第2話
「妊娠した???」
あまりに突然のリコの告白に、カオリは開いた口が塞がらない。
「うん」
「だ、誰と?」
「同じクラスのヒロキと…」
カオリはヒロキの存在は知っている。かつて動画の中で、「クラスの中の面白い人」のテーマで語り合ったときに、カオリが匂わせた男の子だ。面白いクラスメートとして紹介したと思いきや、付き合いしていたことも、ましてや行為に及んでいたことも、全く知らなかった。
「できたんだ…」
「いま5週目」
カオリの口からすぐに「おめでとう」の言葉が出ないことは、リコもわかっていた。祝福よりも驚きが先立ち、困惑の色を隠せないだろうことは、想定済みだったが、カオリの動揺ぶりは想定を超えていた。
なにせ、中3、15歳の妊娠だ。ドラマなどではたまに見かけても、まさか自分の身の回りで起こるとは、到底想像もつかなかったこと。ましてやYouTubeの相方であり中3にしてビジネスパートナーにもなっているリコがまさか。ただちに「祝福する」という発想には到底なれない。
さらにカオリは、突きつけられた現実に戸惑うよりも徐々に、リコが全然喜んでいるように見えないことが気になってきた。望んでいないことだったのだろう。なおいっそう何も声がかけられない。
2人の間に沈黙が包み込む。幼稚園のころからもう10年以上の付き合いになるし、お互いを知り尽くしている仲なのに、お互いに話す言葉が見つからずにいる。1分、2分と、全く無音の風が少女の部屋を冷たく吹きぬける。こんなに言葉を交わさない瞬間は2人にとっても初めてだ。はるかに遠い距離にいる地球の裏側の全く見知らぬ2人が、意味もなくただ対面しているかのように。
「これからどうするつもり…」
カオリがようやく口を開いたのは、5分にも及んだ沈黙のあとだ。
「産む…」
「そう」
「しばらく動画をお休みしようと思ってる…」
「そうなるわよね」
リコが今日の動画収録で紹介するはずだった冬服を持参していないことから、予定通り撮影をこなす気がないことは想像できた。
「そこで今日の動画のことだけど」
「今日の?」
「うん、今日の動画で、みんなに報告したいの」
「報告?」
「うん、できちゃったことを…」
リコとしては、今日は予定を変更して、視聴者への「ご報告」の動画を撮りたいと思っていたのだ。
ちょっと待ってほしい。カオリはまだ事実を受け入れきれていないし、気持ちの整理がついていない。まず2人がじっくり話し合い納得いく結論を出してから、動画で報告するべきではないだろうか。
「私も動画に出ろってこと?」
「うん、2人でみんなに報告したいの」
「どうして?」
「だって『カオリコチャンネル』じゃない?いくら私の個人的なことだと言っても、大切なことは2人揃ってお知らせしないといけないと思うの」
「そんなこと言ったって、私まだ気持ちの整理つかないし、いきなり出ろっていわれても」
「お願い、一緒に出て」
リコはひとりで抱え込む子だ。人に頼るのも苦手。でも、人生の一大事を報告するのに、一人きりでは心細い。それはカオリでもわかるのだが、あまりの急展開に心が全く追いついていない。15歳にしてはあまりに重すぎる。
「どうして今日なの?」
「私たち、何があっても更新頻度を守ってきたじゃない。今日が動画公開日だってことはファンもわかってるし、私たちを待ってくれてるから」
「だからって、いきなりこの話題じゃなくてもいいじゃない」
「ごめん、今日はこの話しかできない」
「そんな…」
「お願い、カオリ」
「やっぱり私、今日は出れない。リコ、ひとりでしゃべってよ」
「そんなこと言わないで」
瞬く間にリコの目が涙色に彩られる。
またしても2人の間に、長い沈黙が包み込んだ。
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