第28話マサネ走る

●マサネ走る


 シナに言われたとおりに、俺は必死に走った。安全地帯はダンジョンの一部で、上には普通の町がある。その町に向かって、俺は走った。途中で、色々なところから悲鳴が聞こえてきた。その悲鳴に、俺の足は止まった。


「大丈夫ですか?」


 俺は、声をかける。


 すると不死人になった人間が、俺に襲い掛かってきた。


「危ない!」


 誰かが俺の襟首をつかんで、後ろに下がらせる。俺がさっきまでいた場所で、不死人が歯を鳴らす。俺は、その不死人を遠くへと蹴飛ばした。


「ナーイス」


 後ろからおどけた声が聞こえた。


 振り返ると、そこには俺と同世代の少年がいた。


 少年は、俺に微笑みかける。


「なんかいきなり訳が分からない状態になってたな。あれって、不死人か?」


 少年は不死人のことを知っていたようだった。


「アレに噛まれたらヤバいってことも知ってるんだよな?」


 俺がそう尋ねると、少年は頷いた。


「当然だ。俺は、ハク。こんな状態だけど、よろしくな」


 笑うハクに、俺もつられて笑う。


「これからどうするつもりだったんだ?」


 ハクに尋ねられて、俺は答える。


「外に行くつもりだったんだ。シナに……知り合いにそうしろって言われて」


 ハクは、俺の言葉を考える。


「上か……。確かに逃げられれば安全だろうけど」


 ハクは言葉を濁した。


 けど、すぐに俺に向き直る。


「上への道は、もう閉ざされた」


 その言葉に、俺は驚いた。だって、上への道はいつだって開いているものだった。なのに、今は閉ざされた。


「上の連中。下で騒ぎが起こってるって分かったらすぐに閉めやがった」


 ハクは舌打ちをしながら、言う。


「逃げ場所がない……」


 俺は、茫然としていた。

 

そこに行けばいいのか分からなくなってしまったんだ。


「落ち着けって!!」


 ハクは、俺に怒鳴る。


 それは俺のためというよりも、自分の苛立ちを俺にぶつけるための声にも聞こえた。


「安全なところをとにかく探さないと」


 俺にとってそれは、シナの近くに思えた。少なくともあいつならば、今の俺たちのようなことにはなっていないだろう。きっと冷静に不死人に対処していると思ったのだ。


「俺の知り合いにすごい強い奴がいるんだ。そいつのところならば、安全かもしれない」


「本当か?」


 ハクは、俺の話に飛びついた。


 ほかに目的もなかったのだ。


 この話に飛びついて逃げるしか、具体的な案はなかった。


「俺もついていく」


 ハクは、そう言った。


「ほかに頼れるような人間もいないんだ。その話にかけるしかないだろ」


 ハクの言葉に、俺は頷いた。正直な話、一人で動くのは不安だった。けれども、二人ならば混乱が広がっていく街でもシナのところまで行けるような気がした。


「シナは、たぶん自宅からそんなに離れていないと思うんだ。とりえあず、家に行こう」


 俺はそう言って、ハクの手を取った。


 ハクと俺は走り出し、不死人とそうでない人が複雑に混ざり合い、混乱する街を走りだす。明らかに不死人ではない人間同士が争い場面も見受けられた。どうして争うかは、人それぞれ理由が違う。


 人によっては自分を守るため、家族を守るために、他人と争っている人もいる。けれどもそうやって人と人とが争えば争うほどに、不死人たちは数を増やしていく。


「シナ……」


 俺は走りながら「シナは大丈夫だろうか」と思った。


 俺は、ハクと出会えたから心強いけどシナは今一人かもしれない。俺以上に心細いからもしれない。そう思うとたまらなかった。どうして、シナを一人にしてしまったんだろうかと思った。


 シナに言われて、何かを考える暇もなく俺は上への入り口へと走った。けれども、それが間違いだったのだ。俺は、シナの側にいるべきだったのだ。


「危ない!」


 俺は、ハクを引っ張った。


 ハクの目の前には、不死人がいた。


 俺は、尻もちをついてしまったハクの目の前に躍り出る。ハクを庇った、俺は思わず目をつぶった。不死人の顔が、もう俺の側に迫っていた。

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