第5話ダンジョン

●ダンジョン

 私は、ダンジョンには基本的に一人で潜ります。


 装備は軽いものを選び、武器は死神のような鎌を使用します。それが、私のスタイルでした。私は、装備のなかから灯り玉と呼ばれる玉を取り出しました。


掌サイズの玉をぽんと投げて、空中に浮かせます。すると松明を焚いたときのように周囲が明るくなりました。この灯り玉は魔法具と呼ばれる道具で、けっこう高価です。ですから、さっきマサネと二人で潜るときには使用しませんでした。


ほの明るくなったダンジョンは、巨大な岩をくりぬいたような作りです。つまりは何処にも岩のつぎはぎがないのです。あまりに巨大な岩に、誰かが迷路を掘った。それがダンジョンなのです。


ダンジョンは、どこをかしこも冷たい石に囲まれていて少しひんやりとしています。石棺のなかに閉じ込められた感覚と言えば近いのかもしれません。


このダンジョンは誰が何のために掘ったのか、実はよくわかってしません。学者たちははるか昔に起きた戦争のためだとか、昔の王族の墓であるだとか、色々と仮説は立てていましたが、そのどの仮説も立証することはできていませんでした。ですが、現代の私たちの生活と切っても切り離すことできないものなのです。


「おや……」


 私の灯り玉に誘われて、巨大なコウモリたちがこちらにやってきました。ダンジョンの外で見られるコウモリよりも、三十センチ以上は大きくてモンスターと呼ばれる種類となりうます。ダンジョンの中で見られるモンスターも、ダンジョンの外で見られる獣も、基本的にはただの獣です。


ただしダンジョン内のみで生育している種は、モンスターと呼びあらわされます。このコウモリは(正式な学名は忘れました)は、ダンジョン内でしか現れない種だったはずなのでモンスターです。


 コウモリ事態に危険性はありません。ただし、なにか危険な病気を持っている可能性はあるために、手ぬぐいで自分の口をふさいで簡易マスクを作ります。そして、灯りが消えてしまわないように灯り玉を側に呼び寄せました。

 

 コウモリは、何かきっかけがあると大移動をします。餌が進路方向にあるのか、それとも何かに住処を追われたのか――……。

 

 しばらく待ってコウモリの群れをやり過ごすと、奥から巨大な猪がこちらに向かってくるのが見えました。立派な牙を私の方に向けて威嚇しており、コウモリたちの住処を荒らしたのは彼だろうと私は考えました。


 私は、鎌を構えます。


 猪が、私に向かってきました。


私は猪の牙を自分の鎌で一刀両断し、次の瞬間には頭蓋に鎌を突き立てていました。猪は荒い鼻息を立てて、必死に鎌を引き抜こうと後ろに下がります。私は鎌にさらに力を入れて、猪の頭蓋を破壊しました。ようやく猪の動きが止まった時、猪は血だらけでありました。


 私は、ふうっと息を吐きます。


 猪は、結構な大物でした。私は荷物の中からダガーナイフを取り出して、猪を解体します。首のあたりをナイフで刺し、血を抜き、関節にナイフを差し込んで、生物を肉へと変えてゆきます。解体された肉は、氷玉と呼ばわれるアイテムと一緒にバックに収納します。


 氷玉は、いわば溶けない氷です。冷たいので、これと一緒に肉を入れると猪が長持ちするのです。荷物を整理すると、私は立ち上がりました。


 普段だったらここで安全地帯を目指すのですが、今日は別の目的もありました。私は、歩き出します。相変わらず、ダンジョン内はひんやりとしています。


 しばらく歩くと、血なまぐさい匂いが鼻につきました。さっきまで猪の解体をしていた私以上に匂っていたので、私は顔をしかめます。曲がり角からひょっこり顔を出して確認してみると、そこは血みどろの殺戮のあとがありました。


 殺戮された種は私も戦った猪であり、周囲には猪の頭だけが何個も転がっていました。その光景は、ひどく悪趣味です。


 その悪趣味な光景の真ん中に、男が立っていました。ひょろりとしいる私と違って、がっしりとした体つきの男です。その男は、さっきの私と同じように猪の解体をしていました。


「見つけましたよ、ミト」


 私は、男を呼びました。


 ミトは振り向いて、人懐っこい笑顔を剥けます。髭がぼうぼうと生えた屈強な男には、似合わぬ愛嬌でありました。


「久しぶりだな、シナ。何かあったのか?」


 解体する手を止めた、ミト。この男は、私のように調達屋をする一方で金貸し業も営んでいる男です。私が知る限り、後ろめたい借金があるものはみんなミトに金を借りていました。だから、マサネの父親のユシスもミトに金を借りているのかもしれないと思ったのです。


 私は、マサネに関することユシスを探していることをミトに伝えました。ミトはトレードマークになっている髭を撫でつけて「あいつ行方不明になっていたのか」と呟きました。どうやら、ミトもユシスが行方不明になっていたとは知らなかったようです。


「ユシスは、金にかなりだらしないタイプだ。俺にも借りてるが、周囲の知り合いにはほとんど借金をしているようなタイプだぞ」


 金がらみだとかんがえるならば、ユシスの知り合いは全員が容疑者になりうるということです。ああ、一人を除いてと思いました。息子のマサネ。彼だけは搾取されてもなお、父親を慕っていました。


「それにしても、そこまで金を借りて何につかっていたのでしょうか?」


「借金の内容としては、つまらないギャンブルだな。酒も飲んだが、かけ事が好きすぎたっていうのが身を亡ぼした原因だ」


 私は、つまらないもので身を滅ぼしたものだなと思ってしまいました。ですが、同時にそんな男によくも金を貸していたなと思ったのです。ミトは、私の考えをよく分かってしました。


「あいつには料理の才能があったのさ。今でこそ、あんな食堂で働いてはいるが元は国有数の有名レストランで働いていたらしいぞ」


 つまり、夢のような話ではありますが料理人と返り咲けば、金を返すことができるとユシスは考えていたようなのです。なんて、甘い話でしょうか。ですが、その話にはちょっとだけ現実味もあったので、ユシスの知り合いたちは彼に金を貸していたとのことでした。


「それにしても、死んだとしたら損をしたな。まぁ、貸してた金額ははした金だが」


 その言葉に、ちょっと引っかかりを覚えました。


 私は、ユシスにどれぐらいの金を貸していたのかをミトに尋ねました。ミトが貸した金は、夕飯二回分程度の金額でした。ミトはユシスの噂を知っていたために、それ以上は貸したくなかったのだと言いました。借金を踏み倒されるのを恐れたのでしょう。


他の人間たちもミトのように貸し渋ったと考えていいでしょう。だとしたら、ユシスは大した金額を借りることができなかったかもしれません。そうなれば、ユシスが借金がらみで恨まれていたというは少し無理があるのかもしれません。


 私は、ため息をついて安全地帯に戻ることしました。


 ユシスの最大の手掛かりが、私の家にありました。


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