第7話〜破られた封印〜

「いてっ……」


 飛竜が仲間になってから五日経った日の朝。

 俺は突然の地震に驚き、ベッドから頭から落ちていた。


「いってててて…………」

「あだっ!?」


 頭をさすりながら立ち上がる俺の向かいではミナモもベッドから落ちていた。


「だ、大丈夫か?」

「うぐぅ……ここ最近のこの地震一体何なのよ……いたた」


 頭を押さえながら起き上がるミナモ。

 最悪な起き方をしたせいか不機嫌な様子で顔を洗いに行くミナモ。

 ロウエンも起きたのか、大きな欠伸をしつつ頭をガシガシと掻きながら部屋に入ってくる。


「あぁ、主か……おはよぉさん」

「おう、おはようロウエン」

「……何だ?」

「いや、ロウエンの欠伸って大きいなって思ってよ」

「……そうか?」

「なんていうかこう……熊とか狼みたいにグア〜って感じなんだな」

「……自覚ねぇな」

「そ、そうか」


 癖だろうか。

 まぁ癖だとしても迷惑になる訳でも無いし、良いかと思いながら俺も顔を洗ったのだが……


 ウオォォォォォォォォン……


 という雄叫びが風に乗って聞こえた。

 と同時に俺は近くにあった机の下に入る。

 直後、俺達を揺れが襲った。


 朝の揺れに比べると強い揺れだが建物が倒れる程では無いし、その揺れ自体も数秒で終わる。


「……また地震かよ」


 飛竜を仲間にしてから五日。

 毎日揺れており、騎士団も揺れの原因の調査を開始している。

 そういう事もあってか最近は道端で遊ぶ子どもの姿が減った様に思う。


「全く、多過ぎんだろ……」


 机の下から這い出つつ、埃をはたいて落とす。

 その内調査の依頼とかが掲示板に貼られるかもしれない。


「また地震……最近多いわね」

「そうだな。その内調査依頼が掲示板に貼られるかもしれん。主がいつでもそれを受けられる様、気を引き締めておかないとな」

「そうね……って何でアンタが仕切ってんのよ」

「俺が一番付き合いが長いからな。それとも、お前が仕切るか?」

「うぐ……わ、悪かったわよ」

「すぐに謝る点は好感が持てるな」

「それはどーも」

「はは。仲良いね」

「そうか?」

「そうかしら?」

「あはは……とりあえず飯に行こう」


 戻って来た二人と共に部屋を出て食事処へと向かう。

 集会場内に設けられた食事処には初日から世話になっているが、メニューが豊富な事もあってか一向に飽きない。


 昼間は普通に飯屋、夜は酒場として盛り上がる食事処。

 一応朝から酒も飲めたりするのだが飲んでいる人はそんなにいない。

 飯の値段も非常にリーズナブルなのもとてもありがたく、宿泊自体に料金が発生しない事もあってか金欠な冒険者には非常に有難い。


「ねぇ、そう言えば何でタダで泊まれるの?」

「何だお前、知らなかったのか。主は知っているな?」

「え? ……あぁまぁな。確か俺達がパーティーを正規登録した際に払った金が維持費とかに使われてるから、とかの理由じゃなかったっけ?」

「正解だ。ただそれだけだといつまでも維持する事は出来ないからな。掲示板に貼られた依頼を受けた場合はその依頼の報酬の一部が手数料としてギルドに持っていかれる」

「成程ね。そういう仕組みだったのね〜」

「他にも受付隣にポストがあっただろ?」

「うん」

「寄附金用のポストだ。もし余裕がある時は入れてやると良い。今俺達がタダで泊まれているのも先人達が入れてくれたおかげでもあるのだからな」

「そうなんだ〜。あ、着いた〜」


 食事処へ着き四人がけの席に着く。


 ロウエンは朝からクライミングバッファローのステーキを頬張り、ミナモはツラヌキカジキのお刺身サラダ、俺はセンリジカのベーコンと野菜のサンドイッチを頬張る。


 クライミングバッファローは群れで生きる草食動物。

 名前にもある通り脚力が強く、どんな崖でも一気に駆け登ってしまう。

 群れで登り切った後、その崖は形を変えているとも言われている。

 群れの団結力は高く、雄雌問わず外敵に襲われれば総出で撃退の為に攻撃をしてくる為、捕らえるのは非常に難しい。


 雌から取れるミルクは脂肪分が高く、とても濃厚な味となっている。

 このバッファローの定番の食べ方はロウエンがしているようにステーキだ。

 肉汁溢れる肉にナイフを差し込み、切り分けて頬張る。


 ロウエンも慣れた様子で切り分けて頬張っている。

 ミナモが食べているツラヌキカジキは鼻先が箸の様に細長く伸びた魚だ。

 鱗を持たず、滑らかな体表をしており、水中を素早く泳ぐ。

 その貫通力は凄まじく、時折船の底に穴を開けてしまう事もあるのだ。

 その身は赤く、焼かれたりこうしてサラダに使われたりしている。


 最後に俺が食べているサンドイッチのセンリジカ。

 名前の通り、一夜で千里走ると言われる程俊足のシカだ。

 その角は風の抵抗を受け流す為なのか後方に向けて伸びており、強力な脚力を持つ後ろ足を使ったベーコンはとても歯応えのある物となっており、野菜のシャキシャキ感と相まってとても食べ応えのある一品となっている。


