第23話マサネの視点

●マサネの視点

 殺人鬼に追われていた俺は、後ろから手套を喰らって気を失った。懐かしい感覚というかシナと最初に出会ったころにもやられた奴だった。


 それで、気が付いたら――暗い部屋に押し込められていた。


 手足を縛られていて、身動きが取れない。


 俺はできる限り暴れて、ロープを自力で切ろうとした。


「うるさい」


 俺の目の前に現れたのは、女の子だった。


 十八歳ぐらいの子だと思う。若い女というべきかもしれないけど、背の高くて発育の良い体が抱かせる印象とは正反対の子供っぽいピンクのルージュをひいていた。それが、彼女を未熟な女の子に思わせている。


「うるさいよ、きみぃ」


 女の子は、俺を蹴り上げる。


「きみぃは、えさになるんだよぉ」


 なんだか、妙に語尾を伸ばす子だなと思った。子供が甘えている声を、大人が無理に再現している感じだ。


「わたしが、つくった子たちがあんまりにも出来が悪いからぁ。殺しの練習をするためのえさになるんだよぉ」


 ごめんねぇ、と間延びした声が響く。


 女の子の手が、俺に伸びた。


 その手が――女の子のものとは思えない傷だらけの手が怖くなって、俺は眼をつぶった。


「やめなさい!」


 鋭い声が聞こえた。


 聞き覚えのある声だった。


 その声は、シナのものだった。


 俺は涙目になりながらも、シナの姿を捕らえた。シナは見たこともないぐらいに怖い顔をしていた。女の子は、そんなシナの顔を至近距離で見ているのにどこ吹く風といった風情だった。


「やめなさい。この人は、私の大切な人です」


 女の子は、俺から手を離す。


 女の子の視界の先には、シナがいた。


「シナせんせぃ?殺し屋も拷問もやめた人が、何を言っているんですかぁ。そうか、一般人になったから意味不明なことを言っているんだぁ」


 先生も殺していいよ、と女の子の声が響く。


 その声と同時に、女の子の周囲に男たちが集まった。三人ぐらいはいると思う。部屋の暗さと同化するような黒い服を着ていたから、よくは分からない。シナは、彼の武器である死神みたいな鎌を取り出して構えた。


 俺の周囲には、見たことのない人たちが終結していた。


 男二人に、女の人が一人。


 恰好から言って、調達屋の人たちだと思う。


「心配しないでください。あなたは、助けますから」


 女の人が、縄をほどいてくれる。


「シナ。シナは!」


「シナさんは、私たちが……」


 女の人が、茫然とする。


いつの間にかだった。


調達屋の意識が俺に向いていた、一瞬。


俺の意識が調達屋に向いていた、一瞬。


その一瞬で、シナは男たち三人分の首を刈り取っていた。女の子は「うわぁ!」とわざとらしいほどに驚く声を上げた。


「せんせぃ、つよい。てか、生徒の生徒を殺しちゃだめですよぉ。特にそいつらって、出来が悪かったのにぃ」


 出来が悪い子ほどかわいいっていうでしょう、と女の子は飛び上がる。女の子の動きと共に、銀色に光る糸が見えた。その糸が、シナに絡みつく。だが、その前にシナが糸を鎌で絡み取る。そして、それを力任せに引っ張った。


 女の子の体制が崩れる。


「おかしいの」


 女の子が、ぽつりとつぶやく。


「先生が自分の苦手分野で勝負してるぅ」


 女の子は糸を引っ張り、シナと力比べをする。


「先生は、力仕事が苦手だったのにぃ」


「あなたと比べれば、得意なものですよ」


 シナは、女の子を糸ごと放り投げる。力技の蛮行に、女の子は微笑を膨らませた。


「そうだったぁ。男と女。そういう基本的なことを忘れちゃうって、ミサってお茶目」


 ミサというのが、女の子の名前らしかった。


「おい、ミサ!」


 俺は、ミサに向かって叫んだ。


「もうこんなことは止めてくれよ。シナだって、調達屋ってだけでそんなに荒事に慣れているってわけじゃないんだ」


 俺の言葉に、ミサは眼をぱちくりさせる。


「知らなかったぉ?先生は元殺し屋で拷問屋でもあるんだよぉ」


 今度は、俺が目を丸くする番だった。殺し屋で拷問屋ってどういうことだ、と思った。


「相手のことを殺すし、拷問もできる何でも屋。あっ、拷問屋とは名乗ったことなかったけぇ?」


 覚えていないや、とミサは言う。


 シナは、肯定も否定もしなかった。


 ただ無言で、鎌でミサの首を狙うだけだった。


 ミサは笑いながら、シナの攻撃を避ける。


「先生、その子の前でまともな大人になろうとしてたのぉ?無理だよ、先生なんて汚れてるもん」


 シナが、ミサとの距離と詰める。俺は「あっ」と呟いた。ミサは、笑っていた。笑いながら、シナに首を刈り取られた。


とんとん、とミサの首が地面に転がる。


俺は、悲鳴を上げた。

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