かった。
「おぉ、ロウエン。ハヤテ殿もここにいたか」
「ジンバか。どうした?」
「いやな、そろそろ出発しようと思ったのだがエンシの姿が見当たらんのだ」
「何? 馬の見張りは何処に行ったか聞いていないのか?」
「うむ。そう思って聞いたらな、どうやら宵森の奴等と森へ入ったらしくてな」
「宵森って?」
「主は知らなかったな。宵森の蛮鮫というパーティーの事でな。あまり良い噂は聞かないんだがどういう訳か今回の討伐部隊に入っているんだ」
「どこから話を聞いたか知らんが……うーむ」
顎に手を当て考え込むジンバ。その時だった。
「ブヒヒヒィィィィィィ!!」
とエンシさんが乗っていた馬が嘶いたのだ。
その姿はまるで、今は側にいない主の身に危機が迫っている事を知らせる様だった。
「ちょっと俺見て来る!!」
「お、おい主!!」
俺は気に立てかけておいた槍を掴むとエンシさんの馬を見張っている兵士に彼女達がどっちに行ったかを尋ね、教えてもらった方へと駆け出す。
幸いな事に彼女達が歩いた所には足跡が残されていた為、追いかけるのは簡単だった。
ただ……
「悪いな!!」
途中でラギルを飛び越えた。
(何であのオッサンが?)
と思ったが、先を急ぐ俺からすれば些細な事だった。
「あちらの方に気になる所があったので共に見に来て欲しい」
と言われ、森に入った。
リーダー格のモヒカン頭とメガネをかけた男とチョビ髭の男。
屈強な肉体の男性三人に連れられ森を進む私。
あまり良い噂を聞かないパーティーだが実績もある。
そんな彼等が気になると言ったのだ。
きっと何か……
「……どういうつもりだ」
彼等が私を連れて来たのは何も無い、少し開けた場所だった。
背後は抜けて来た森。
向かいには切り立った岩肌。
そこで私を囲む様に三方向に立つと彼等は隠していた本性を表情に表す。
「グヘッ、悪いなぁ騎士様ぁ。これも依頼でねぇ」
「ほら、金が無いとおまんま食い上げになっちまうからさぁ」
「ちっとばかり、大人しくしていてくれるかいなぁ?」
欲望を剥き出しにした、決して女性だけでなく同性からも好感を得られない笑みを浮かべる三人。
(この程度なら……)
勝てる。
もしも魔獣の類が出て来た時の事を考え、愛槍を持って来ておいて正解だった。
扱い慣れた槍の切っ先をリーダー格へと向け様と持ち上げた時だった。
「そいなぁ!!」
「っ!?」
リーダー格が私の顔目掛けて何かの粉を投げ付けたのだ。
それは兜の隙間から中に入り込み、それを私は吸い込んでしまった。
「ガッ!? ゲホッ!! ゲホゴホッ!! ゴッホ!! ゴホゴホ!!」
途端に涙が溢れ出し、咳が止まらない。
目が熱い、喉が焼ける様だ。
たまらず兜を脱いで目を押さえ、胸を押さえて蹲る。
「ヘッヘッヘ。悪いねぇ。依頼主から渡されたモンでさぁ、シビレタケとカエンソウの粉末のブレンドなのさ」
「ぐっ……貴様等」
「まぁ大人しくしててくれや。す〜ぐ終わるから」
「や、やめろ!! やめろ!!」
涙と咳で苦しみ、抵抗も出来ない私の腕を後ろ手に、足を曲げた状態で縛ると彼等は私の胸と腰の鎧を外す。
「こういうのって構造は一緒なんだねぇ。やり易くって助かるよ」
「くっ、貴様等!! 何と下劣な!!」
「言ってろ言ってろ。まぁすぐにそんな事も言えなくなるからよ」
ニヤニヤと笑いながら彼等は何と衣服を脱ぎ出す。
「さて、楽しませて貰おうかねぇ」
「鍛えられているし体力もある。たっぷりと楽しめそうだ」
「ぐふぐふ。強い人間が弱い人間に屈する。その時の涙が最高に美味しいんですよ〜」
男として最低の行為をこれからする気なのだ。
メガネとチョビ髭が私の足を開かせ、それぞれ膝を押さえる。
「さぁさぁ。良い声で」
「っぐ!? かっ、はっ!!」
「楽しませろよ。騎士様!!」
リーダー格はその右手で私の首を掴み、手下の二人に開かせた足の間に入って……
「ごっ!?」
私を飛び越える様に吹っ飛んで行き、剥き出しの岩肌に顔面から激突した。
「あ、アニキィ!?」
「アニギイィ!?」
続けて私を押さえ付けていたメガネが吹っ飛ぶ。
「ま、マルガネ!?」
その光景を見てチョビ髭が慌てて私から離れる。
そんな彼に向けられて放たれる言葉。
「おいテメェ等」
その声の主は怒りに満ちた声で続ける。
「何やってんだ?」
槍の切っ先をチョビ髭に向け、緑髪の少年は怒りに震えていた。
怒りと安堵の二つだ。
森を駆け抜けた。
途中でラギルを飛び越えて、駆け抜けた先にあったのはエンシさんの鎧と鎧を脱がされ三人の男に組み伏せられたエンシさんの姿。
それを見てからは簡単だった。
考えるまでも無かった。
足を止める事なく俺はそのままエンシさんの首を掴んで覆い被さろうとしているモヒカン男の尻に右足を叩き込み、目の前の岩肌に蹴り飛ばす。
