第31話現状

●現状


大多数の不死人の首を刈り取って、気が付くと私は帰り血だらけになっていました。もはや、私たちに向かってくるような不死人は近くにはいなくなっていました。私は、自分で刈り取った首をたわむれに一つ持ち上げます。


男の首でした。


さっきまで、不死人となって私に襲い掛かってきていた恐ろしい敵でした。けれども、今は物言わぬ首です。それが、少しばかり不思議に思えてしまいました。


「シナ?」


 私の後ろから出ていたマサネが、私に尋ねます。


「どうしたんだ?」


 私は、微笑みました。


「いいえ、なんでもありません」


 こんな場所で微笑むだなんて、相応しくはなかったかもしれません。それでも、私はマサネに安心してほしくて笑いました。マサネも戸惑いながらも微笑みました。


 それは、私の心に答えるためだったのでしょう。


 そのことに、私は少しばかりほっとしていました。


 マサネがまだ笑えることに、私はほっとしていたのです。


 周囲を見渡すと、ひどい現状でした。


 不死人たちの死体が積み重なっており、腐臭がただよっていました。私たちは布を口元に当てて、それをマスク代わりにしました。そして、少し歩きます。歩いても、歩いても、周囲の風景は変わりませんでした。


 マサネは、私の横にぴたりとついてきてくれました。


 もしかしたら、この風景を恐れていたのかもしれません。それぐらいに不死人が去った後の風景は恐ろしいものでした。


「シナ。シナと別れて逃げているときに、ハクっていうやつと会ったんだ。そいつに助けてもらったんだ」


 マサネは、そう語りました。


 私は、マサネの頭をなでます。


 私は、マサネが生き残ってくれていることがうれしかったです。他の誰が死んだところで、マサネが生きている喜びに勝ることはありませんでした。


「俺は、ハクを助けようとしたのに助けられなかった」


 マサネは、ひどく残念そうでした。


「ハクは強かったのですか?」


「いいや。たぶん、俺と同じで弱かったんだと思う」


 マサネは、最初はマサネがハクを庇ったのだと言いました。ですが、ハクのほうがマサネを庇い、不死人に噛まれたらしいのです。


「シナ、俺も強くなりたい」


 マサネは、私にそう言いました。


 私は、マサネに対して首を振りました。


「私は、マサネが強くなれるように教えることができません」


 私は、教えることが苦手なのにです。


「教え子がいたじゃないか」


「それは……そうですけど」


 私は、言いよどんだ。


 確かに私には教え子がいました。けれども、彼らに教えたのは殺しの技術です。そのような技術をマサネに教えたくはありませんでした。


「代わりに、私が戦ってはいけませんか?」


 私は、マサネにそう尋ねていました。


 マサネは、驚いたように目をぱちくりさせていました。


「マサネの代わりに私が戦っていきたいんです。これからも」


 私の言葉を、マサネは首をかしげていました。


 だが、聡い子は私の言葉の意味を察してくれました。


 私はマサネに傷ついて欲しくはなかったし、守りたかったのです。


「俺は、お前の隣で戦いたい」


 マサネは目を伏せました。目の前で亡くした友人のことを思い出しているかのようでした。


「ハクを失ったときと同じように、お前を失いたくはないんだ」


 マサネは、そう言いました。


 ハクはマサネを庇ったという友人です。私は、ハクという子を知りませんでした。でしたが、その子よりも私は強いだろうという自信があります。


「私はあなたに傷ついて欲しくはないのです」


 私は、マサネには何も教えたくありませんでした。


 マサネは、美味しいものを作れる素晴らしい腕を持っています。その腕を私が身に着けてしまった殺しの技術に使ってほしくはありませんでした。


「おまえが教えてくれないのならば、別の人を頼る」


 マサネは、そう言いました。


「そうしてください。私は、私の技術を嫌っているのであなたに教えることはありません」


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