第24話過去

●過去

 安全地帯に落ちたとき、私は幼かったのです。


 そして、持っていたのは拷問の知識だけでした。そんな子供ができる仕事など、裏の仕事だけでした。気が付けば、私は殺しの技術も持っていました。


 殺すことは、不得意でしたよ。


 苦しめるよりも難しいことだと思っていました。


 けれども、いつしか私は殺し屋を育てる師匠にまでなっていました。その生活が嫌になって、調達屋に転職したのです。


マサネには、言っていなかった私の過去でした。


言わなくていいと思っていた私の過去でした。ですが、ミサが――……私の殺し屋時代の教え子が私の過去を良弁に語ってくれました。その口を黙らせたときのは、もうすべてが遅かったのです。


 マサネもリヒトたちも、私のことを遠巻きに見ていました。


 最初に動いたのは、マサネでした。彼は私に近づいて、顔や手を一生懸命に拭こうとしていました。何をしようとしているのか思えば、血に汚れた私の体を拭こうとしていたのでした。


「汚れますよ」


 あなたまで汚れる必要はない。


 そう言って、私はマサネを遠ざけようとしました。


 ですが、マサネはどけようとはしませんでした。


「汚れるとか関係ないだろ!」


 マサネは、私を叱ってごしごしと私をこすります。なぜか、彼は泣いていました。どうして、泣いているのでしょうか。どうして、笑ってはくれないのでしょうか。


 私は、彼の顎を捕まえて上に向かせました。


 マサネよりも身長が高い私には、彼の泣き顔がよく見えました。


「あなたは、あなたはどうか笑ってください」


 祈るように私は呟きます。


 私が親からもらい受けたのは拷問という手段だけで、その手段は殺し屋という最低の仕事にまで私を導いてしまったのです。ですが、マサネは父親から料理という最高の手段を学んでいました。


 そんな素晴らしい人が、泣いていては私が困るのです。


 だから、どうか――……どうか――……笑ってください。


「お前が泣いているのに、笑えるわけがないだろうが!」


 マサネは、そう言いました。


 言われて初めて、私は泣いているのだと分かりました。


●マサネの話


 シナの過去を知った。


 だからといって、どうこうするわけではない。シナは俺よりはるかに年上で、色々なことを体験しているはずだし、それに何かを言う気はない。ただ、それによって落ち込んでいるシナになにを言っていいのかも分からない。


 シナは、俺に自分の過去を知られたことで落ち込んでいる。


 たしかに、殺し屋だったという過去は誇れないだろう。


 でも、シナはそれを止めるという決意もしたのだ。それが、立派なことだということをシナには気が付いて欲しい。


 俺はいつも通り、料理を作る。


 作り終わると、シナはのろのろと立ち上がる。ご飯ができていることに気が付いていないようだ。


「ヨーシャのところに行ってきます」


「その前に飯、食って行けよ」


 俺に言われて、ようやく飯のことに気が付いたようだった。


 本当に重症だ、と俺は思った。

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