第6話手がかり
●手がかり
家に帰ると、ベッドの上でマサネが大暴れしていました。縛られて大暴れしたせいで、ロープが体の色々なところに絡まっていました。
「なにやってるんですか?」
「それはこっちのセリフだっ!!」
縛られているマサネは、私を睨んで威嚇してきます。
「ここ、危ないものも置いているので勝手に動かれると困るんです」
私は、マサネに近づきます。
ロープを切るだけのつもりだったのですが、マサネは緊張のあまり身を固くしました。なんというか小動物のような子です。
「はい、これであなたは自由ですよ」
私はロープを切って、ナイフをしまいます。
マサネは、きょとんとしていました。
「拷問とかは?」
「しませんよ。そもそもここの拷問器具って、全部使えないのばかりですし」
マサネは「はぁ?」と気が抜けたような返事をしました。
「あれは趣味で集めている偽物です。本物は、何一つありませんよ」
マサネは毒気を抜かれたように「趣味……」と呟いていました。
「随分と悪趣味だな」
「自覚はしていますよ」
私は、お茶をわかしてマサネに差し出します。マサネは茶の匂いを嗅いで、私のことを睨みます。
「毒なんていれてませんよ」
私は自分の分を飲みます。
「じゃあ、なんで縛っておいておいたんだよ」
「だって、あなたが逃げたらいつかは私を襲うかもしれないじゃないですか。本当は、犯人を突き止めてあなたの誤解を解きたかったんですよ」
その言葉は、真実でした。
マサネは、どうしてか私のことを父親を殺した殺人犯だと思っています。
それは勘違いなので、そんなことで命を狙われるのは迷惑です。
「おまえ、本当に親父を殺してないのか」
「違いますよ。第一、私とあなたの父親には接点がありません」
「金を貸していたとか」
マサネの言葉に、私は首を振りました。
「マサネ、ミトを知っていますか?」
マサネは首を振りました。
「調達屋で金貸しの人です。彼ですら、お父様にはわずかにしか金を貸していない。ならば、お父様はどんな人間にも殺される理由になるほどは金を借りられなかったのではないですか?」
私の言葉に、マサネは考えます。
私は、その様子をずっと見ていました。
考えてみれば、マサネこそがユシスの一番の被害者なのです。それなのに、彼だけが父を探しているだなんて。
「……そうかもしれない」
マサネは、そう言いました。
「マサネ。あなたは誰から、父親が殺されたと聞いたのですか?」
私は、再びそれを聞きました。
マサネは、困ったように私を見ていました
「マサネ。ユシスさんが死んでいると判断しているのは、あなただけなのですよ」
その言葉に、マサネは少し同様したようでした。
そして、恐る恐る自分に父親が殺されたといった人の名前を私に言いました。
「店主だ。『犬に死体』の」
「……そうですか」
おそらくは、店主がユシスを殺したのでしょう。
その罪を私に擦り付け、マサネに私に殺させる気だったにちがいありません。
私はため息をつきました。
罪を擦り付けるのに私が選ばれたのは、私の外見のせいでしょう。私は細身で、優男なのです。弱そうに見えてもいたしかたない。こんな私ならば、マサネでも殺せるとおもったのでしょう。
「少し腹が立ちますね」
私は、茶を置きました。立ち上がり、ダンジョンに潜るためにきていた武具を脱ぎます。いつものラフな格好になったところで、結わえていた髪をほどきました。私の髪は長く、何かあるときは一つに縛っていました。ですが、普段はほどいています。
「髪を整えてやろうか?」
マサネは、私にそう尋ねました。
「てか、やらせてくれ。落ち着かなくて」
マサネの言葉に、私は頷きます。もう彼が私を狙う必要はなくて、後ろを任せても安心できる相手でした。
マサネは櫛を持って、丁寧に私の髪を櫛けずります。その優しい手の感触に、私は思わず目を閉じました。
「店主が親父を殺したのかな?」
マサネは、私にそう尋ねました。
「それを今から確かめに行きます」
「俺、母親も死んでて……一人になったのに」
マサネは、そう呟きました。
私は、一人になった彼を憐れんでいました。だって、この世で一人になること以上に悲しいことはないのです。彼は、その悲しみを体験していました。だからこそ、父を殺したと思った私を殺そうとしていたのでしょう。
「マサネ……」
私は、マサネの方を振り向きました。
そして、驚く彼の首に首輪をつけました。
「なんなんだよ!これっ!!
