ガラス靴のチャンネル

羽野京栄

第1話

カオリのそばにはいつもリコがいた。


カオリが住む自宅から歩いて5分のところにリコのアパートがある。不思議なことに家族構成も全く一緒で、両親と弟、妹の5人家族。同い年で誕生日はカオリが6月5日でリコが6月10日。たった5日違いだ。


こんなに共通点がある2人は、必然的に仲良しになった。幼稚園へは最寄りの噴水公園の入り口で幼稚園バスを待った。小学校に入ってからは、4年生までは手を繋いで登校した。


中学に入学したとき、2人はYouTubeチャンネルを開設した。中学生になったら2人でYouTubeをやろうと約束していたのだ。


提案したのはカオリだ。中学生の人気ユーチューバーを毎日視聴していたカオリはいつも「中学生になったら自分もやりたい」という夢を抱いていた。小6の冬休み、リコを誘った。1人でやるのは不安だったし、お気に入りのコンビユーチューバーもいっぱいいるからだ。リコは2つ返事で乗ってくれた。


何よりの決め手は「カオリコチャンネル」というチャンネル名が浮かんだことだ。すごく語呂もよくて何となくかわいくて人気が出そう、とひらめいたのだ。


チャンネル名の通り、とりあえず自分がリーダーでいようとカオリは思った。リコはおっとりしていてマイペース。自分からアクションを起こすタイプではない。一方で自分は好奇心旺盛で新しもの好きなのでユーチューバーに向いていると、いろんな動画を見る中で、自己分析していた。


動画を投稿し始めた途端、2人はいきなり人気を手にすることができた。最初にアップした自己紹介だけの動画は、視聴者がどこからやってきたのか再生数はぐんぐんと伸び、1ヶ月で10万再生に達した。コメント欄を見ると、「ツインテール姿の丸顔のリコちゃんが可愛い」「方言まじりのリコちゃんのしゃべり方がキュート」など、リコを褒めたたえる意見が多かった。


コンセプトは特にない。ゲームしたり、買い物したり、ただ単にガールズトークしたりと、日常生活をありのままに撮影するだけだ。同年代の子たちに向けたチャンネルにしようという意に反し、主な視聴者は20代の男女で、それも7:3で男性が多い。


開設から2ヶ月を迎えたころには、早くもチャンネル登録者が1万人を突破。カオリもリコも、超絶スピードで人気が上昇したことに嬉しかったものの戸惑いもあった。

広告収入が入っても、収益は必ず2人で折半、お互い使い道に関しては一切口出ししない、という取り決めを急遽決めた。


そうして2年半が過ぎ、中学3年の秋までになんとチャンネル登録者50万人を超える人気ユーチューバーに成長した。中学生ユーチューバーの中ではトップレベルだ。特にこれまでユーチューバーがよくやる「企画もの」をやらず、相変わらず女子中学生の日常をただ報告するだけだ。「2人の好きなタイプ」を赤裸々に語り合った動画が最も再生数を稼いだ。


カオリは、2人の人気は2:1の割合でリコが勝っていることを知っているものの、気にしないようにしていた。今は2人とも学校内でも有名人になってしまったが、それ以前はリコの方が男子に人気があった。YouTube歴2年半になった今でも相変わらず視聴者ウケはリコの方がいい。逆に自分のファンは少数派だ。自分に「かわいい」と言ってくれる人は、コメントを見る限りは、どの動画でもリコより少なく、女性がほとんどだ。


男性ファンの熱いリコへの支持が「カオリコチャンネル」の人気の秘密だ。それはデータ的に間違いない。カオリにはいつしか、「自分よりもリコの方がこのチャンネルを支えている」という思いがよぎるようになっていて、心に物足りなさが芽生え始めていた。


そして迎えた11月のある日曜日。今日は動画撮影日だ。冬に向けて2人が買った冬服を紹介し合う内容だ。撮影場所は毎回かわりばんこで、今回はカオリの部屋。


約束の午後3時、リコがやってきた。しかしリコはどこか青ざめた表情をしている。普段はバッチリ整えるアイメイクが、イマイチ決まっていないように見える。そして視線は伏し目がちだ。


いつもとは違うリコだ。「入るね」とカオリの部屋に入る口調が重い。いつもとは全く異なる空気感をリコは漂わせていた。それにリコの持ち物はショルダーバッグだけ。冬服を持ってきていない。いつも服紹介するときは、念入りにスーツケースに入れて持ってきているのに。


明らかに様子が違うリコは、カオリと目を合わせるやいなや、思いもよらない言葉を発し始めたのだった。


「カオリ、私、妊娠しちゃった…」

















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