最終話

動画撮影日。カオリの手元にはプリンセスブルーのバラが装われた、透明な艶のあるガラスの靴が届いた。満を持したカオリは、カメラの前に腰を下ろす。


「みなさんこんにちわ。今日は『女の子がもらうと嬉しいプレゼント』というテーマのお話です。今日私がみなさんに見せたいのはこれです」


そう言うとカオリは、かわいらしい赤いリボンがあしらわれた化粧箱を取り出した。リボンをほどくと、姿を現したのは、クリスタルガラスのハイヒール。素朴な透明の輝きを放つ中に、ブルーのプリザーブドフラワーが、しっとりを彩りを添えている。


「このガラスの靴、男の人がプロポーズするときに女の子にプレゼントするものなんです。きっと女の子は幸せな気落ちになってくれると思います」

あくまで今回のトークテーマは「女の子がもらってうれしいプレゼント」だ。プロポーズは一生に一度のことだから、ガラス靴が活躍するシチュエーションは限られる。しかしカオリは、今日はどうしてもこれを推したかった。


「実は、むかし私のYouTubeの相方だったリコが、18歳になるのを機に結婚するんです。旦那さんも18歳、娘ちゃんは今年で2歳。おめでたいんで、私、女同士だけど、この靴をリコにプレゼントしたいんです」

カオリは、この企画の主旨からは外れてしまうことは承知しつつ、「自分が贈りたいプレゼント」として、そして「結婚するリコへ」の贈り物を紹介しようとしているのだ。


「今日はかなり個人的な企画になってしまって申し訳ないなと思っています」

カリスマ的な女子高生ユーチューバーではなく、もうすぐ18歳になるごく普通の女の子としてのカオリが、画面のなかにいる。


「私とリコは、かつて『カオリコチャンネル』を一緒にやったんですけど、リコが妊娠を私に知らせてくれたその日の動画を最後に、止まってるんです。それから私たちは別々の道を進むことになったんですが、リコは女の子を産み、私はYouTubeをひとりで続けて、それぞれ頑張ってきたんです」

カオリはしみじみ振り返る。


「ユーチューバーとしてファンのみなさんやたくさんの人に支えられて、すごく幸せなんですけど、ひとりの高校生の女の子としての自分が時おり置き去りになってると感じることがあって、どっちが本当の自分だろうと悩んでしまうことがあるんです」

カオリの胸に秘めてきた本音がこぼれだす。


「そんな時に、カタログに載ってたこのガラスの靴の写真を見て、リコのことが浮かんで、気づいたんです。大切な子を大切にしてこなかったって。大切なものから目をそらしてたから、自分が自分でなくなってきちゃったって思ったんです」

カメラの向こうの視聴者の反応を気にする余裕は、今はカオリにはない。思うことを、ただ切々と口に出すのみだ。


「だからこの靴を、リコに贈りたいんです。リコはもう私のことなんてどうでもいいと思ってるかもしれない。それならそれで仕方がない。でも、『リコ結婚おめでとう。今まで冷たくてごめんね。頑張ってるよね。いつもありがとう』という気持ちだけでも、伝わればいいと思います」

カオリの目から涙がこぼれ落ちる。それはガラス靴の透明の輝きに似た、きらめきをともなった、蛇行することなく一直線に流れるひとしずくだった。「みんな聞いてくれたありがとうございました」との一言をかろうじて振り絞ったところで、動画は途切れた。


ガラス靴にそっとたたずむプリンセスブルーのバラ。花言葉は、「夢かなう」「神の祝福」だ。


そして6月。リコが18歳の誕生日を迎えた日。もう3年近く音沙汰だった『カオリコチャンネル』から新着動画の通知が、チャンネル登録者たちに届いたのだった。

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ガラス靴のチャンネル 羽野京栄 @hano-write

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