「うめぇ……これを安い値段で食えるなんて」

「ギルド様々だな」

「本当にそうね。フーにも食べさせてあげたいわね」

「そう思うが、アイツはアイツで良い物を食わせてもらっているからな」


 フーとは五日前に仲間にした飛竜の名前だ。

 雌の飛竜で大人になりかけの個体だったようだ。


 レベルはあれから上がり30。

 俺も負けじとレベルを上げて今は35まで上がった。

 これでパーティー内レベル最下位は脱したぜ。


 ミナモは32に上がったが、俺に追い抜かれて悔しそうにしていた。

 そのフーだが、今は集会場の屋上に作られた使役獣専用エリアに繋がれている。

 馬の厩舎の様な作りとなっており、一匹ごとに個室が与えられている。


 因みにだがそこも利用無料、とはいかずそちらは利用料が発生する。

 と言ってもそこまで高くは無い。


 ちゃんとその使役獣に応じた食事も用意してくれるのだ。

 ただ、中の掃除は自分でやらなければならない。

 これはパーティーのメンバーなんだから全て任せるのではなく、自分達でもやる事で使役獣に自分はパーティーの一員だと認識させる為なのだ。


 なので俺達もフーの部屋の掃除に行ったり、スキンシップを取りに何度も訪れた。

 結果、ミナモが無事テイムのスキルを修得した。


「あ〜……よく寝たぜ!!」

「早くご飯にしよーよー」

「そうそう。もうペコペコだよ〜」

「ですわね。今日は何を頂きましょうか」

「ふぁ〜あ」


 そんな中、食事処にやって来たのはカラト御一行。

 彼等もここに泊まっているらしく、朝食を食べに来たようだ。


「はぁ〜ほんと、あったかい飯は最高だぜ」

「本当ね。凍ったご飯はもうゴリゴリだわ」

「出した途端凍ってたもんね……」


 五日前まで寒い所にいたらしく、ここ数日は温かい飯を見る度に手を合わせて感謝している。


「さて主、飯を食い終わったら今日はどうする?」

「そうだなぁ……ミナモは何か予定あるか?」

「んーん。無いよー」

「そうか、なら……」


 のんびりダラダラと過ごすかと思った時だった。


「急な訪問失礼する」


 集会場の戸が開けられ、鎧を着込んだ騎士が数名入って来たのだ。

 その先頭にいる騎士は青いマントの付いた青い鎧を着ていた。

 あの鎧は確かと思い出していると


「これはこれは騎士団の近衛兵士長様。如何なされた」

「急に済まないな。ここに風月の群狼が泊まっていると聞いたが本当か?」

「え、えぇ。泊まっておりますが」

「呼んで来てくれ。今すぐにだ」

「い、今でございますか?」

「そうだ。今すぐにだ」


 兜を脱ぎ、集会場のギルドマスターと話しているのは藍色の髪の女性だ。

 その中世的な顔立ちを見て誰なのかを思い出す。

 城で会ったエンシさんだ。


「し、少々お待ち下され」


 ギルドマスターはエンシさん達に一礼すると受付嬢達を呼び集める。

 が、話も聞こえていたし、食事ももう終わったので俺達は会計を手早く済ませて


「俺達に何か用ですか?」


 とエンシさん達の元へと向かう。


「あ、いた。よし、皆通常業務に戻っておくれ」

「はーい」


 俺達を探す必要が無くなった為、解散する受付嬢達。


「急に済まないな。用と言えば用なのだが」

「何です?」

「何も聞かずにうなずいて欲しい」

「はい?」

「私と一緒に来てくれ。今すぐに」

「え、マジっすか……」


 その表情の真面目さに俺は驚きつつ頷いた。





 そのままエンシさんに連れられて来たのは王城の一室。

 会議室と思われるそこには楕円形の大きなテーブルが置かれており、ウゼル王と側近と思われる男性陣、それと数名の騎士がテーブルを囲う様に座っていた。


