第33話 闇鍋は美味い!(確信)

 地下宮殿に辿り着いたが、そこは入り口の遺跡とは打って変わって、静寂に包まれていた。だが、見渡すと巨大な文字や幾何学的な模様が、宮殿を中心に回っている。これがヂアミテイルの人々を生贄に、新しい神魔石を造る為の魔法陣だろう。


「とても大規模な魔法陣ですね。半年やそこらじゃ作れないみたい……」

「ミルディオスの宝剣を持っていたことから、分かるが、ザルカバードはミルディオス教会とも繋がりがあるんだろう。ガングレリ要塞から逃げる時に追ってきたのは、ミルディオス教の聖なるダガーの紋様がある服を着たものだったからな」

「ザルカバードは……父は何の為に……こんなことを!」


 アルマが泣きそうになるのを、頭を撫でて、精一杯慰める。そんな中でも俺は、これからの攻略法を考え続けていた。みんなを死なせないで、序盤を攻略する方法を。


「オルランド様、やはり正面突破しかないのでしょうか?」

「ああ、こればっかりは正面から行くしかないな」


 その時背後から現れる者が現れた。ヴァイツである。これは想定内の出来事だ。稀に、遺跡内部の敵に苦戦していると、自律行動キャラクターとして援護してくれる。ジョブはザルカバードと同じく専用ジョブの暗黒騎士だ。


「アルマたちが先に侵入しているとはな、さっきまで残った追っ手を、倒していたところだ」

「兄さんが無事でよかった」

「なあ、ヴァイツ、俺たちの仲間にならないか? 時には協力することも必要だと思うぞ」

「……そうだな、暗黒騎士が不幸を呼ぶなどと言ってられないか」


 俺は心の中でよっしゃあ! と叫んでいた。地下宮殿に来るまでの間の戦闘で、どれだけゲーム内のスコア――この場合は敵をどのくらいの速さで倒したか――の高さで、仲間になるかどうかが変わるのである。


「我が暗黒剣技を受けて、立つ者はいない。どうかこの力を役立ててくれ」

「よろしくな、ヴァイツ」

「兄さん、頑張りましょう」


 そして俺は、ヴァイツのアクセサリー2つ目のリフレクトリングとエメラルドのお守りを剥いだ。リフレクトバングルは今まで言わずもがな、活躍してきた代物である。エメラルドのお守りは、足の速さが下がる代わりに、ステータス異常が無効になる逸品だ。


「ライジーン・オルランド様、早く父を……ザルカバードを倒しに行きましょう」

「ああ、そうだな。まあその前に闇鍋を食べよう。アルマ、お願いできるか?」

「腕を振るって作りますね」


 ……闇鍋の味は筆舌しがたい、恐ろしい味だった。黒紫の汁は液体のように見えたが、粘性があり喉にこびりつき、味は……もう……思い出したくない。だが、これがみんなが生き残るのに必要なのだ。


「アルマがこんな恐ろしい食べ物を、作るようになったなんて!」


 ヴァイツは、独り言をブツブツと漏らしていた。スヴェンは一口食べた後、メガネが割れ、アルグレインは腹痛で悶絶、ヴェルファイアは炎を吹いていた。どうやら味はランダムなようだ。


「よし! 今度こそ、地下宮殿に突入するぞ」


 突入すると、ロボットに乗ったフレデリカが現れた。ここは仲間に任せて大丈夫だと俺は判断した。口火を切ったのはレベルカンストのヴェルファイアの乱れ撃ち。地下宮殿内は明るく、命中率は100%なので全弾ヒットする。


「くっ、ザルカバード様から与えられた魔導兵器が……⁉」


 フレデリカはロボットから降りて、抜刀した。妖しく剣が光る。


「煉獄灼焔斬!」


 地獄の炎を纏った一撃が魔導騎士フレデリカを襲う。一閃が走ると、フレデリカは倒れ、戦闘が終わった。ヴァイツが仲間にいる時のみ、ロボットから降りたフレデリカを、問答無用で倒すことができる。まあ、遺跡内の時とは違い、正攻法でも倒せるので、必要かどうかは微妙だが……。

 

「父の気配が強くなってきた。ライジーン様、ご準備を!」


 更に奥へ進むと広い空間に出た。身体を循環する血液のように、赤い魔法陣がグルグルと回り、脈動している。その中心にザルカバードが立っていた。手にはまだ生贄が捧げられていない緋魔石になる前の透明な器が、握られている。