そのまま俺は、それを見て驚いている二人を気にせず槍の柄によるフルスイングでメガネをかけた男性を吹っ飛ばす。
「ま、マルガネ!?」
瞬く間に仲間二人をやられ、エンシさんから離れるチョビ髭野郎に俺は槍を向け
「おいテメェ等。何やってんだ?」
と問う。
が、返って来た言葉は
「て、テメェのせいで金がパァじゃねぇか!!」
キレ始める。
が、不思議と怖くは無かった。
俺を威圧しているつもりだろうが、俺の目にはそうは映らなかった。
後が無くなって虚勢を張っている様に見える。
「す、すかしてんじゃねえぞガキャァァァッ!!」
槍を向けているにも関わらず俺に殴りかかるチョビ髭。
だがその拳が俺に届く事は無い。
「ッ!?」
俺の背後の森から現れる三つの影。
二つの影はそれぞれチョビ髭の手首に先端に重りの付いたロープを投げて捕らえ、最後の一つがチョビ髭の肩車をされる様に飛び乗ったのだ。
現れたのは三人の女性。砂漠の潜蛇のパーティーメンバー達だった。
「な、何だテメェ等ァッ!?」
左右に陣取った女性達はチョビ髭の手首に巻き付けたロープを全力で引っ張り、肩に乗った女性はチョビ髭の口を押さえると全体重をかけて後ろに倒れる。
乗っかった女性を振り解こうにも腕は拘束され、暴れれば暴れる程息苦しくなっていく。
更に座っている女性はその太ももでチョビ髭の首を左右から挟み、締め付ける。
暴れれば暴れる程酸素が不足していく。
それでも暴れるチョビ髭。ウーウー唸りながら暴れるも流石に三対一では敵わない。
哀れチョビ髭は白目を剥いて気絶した。
「主!!」
その直後到着するロウエン。その背後からは
「エンシ殿!!」
ラギルが現れた。
「エンシ殿!! 一体何が……あぁこれは酷い」
未だに涙と咳が止まらないエンシさんの傍らに跪き、彼女を縛っていたロープを解くとラギルは一つの小瓶を取り出して差し出す。
「上級の解毒薬にございます。どうぞお飲みくだされ」
「ゲホッ!! ……す、すみません……」
それを受け取り飲むエンシさん。
「何とか間に合ったか……助かったよ」
「いえ、これも恩を返す為。恩人の主は我等の主も同等ですから」
そう言って微笑むのは砂漠の潜蛇のリーダー。
歳上らしく落ち着いた雰囲気の女性で、茶髪なのだが左耳の上辺りだけ金髪に染めているのか色が違う。
チョビ髭の手首を引っ張っていた女性達も気絶したチョビ髭達を縛り終えると俺達の方へと来る。
二人はリーダーと違い、綺麗と言うよりは可愛い系だ。
茶髪よりの金髪の女性と茶髪の女性。
金髪の方はキッとした目をしているが茶髪の方は垂れ目気味。
三人共というより砂漠の潜蛇は皆同じ服装をしており、砂が入るからかポケットはほとんど無く、それぞれの得物や持ち物はロウエンが刀を鞘に入れて腰に下げる様にホルスターに入れて下げ、その上から大きな布をマント状に羽織っている。
靴は今回は砂漠では無い為は着替えているのか、ブーツタイプの靴を履いている。
「にしても、主が間に合って良かった」
「あぁ、そうだな」
エンシさんも落ち着いたのかラギルは呟きながら立ち上がり
「何故、お前はここに来た?」
と俺を睨み、腰の剣を抜くや俺に向けて尋ねて来た。
と同時に
「それはこっちの言葉だ」
とロウエンが腰の刀を抜いてラギルに向けたのだ。
「……どういうつもりだ。傭兵」
「そのまんまの意味だ。俺達よりも先にこっちに向かっているとはな。どうしてだ?」
「ふん。用を足すためよ」
「そうかい。じゃあ何で都合良く上級の解毒薬なんてもんを持っているのかねぇ?」
「ふっ、傭兵とは違い騎士とはそういうものだよ」
「何?」
「騎士とは常に最悪を想定し、最善を尽くす為に備える者。だから持って来ておいたのだよ。仲間に危険が迫った時の為にね。全く、用意しておいて正解だったよ」
「……」
「それで満足かな? 傭兵の犬よ」
「……フン。理には適っているな」
そう言って刀を納めるロウエン。
「行くぞ主。エンシももう立てるようだしな。砂漠の潜蛇に悪漢共は引きずって来てもらえば良い」
「え、あ……おいロウエン!!」
「行くぞ」
俺の言葉を聞かずに戻って行くロウエンと気絶したモヒカン達を引きずって行く砂漠の潜蛇達。
エンシさんも脱がされた鎧を付け直して戻って行くので俺も共に戻って行く。
が、ラギルは戻ろうとはせずに俺達の背中をジッと眺めていただけで、結局彼が戻って来たのは俺やロウエンが何があったかをジンバに説明し、引きずって連れて来たモヒカン達を騎士に引き渡した頃だった。
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