「おぉおぉエンシ殿。何処へ行っておられた!!」

「ラギル殿。彼等を迎えに行っておりました」

「彼等? ……誰だね?」


 エンシさんにラギルと呼ばれたオッサンが俺達の方を見てエンシさんに尋ねる。


 ラギルもどうやら騎士らしいのだが、ピシッと整えられた金髪とお揃いの色の髭。

 剃刀の様に鋭い目。

 赤でも青でも無い、金の鎧を身に付けたオッサンは俺をジロジロと見回してただ一言


「使えんな」


 と切り捨てた。


「ラギル殿!!」

「エンシ殿には失礼だがもう少しまともな連中をですな」

「彼等は……」


 とエンシさんが続けようとした時だった


「おぉ〜!! 来てくれたかぁロウエン!!」

「ジンバか……やはりいたか」

「何だつれないな。俺が出られんからな。エンシに頼んで連れて来てもらったんだ」

「成程……」

「だからラギル。失礼な態度はやめろ」

「失礼な態度だと? 俺に向かってその言葉、どういう意味か分かっているのか?」

「ふん。番外の金風情が、王族護衛の私に意見をするか」

「ぐっ……王族の庇護下にいる事しかできぬ癖に」

「確かに、貴様の様に例外の色を纏える訳では無い。だがな、王達に信頼されて我等はお側で守っているのだ。それを庇護下だと? 貴様、侮辱するか!!」

「っ……」

「我等を侮辱するという事は、陛下達が我等に置く信頼を侮辱すると同じと知れ!!」

「……よさないか。今はそんな事をしている場合では無い」


 ロウエンと話している時からは想像できない、まさに憤怒の表情でラギルに怒鳴るジンバ。

 そんな彼を宥めるウゼル王。

 それを聞いて自分の席へと戻っていく両者。


「……では、こちらへ」


 エンシさんに促され席に座る俺。


「……え、何で俺?」

「群狼の長は主だ。なら問題無い」

「無い無い」

「マジかぁ……」

「私語は慎め。全く……」


 不機嫌そうにラギルが俺達を睨む。

 初対面のはずなのにえらく嫌われたもんだ。

 まぁ俺の事が嫌いなら別にそれはそれで良い。

 会議とやらで俺が良い案を出せるとは思わないのでとりあえず黙っておく。


「では調査隊の結果は」

「はい。イノース山の地下が震源ですが」

「イノース山の地下……まさか」

「はい。そのまさかです」

「……アビスドランか」

「ロウエン、知っているのか?」

「まぁな……」


 俺の背後で腕を組みながら立っていたロウエンが呟き、頷く。


「風の噂で聞いた魔獣だが、イノース山に封じられていたとはな」

「そのアビスドランってのは何なんだ?」

「一言で言えば、災厄だ。奴は底無しの胃袋で行く先にある全てを呑み込む。それがまさか封じられていたとはな」

「その封印が何者かに破られたみたいでな。調査の結果、封印の為に打ち込まれていた六本の鎖の内、既に四本が千切れていたそうだ」

「覚醒は?」

「まだだ。だから急ぎ態勢を整えなばならない」

「……覚醒までの予測は?」

「……」

「ジンバが黙るという事は一刻の猶予無し、か」


 厄介だなと最後に呟き頭を掻くロウエン。


「だからその対策を今集まってだな!!」

「対策だと? そんなもの討伐しか無いだろ」

「討伐だと? 誰がすると思っている!!」


 大臣側と騎士側で言い合いが始まる。

 現場に行く騎士からすれば簡単に討伐と言われ、戦う術を持たない大臣側は討伐しか無いと言う。


「討伐するにしても戦力はどうなってる……って、俺達を呼んだ時点で察した方が良いか」

「……その通りだ。今の我等では勝てん」

