第3話

ふだだび覆った長い沈黙を破り、カオリが口を開く。


「やっぱり私ムリ…出れない」

「なんで?」

涙声のリコが問いかける。


「だってリコの個人的な話だから、『カオリコチャンネル』には関係ないじゃない」

「ひとりだけじゃ、とても話せない。そばにいてほしいの」

「私、何も話せそうにないけど」

「それでいいの、いてくれるだけでいいの」

「それに今日いきなり話すなんて、急すぎて…」

「自分と赤ちゃんのことに専念してしばらく動画を休みなさいって、母さんから言われたの。だから早く撮りたくて」


リコの事情もわかるものの、私の気持ちはどうなるのか…カオリにはそう言いたい気持ちが溢れていたが、ぐっとしまい込んだ。リコの体と心を思いやり、自分も一肌脱ぐときではないか、今まで何があっても2人で頑張ってきたのだから…理性的な大人の判断に、15歳のカオリは無理して近づけた。


「うん…わかった」

「ありがとう」


「わかった」の声を聞き、リコの頬にひとしずくの涙がこぼれる。


「でも私、何も話せない。ただうなづくだけね。最後までひとりでしゃべって」

それはカオリのせめてもの譲歩であった。

「うん」


結局、カオリからはついに「おめでとう」の言葉が出ないまま、2人は動画収録に入った。


こうして公開した動画は、いつものように向かって左にカオリ、右にリコ。タイトルは『ご報告。』というだけのシンプルなものだった。


わずか5分ほどの動画の中で、リコは同級生との間に子を授かったこと、進学せずに出産・子育てに専念すること、2人が18歳になったら結婚すること、この日をもって動画出演を休止することを語った。リコは、「私は今日をもってしばらくお休みしますが、このチャンネルは続きます。これからも『カオリコチャンネル』をよろしくお願いします」と結んだ。


リコはときおり笑みを浮かべつつ、神妙な面持ちで思いの丈を語った。「絶対に泣かない」と心に誓ったため、涙を見せることも、泣き声になることもなく、淡々と語り終えた。子を身ごもったばかりの15歳の少女にしては、堂々とした告白であった。2年半、YouTuberとして活動してきたことがしみじみと活かされた。人生わずか15年にして訪れた最大級の正念場を乗り越えて幸せになって見せるともの気概をも感じさせた。


そのとなりにいたカオリは、常においてけぼりだった。冒頭で2人で発する「みなさんこんにちわ、カオリコチャンネルです」のあいさつ意外、言葉を発することは最後までなかった。動画で確認出来る限り、3回ほど薄ら笑いを浮かべるのが精いっぱいで、溜まっている思いを必死で押し殺すような能面のごとく硬い表情のままだった。動画の締めくくりでも、リコの締めの言葉の後でリコに合わせて黙って軽くおじぎするだけだった。


動画からは、2人の間に相当冷たいすき間風が吹き荒れていることは、誰の目にも明らかだった。ろくに相談することなく、カオリが納得いかないままリコが一方的に強引に動画を撮ったことは、ローティーンでも容易に推測できる有様だった。


コメントも「祝福ムード」というより「炎上」と断じざるを得ない荒んだものとなった。

「15歳で妊娠なんて。リコがまさか〇ッチだったとは」

「リコのこと可愛いと思ってたのに、一気に冷めた。幻滅した」

「カオリの目が死んでるじゃん。祝福する気なし」

「カオリ絶対恨んでるな。チャンネルこれからってときなのに」


決意のリコと落胆のカオリ。あまりに対照的な2人の少女の姿を、視聴者はまざまざと見せつけられる格好となった。だが皮肉にも再生数がぐんぐん伸び、チャンネル史上最大の再生動画となったばかりか、「急上昇」のコーナーにも上位表示されるまでになった。


この日を最後にリコが動画から姿を消した。さらに、カオリもまた、新しい動画を投稿しなくなってしまった。カオリコチャンネルの「新着」の通知がファンに届くことなく、何の音沙汰もないまま時間だけが過ぎていった…

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