オマワリさん。
1
いくつかを残し、ほぼすべての家が真っ暗になった夜中。
みすぼらしい中年の男が缶ビールを飲みながらおぼつかない足取りで歩いている。その男はビールを飲んではなにか小言を呟き、時には大声で叫び出していた。
ビールを飲みおえると、大きく振りかぶって缶を暗闇の向こうへ投げ捨てた。
カーン、と遠くから缶の落ちた音が響いてきた。
勢いあまった男はついに足を絡ませ、電柱に酔いつぶれる…。
コツン
男は電柱に張り付き、二本の足で立つ余裕も残っていない様子。
コツン
缶ではない足音のような音に、男は気づかない。
ジャラ…
朦朧とした意識の中で男の視界に映ったのはギラギラした手錠。
男が視線を上に向けると…
ガチンッ
視界は真っ暗になった。
2
4月25日。心地よい洗濯日和な快晴。
クラスは各学年に三組と、これまた少なめである。
正夫は六年二組に通っている。
「おはようございます…」
ドアを開けて教室に入ってきた正夫は小さな声であいさつをする。
普段なら数人の生徒が一瞥し、一人か二人が返事をしたらあとは座席に座って先生を待つだけなのだが……、
「おい
「…え?」
正夫は突然声をかけられて困惑する。
振り向くとそこには、クラス一の遊び人といわれている
「なに、どうかしたの?」
「正夫はさ…」
もったいぶる義樹に少しイライラしながらも聞く正夫。
「オマワリさんの噂…知ってる?」
硬直する正夫。
「…なにそれ?」
「幽霊の噂だよ…」
困惑している正夫に瞬が恐る恐る説明した。
「良からぬことをした人の前に警察官が現れて、手錠で捕まえるとどこかへ連れ去るっていう…」
そんな噂が、と自分の噂への無関心ぶりを実感する正夫。
そこを畳みかけるように
「良かったら俺らと一緒にオマワリさんを探さないか?」
義樹のその言葉を聞いて正夫は時が止まったような感覚に落ちた。
「僕は、いいかな…」
現実味がない面倒ごとは嫌なので断った。
3
放課後。日が沈み始め、少し空が黄色く感じる。
いつものように一人で下校をしている正夫。周囲に人気はなく、目の前に中年の女性が歩いているだけだ。
(また誘いを断っちゃったな…)
俯いて断ったことを後悔しそうになっていた。
カチッという音が聞こえ、正夫は音がした目の前を見た。
「えぇ…!」
目の前の女性が歩きたばこをし始めたのだ。
正夫はとっさに口を手で覆い、女性の背中に嫌悪の視線を向けた。
歩くペースを段々と遅くし、距離を開けようとした。
女性が角を曲がっていったので、ホッとして口を覆うのをやめると…
「ぎゃぁああああああああ!!?」
女性の悲鳴が響き、正夫は無意識にその方向へ駆け出した。
角を曲がると、女性の姿はなかった。
地面に潰れたたばこと、奥に向かって歩く警察官の姿だった。
その光景に震えて立ち尽くしていると、警察官が振り向いた。
「ひぃッ!?」
正夫はその場に転び、へたり込んだ。
しかし正夫は、その警察官の顔を見て驚いた。
姿に見覚えがあったのだ。
「なんで…」
正夫が声を出すと、目の前にはもういなかった。
ごくり、と唾液を飲んで気持ちを整えようとする。
タッタッタッタッタッ!
何かが後ろから近づく音がした。
「…ひっ!?」
「大丈夫か…ッ!?」
「え…だ、誰?」
現れたのはぱっと見では普通の高校生ほどの少年だった。
「あぁ、俺は
「できれば奴について情報交換をさせてくれないか?」
状況が飲み込み切れていない正夫は、その言葉を飲み込むことにした。
4
夕方。多くの若者が帰宅をしている空が真っ赤な頃。
気が付くと、正夫は少し薄暗い部屋のソファで座っていた。
「あれ…?」
周囲を見る。壁の棚にはコーヒー豆などが並び、奥にはマスターらしき白髪の男性がいた。どこかのカフェだろうか、しかしまだ小学生の正夫にはなれない場所。このカフェが
不安がこみ上げる。
オロオロしていると、
「気が付いたかい?」
「良かった…」
目の前に
「ここは…どこなんですか?」
まずはそれが心配だった。見た目はいい人そうだが、それでも怖いものは怖い。
「あぁ、ここは真樹津市にあるホークラっていう喫茶店だよ」
「安心して、情報交換ができればすぐに私たちは消え去るし、あなたは家に帰れる…」
「…うん、わかった」
まだ怖いが、信じるしかない。正夫は従うことにした。
肯定的な返事に安心したのか、女性はわずかに微笑んだ。
「私はサリィ…そこにいる
サリィの自己紹介に軽く頷き、
「
「だってイルミナの胃袋はブラックホールなんだぜ?」
どうやら食いしん坊の人がいるらしい。
少しケチだな、と正夫は思った。
紙袋を隠した
「早速聞きたいんだけど、君はあの警察官について何を知ってるのかな?」
真剣な面持ちで問いかけてきた。
緊張しながら学校で聞いた噂と、目の前に現れた時のことを話した。
「大変だったな…情報ありがとう」
「これ…少しだけど魔除けの効力があるの。持たないよりはマシだと思う」
読めない文字と印が刻まれたカードを渡された。
「ありがとうございます…」
「こっちこそ、情報ありがとう」
正夫は立ち上がり、ドアの方まで駆けだす。
ドアの方から自分より少し背の高い男女二人が入って来た。
避けて会釈をする正夫。
「家に帰りたいと思いながらドアを開けるんだよ!」
遠くから
「あの子が情報提供者…?」
「腹減ったよぉ」
先ほどの二人はどうやら
暖かく、どこか懐かしさを感じた。
あれは確か、祖父の手…。
手を差し伸べる祖父の顔を思い出す。
「あ…」
祖父は警察官だった。憧れの存在だった…。
オマワリさんの顔は…祖父の顔だった。
混乱する正夫。
引き返したい…。
でも帰りたい……。
歩みは止めず、言われたとおりにドアを開けた…。
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