「最近集会場に人が出入りしているのを見かけたが。パーティーにも声をかけている感じか」

「あぁ。だがどれ程集まるか……」

「なら、俺も知り合いに声をかけよう。隣国にいるはずだ」

「良いのか?」

「あぁ。奴等は俺に借りがあるからな。受けてくれるはずだ」

「ロウエン、それは助かる」


 ニカッとロウエンに向かって笑むジンバ。

 それとは反対に面白く無いといった表情のラギル。

 ブツブツと不満を漏らしているが何というか、俺達というよりパーティーの力を借りずに騎士だけの力でやりたい様な感じに見える。


 ただそれが難しい事も分かっているからイラついている感じだろうか。


「討伐となると突入方法も考えないとな」


 隣に座るエンシさんが顎に手を当てながら考える。


「やはり全軍による突入か……」

「そうですな。エンシ殿の言う通り!!」


 満面の笑みで頷きつつ、エンシさんの案に賛同するラギル。

 だがそれを聞いたロウエンが静かに口を開いてそれを否定する。


「いやそれは悪手だな」

「何!? 貴様、騎士であるエンシ殿の案が悪手だと言うのか!!」

「そう言っている。そしてそれは、主も同じ考えだろ?」


 そう言って目だけで俺を見るロウエン。


「ま、まぁな……」

「どう言う事だ小僧。言ってみろ」

「ほら、ジンバもあぁ言っている事だし。言ってみろよ主」

「お、おう。なぁウゼル王。そのアビスドランが眠る地に続く道って一つしか無いのか?」

「いや、報告では四つ五つあると聞いているが。それがどうかしたか?」

「でしたら部隊を分けて下さい。道の数分。それで同時に多方向から攻めるんです」

「……そうか。私の言う一方向からでは」

「そうだ。いくら山の洞窟でも道幅はそこまで広く無いからな。全員が通り抜けるまでには時間もかかる。ここは隊を複数に分けて進めた方が良いだろうな」

「しかし、その様なやり方は騎士道に」

「敵はこちらの都合なんて考えてはくれん」

「しかし!!」


 ダンッ!! とテーブルを叩きながら声を荒げるラギル。だが他の騎士達は


「そうだな。あの小僧の言う通りかもな」

「あのロウエン殿もそう仰っていますし」

「ここはそうするのが最適かもな」


 と、俺とロウエンが言った案に乗り気だ。


「し、しかしエンシ殿の案だって」

「そうだな……ここはハヤテ殿の案で行った方が良いかもしれませんね」

「エンシ殿!?」


 まさかエンシさんまで賛同してくれるとは。

 驚きのあまり俺じゃなくラギルは立ち上がっちまってる。


「っ、失礼する!!」

「おいラギル!! 何処へ行く!!」

「失礼すると言った!!」


 ラギルはそのままズカズカと足を鳴らしながら部屋を出て行ってしまった。

 がそれを追う者はおらず、そのまま会議は進められた。




「今日は突然申し訳なかったな」

「いえ、俺なんかが発言しちゃって……」

「構うものか。ロウエン殿も貴方の案と同じ事を言っておられたからな。後は場慣れしている者達が形にしてくれるだろう」

「にしても、大丈夫なんですか?」

「何がだ?」

「その、ラギルさん。俺の事嫌いみたいだったので」

「ふむ……」


 顎に手を当てながら歩くエンシさん。

 あの会議の後集会場まで送ると言われ、今は二人で帰路の途中なのだ。

 ロウエンは先程言った知り合いに声をかけに行くと行って別れ、ミナモはフーの様子を見に行くと言って先に帰ってしまったのだ。


「彼の事は私も苦手でな……」

「そうなんですか?」

「あぁ。私が何をしても褒めるんだ。たとえ、間違った事を言ってもな」

「ま、マジっすか」