「速かったですね、この魔法陣は、ヂアミテイルの人間たちの生命力を、糧とするもの。それはこの中心にいる私にも膨大な力を与えてくれます。獄雷神速斬!」


 地面を雷撃が走り、問答無用で、俺たちに攻撃が迫る。だが、ヴァイツが剣を抜き、同じ技で打ち消す。


「ヴァイツよ……! 何処までも邪魔をして! 消えろ、これが私の今の力だ! 暗黒覇竜斬!」


 黒より黒い漆黒の竜の形をした闘気が、俺たちの前に立っていたヴァイツを吹き飛ばし、後方の壁に叩きつけた。壁にめり込み、黒い鎧にひびが入る。


「兄さん! ザルカバード……いえお父さん……もうこんなバカな真似は……やめて下さい」

「黙れ、あの方はクラリスを……薄汚れた……人間の手で……殺された彼女を……生き返らせてくれると……約束してくださったのだ!」

「母さんが……殺された? 嘘……そんな記憶……ない」

「これ以上邪魔立てするなら……アルマよ……お前の仲間は……先に地獄行きだ」


 ザルカバードとのラストバトルが始まった。


「煉獄灼焔斬! 獄雷神速斬! 無限氷塵斬!」


 次々と一撃死しかねない技を繰り出して来る。【ライジーン一人旅】の時はリフレクトバングルとエレメントバングルを使い、カードキー装備バグで、不発弾を投げるだけで勝てたが、今回は誰も死なせないのが前提だ。


「何故手応えが無いのだ! 我が剣は魔法陣からの生命力で強化されているというのに!」

「闇鍋のおかげだ……俺たちは……既にお前が……味わったことのない……地獄を見てきた」

「や、闇鍋……だと⁉」


 闇鍋の効果は、食べたもののステータスを大幅ダウンさせる代わりに一定時間無敵でいられるようにするというものである。ザルカバードとのラストバトルは、ザルカバードの体力を削り切るか、時間経過で勝利が決まるのだ。


「ちっ、ならば……今すぐに器を緋魔石に変えてしまえば……!」


 轟音が鳴り響き、魔法陣が高速回転し始める。悲鳴のような音が鳴り響く。


「な、何⁈ 私の新たな緋魔石が……暴走する⁈」


 臨界状態になった暴走する緋魔石の器は、激しく明滅し、今にも爆発しそうである。


「父さん、それを僕に!」

「ヴァイツ……お前が⁈」


 父ザルカバードの暗黒覇竜斬で気絶していたヴァイツが、暴走する緋魔石を奪い取る。そして多重結界を張り、身を挺して、ほとばしるエネルギーを封じ込め、爆散。地下宮殿はそれと共に崩れ始めた。


 俺たちは、息子を目の前で亡くし、放心するザルカバードを引き連れて、地下宮殿を脱出した。


「私は……殺そうとしたヴァイツに……救われてしまった」

「……」

「私は……あのお方の……計画を!」

「……ザルカバードよ、お前の背後にいるのは……ディリーガ枢機卿だな?」

「何故? それを? やはり……あのお方の影が言うように……貴様は我々と違うのか!」

「ディリーガ枢機卿の影⁈ 一体何の話だ? そんな情報知らないぞ⁉」


 ザルカバードは、激しく震え始めた。そして見えない不可視の刃が心臓を内部から貫いた。赤々とした鮮血がザルカバードの鎧を真っ赤に染める。


「かはっ⁉ ごほっ⁉ 私を見捨てるおつもりか……!」

「父さん! 死んじゃいやだよ!」


 ザルカバードは敵の親玉の手によって、口封じされた。これはストーリーとは異なる。改心したザルカバードは、ラスボス戦で援軍として現れるはずなのだ。


「オルランド伯、本当の……敵は貴方の……頼む……アルマを守ってくれ」


 ザルカバードは果てた。父親に縋りつくアルマ。最後に父親らしい発言をしたのは、ミルディオス教会の洗脳が解けたからだろう。


 妻クラリスが教会の異端審問にかけられ、助けようとしたザルカバード。しかし逆に殺されかけるも、クラリスの犠牲で一命をとりとめた。その後、捕えられディリーガ枢機卿による魔法洗脳を受け、暗躍し続けてきたのだ。


 アルマは母が殺されたショックで、記憶障害を起こしていた。本来であれば、改心したザルカバードから話が聞けるはずなのだが、それは叶わない


 崩落した地下宮殿を後にしようとすると、空中に人影が現れる。それを見て俺は、心底驚いた。ディリーガ枢機卿。アンブレのラスボスに当たる人物であるからだ。


「アルマは、我々が頂いていく。ライジーン・オルランドに転生せし者よ」

「やめて、離して! ライジーン様、助けて」

「お前は一体何者なんだ?」


 黒衣の法衣を着る壮年の男性、ディリーガ枢機卿は口角を醜く歪めて笑う。


「あのお方が、我々、運命ゲームの奴隷を解放してくれると約束してくださったのだ!」


 俺はすぐさまエクスカリバーを抜刀し、腹に突き立てる。そしてライジーンの最強の必殺技をディリーガ枢機卿に放った。


「くはっ⁈ これがこの世界の隠されたバグの力……あのお方が言っていた通りだ」


 ディリーガ枢機卿は倒れ、意識を失ったアルマが残された。


「ラスボスが突然、やって来るなんて……どういうことなんだ?」


 俺はザルカバードの死に際の言葉とディリーガ枢機卿の発言を加味した結果、仲間たちに全てを打ち明けることを決意した。


 ライジーンの冒険は大きく動くことになる。仲間たちの運命もかけて。

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