マサネは叫びました。
「爆弾ですよ」
私がそう言うと、マサネの顔が青ざめました。
「おい、これって……」
「外そうとしたら爆発しますよ」
「これも偽物だよな。悪趣味な?」
マサネは首輪をひっかこうとしましたが、恐怖心が邪魔をして躊躇してしまっていました。私は、微笑みます。
「そうかもしれませんし。そうじゃないかもしれません。この爆弾を爆発させたくなければ、ここから動かないでくださいね」
私はそう言うと、彼がとかしてくれた髪をたなびかせて家を出ました。
爆弾云々は、華麗なる嘘です。
私は、彼を家から出したくなかったのです。彼を出してしまったら、きっと彼は復讐に走るでしょう。それは悲しすぎたから、私はむりやり彼の首に偽物の爆弾をつけてしまったのです。
私が向かったのは『犬に死体』でした。
私はウェイトレスに言って、店主を呼び出してもらいます。店主は太った男でした。私は店内で、太った男に尋ねます。
「行方不明になったウェイトレスは、どこにいますか?」
おそらく、ユシスはその謎に気が付いていたのでしょう。
だから、殺されたのです。
「それはどういうことですか?」
店主は、人好きがする笑顔を向けてきます。私は、首を振りました。
「私もウェイトレスが消えた謎を――ユシスが殺された謎を追っていました」
なにせ、そのせいで殺されかけたことを店主に伝えました。店主は、驚いてしました。
「殺されかけた?」
店主は、さらに驚きます。
「一体どうして?」
「あなたが、私がマサネに『父親を殺したのは私だ』と言ったからです」
私はため息をつきました。
店主は、笑いだしました。
下劣な笑い声は店中に響き渡り、私は眉を顰めます。店主だといっても、気に入った店に響き渡ってほしくない声でした。
「マサネは、あなたを殺せなかったんですね」
店主は、そう言いました。
「あなたぐらいならば、マサネでも殺せると思ったのですが……」
私は、整えてもらった髪をかき上げます。
「バカにしないでください。こんなんでも調達屋ですよ」
食堂で働いていた子供よりも、ずっと危険な生活をしていた人間なのです。そんな人間が子供一人にやられるわけがありません。
「……いいえ、違うか」
私は一人で呟きます。
店主にとって、私が殺されても、マサネが殺されても、都合がよかったのです。マサネが私を殺せば、マサネは私が父親を殺したものと思い込んだままで終わります。私がマサネを殺したとしたら、そもそもマサネの父親が殺されていたことも知られなかったでしょう。
ですが、私はマサネを殺さなかった。
それが、店主の計画を狂わせたのです。
「あなたは、ウェイトレスが消えた事件も……ユシスのせいにするつもりだった」
私は、店主に尋ねます。
答えは求めていませんでした。
店主も、私にそれ以上のことを求めていませんでした。
「行方不明のウェイトレスとユシスはどこにいるんですか?」
殺されていたとしても、死体が残ります。
それはどこにあるのか、と私は尋ねました。
店主は、笑います。
「お前ら客の腹の中だよ」
店主の声に、私ははっとして自分の胃袋を押さえます。この店の名物は、肉料理で、どんなに硬い肉ですら柔らかく調理してもらえるのです。
吐き気がこみあげてきました。
店主はウェイトレスを殺して、ユシスに調理させて客に食べさせていたのです。ユシスはそれに気が付いて、店主に殺されたのです。
「よくも……よくも」
私の中で、恨みが渦巻きました。
店主は、美味しいものを汚しました。
この店の人間が作り出している、美味しいものを。
「あなたは、それでも店主なのですかっ!」
私の大声に、店主はびくりと体を揺らしました。
大声を発する私に、ようやく恐れをなしたようです。
私は、調達屋。
必要とあれば、人と争うこともある仕事なのです。
「……俺を殺すのか?」
店主は、私に尋ねました。
「殺しません。……警備隊に知らせます」
警備隊は、安全地帯の警察です。
権限は安全地帯のみに限定されますが、犯罪者は警備隊に突き出すことになっています。私はよき市民として、そうするつもりでした。
だが、店主は近くにいた客を人質に取ります。
幼い女の子でした。
私は武器を握って、先端を店主に向けます。
そこから先は、一瞬でした。
私の死神の鎌の刃は、一瞬で店主の首を狩り取りました。
私の死神の鎌は、対人戦でこそその恐ろしさを発揮します。私と対面したとき、その対面した者が人型であるとき、鎌は一瞬でその首を狩り取ることができるのです。
胴体と首が分かれた店主を見て、幼い女の子はひどく泣き始めました。その女の子の親は、私を恐ろしげなものでもみるかのようににらみつけていました。
私だって、こんなことはしたくなかったのです。
ですが、人質を取られていれば殺す以外の手立てないものでしょう?
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