「先程の突入方法に関しての話もそうだったろう? 私の案を聞くや考える間も無く賛同した。あんなの、褒めているとは言わん」


 表情を曇らせながら歩くエンシさん。


「騎士も大変なんですね」

「大変、そうだな。大変なのかもな。ただ私は生まれてからずっと騎士として育てられてきたから分からんのだ。私からすれば、お前達の方が大変そうに見える時もある」

「あはは。無い物ねだりってやつですね」

「そうだな……私はお前達に無い物を持っていて、お前達は私には無い物を持っている。だからこそ、助け合わなばならんのだ……ならんのだが」

「だが……どうかしましたか?」


 不意に立ち止まるエンシさんと振り返って彼女を見る俺。


「……頼みがある。騎士としてではなく、私個人として」

「頼みですか?」

「貴方の力を貸して欲しい。風月の群狼としてでは無く、貴方個人としての力を」

「え、でも俺達群狼は力を貸しますよ?」

「分かっている。だが群狼としても、ハヤテ個人としても力を貸して欲しいのだ」

「……い、言っている意味が」

「……その日が来れば分かる」

「……ま、まぁ良いですけど」

「……ありがとう、ハヤテ。その槍、此度の討伐の際は私の為に振るってくれ」


 キッと目を鋭くさせて俺を見るエンシさん。

 何だろう、話が重くなって来ている気がする。


「ま、まぁ善処はしますよ」

「そうか。感謝する」


 そう言うとまた歩き出すエンシさん。

 その表情はどこか嬉しそうな感じで少しだけ緩んでいた。




「さて、ここで良いな」

「はい。ありがとうございました」

「構わん。何かあればまたこちらから出向く。その時はよろしく頼むよ」

「分かりました」

「あぁ、ではまたな」


 一瞬。

 刹那よりも短い一瞬だけ寂しそうな顔をエンシさんがした気がしたが、気のせいだろう。

 そのまま彼女と別れ集会場へと向かう。


「あ、来たー!!」


 集会場の入り口の前に立っていた少女が俺を見るなり手を振って駆け寄って来る。


 毛皮で作られたモコモコの衣服。

 冒険者ではなく狩人といった姿だ。

 髪は俺と同じく緑色。

 目は翡翠の様に美しい緑だ。

 日に焼けた肌の至る所には白い傷跡が走っている。

 ツンツンと所々跳ねた髪とニッと笑うと八重歯が見える。

 その顔には見覚えがあった。


「あれ、もしかしてユミナ?」

「そうそうユミナだよ!! ハヤにい!!」


 ニカッと太陽の様に笑う少女。

 ただ、まだ帰らずにその様子を見ていたエンシさんの表情が険しくなっている事までは、俺は気付けなかった。




「……あの小僧め」

「ラギル様……」

「その小僧とやら、我等が切り捨てましょうか?」

「……それも考えたが、それはダメだ。私が小僧を気に入っていない事は知られているからな」

「あの傭兵ですか」

「それもあるが、ジンバも目障りだ。奴の目の届く範囲で、傭兵の身近な者を斬ればまず介入してくるだろう」

「では、如何なされますか」

「……確か他のパーティーにも声をかけると言っていたな」

「はっ。そう王は申されておられましたが」

「お前、確か知り合いに使える者がいると言っていたな?」

「はい。おりますが」

「奴等に文を出す。それを急ぎ届けてくれ。良いな?」

「……ハッ!!」


 数分後、ラギルの部屋から二名の騎士がそれぞれ渡された文を届ける為に出て行く。

 そして一人残されたラギルは


「必ずお前を手に入れてみせる。待っていろエンシ。お前は私だけの物だ」


 決して好まれない笑みを浮かべていた。

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