第29話 湖ショートカットとIDカード

 ザルカバードのいるザルバッグに向かって、俺たちは竜馬を駆っている。しかし、要所要所で検問が張られており、森の中などを通り、遠回りしなくてはいけなかった。一度アルマがいることが分かったら、ザルカバードはあらゆる手口でこちらの動きを封じ、アルマを捕えようとするだろう。


「そう言えばあのバグがあったな。使えるか試しにやってみるか」


 バストック連邦魔石研究所は、大きな湖の前に立っている。ウィンドレス王国から、ザルカバードが連れてきた極天騎士団が、湖の周りの街道に検問を張り巡らせている。実は極天騎士団の上級騎士からは、割とお手頃な武具やアイテムが盗めるが、欲を張っても仕方ない。


「これだけ厳重に警戒されていると、忍び込むのは難しすぎますね」


 アルマが言うと、みんな頷いた。俺は熟考する。あのバグは下手をすれば、みんなお陀仏だ。しかし、最善の一手と言えなくもない。俺1人で試して来るか……。


「おっさん、早く行こうぜ、神魔石のまがい物を造ろうとしてるんだろ?」

「ライジーンの旦那、俺はヒューゴーの仇を討ちてえ」


 俺は決めあぐねていた。正面突破は、レベルカンストのヴェルファイアがいるので、容易たやすい。しかも、他の仲間たちも上級職に就いているので、ただの上級騎士ごときに負けたりはしない。


「ちょっとだけ、ここで待っていてくれないか? 俺は近道ができないか、試してみるからさ」

「分かりました、お昼ご飯作って待ってますね」

「俺はまたシチューが食べたいな」

「じゃあそうします」


 そして俺は湖の畔にやって来た。この世界がゲームの仕様と同じだとするならば、やれるに違いない。無理だったら引き返せばいいだけのこと。俺は竜馬を湖の中に進ませた。段々深くなり、水中に頭まで入る。


「息ができる。やっぱりゲームの世界だな。これで、湖ショートカットができるな」


 雑魚敵などと戦わず、低レベルゲームクリアを目標にするプレイヤーなどは、この湖ショートカットバグを使う。【ライジーン一人旅】でも、俺は湖ショートカットを使った。


「試しに、魔石研究所まで進んでみるか……」


 俺は竜馬で湖底を走る。マップによれば水中モンスターなども現れるので、水辺は注意しなければならない。だが、ここに限って言えば、その心配は無用だ。


「お⁈ やっぱり敵は誰もいないみたいだな。アルマたちを呼んでこよう」


 俺は再び湖の中に潜った。ちなみに竜馬の足の速さも、地上と変わらないので快適だ。


「あ、ライジーン様、シチューできていますよ」

「ああ、頂こう。アルマも料理の腕が上がって良かったな」

「はい、ティータの街の宿屋さんからは、闇鍋のレシピを教えてもらいました。今度作りますね」


 俺はシチューを吹き出しそうになった。ああ、そう言えばデートイベントの後、宿屋に泊まると、闇鍋のレシピを貰うんだったな。扱い方には細心の注意が必要だが、今後必要になるかもしれないな。


「よし、腹ごしらえもできたし、湖の中を竜馬で走るか!」

「「「「え⁈」」」」


 俺たちは、3匹の竜馬を駆って、湖底を進んだ。多分、見た目はすごくシュールな光景だろう。だが、このバグを利用して、戦わずして、貴重なアイテムを手に入れることもできるはずだ。


「ライジーン様、魔石研究所に入りますか? 入ったらしばらくは外に出れないと思います」


 アルマが、「はい」か「いいえ」の二択を迫ってくる。しかもご丁寧に、入ったらしばらく出れないと警告付きで。


「まだやることがあるから、後でにしよう」

「そうですか、分かりました」


 ここからは検問を逆走するのだ。俺たちは順序で言えば最後の検問を訪れた。誰もいない。宝箱だけが置いてある。中を開けると、エリクサーが入っていた。


「……うっし、次行こうか」


 10か所ある検問全てで戦わずしてアイテムを手に入れた。中には属性物理攻撃を吸収するチートと呼ばれるアクセサリーであるエレメントバングルなども手に入った。あとサムライの攻撃力を上げる秘剣の奥義書もである。


「戻ってきちゃいましたね、早く魔石研究所へ行きましょう」


 俺たちは湖の周りの最初のエリアに戻って来ていた。もしここから正規のルートに入ると、敵の上級騎士たちと戦わなければならない。何故逆走した時、敵がいなかったかというと、検問でのバトルはイベントであり、入り口から入った時にイベントが起こる仕様だからだ。


「うっし、今度こそ魔石研究所へ向かうぞ」

「うだうだしていると、ザルカバードの奴の悪巧みが成功しちまうからな」

「僕もそう思います。早く行きましょう」


 俺たちはまたも湖の底を走った。ちなみに服が濡れるようなことはない。普通の水辺のエリアではないからだ。


「今度こそ、魔石研究所へ入りたいが、正面突破は気が引けるな」


 しばらく入り口を覗っていると、チャイムが鳴り、白衣の研究員が厳重な守りを施してある入り口から、出てきた。俺たちは研究員を尾行する。


「動くな、抵抗しなければ命は取らない!」

「ひっ、誰だ……あんたたちは……」

「服とIDカードを貰っていくぞ。外は寒いかもしれないが、我慢してくれ」


 俺は白衣を着て、変装して研究所の厳重な守りをやり過ごした。そして研究所のロッカーに入り、魔法攻撃力が上がるマジカルバングルや混乱状態にならなくなる博士の証などのアクセサリーを手に入れた。


「よしよし、やはり記憶通りだ。ここにあったか」


 魔石の研究室の1つに入り、水の印が入った召喚石を手に入れた。


『ジリリリリ――ン、侵入者が現れました。警戒レベルを上げます。なお研究員は作業を進めるように』


 ようやく、アイツにご対面できるのか……。研究所の広いエントランスに向かう。


「敵は剣士1人だ! 魔法で倒せ!」


 ワーッという声が聞こえたかと思うと、途端に静かになる。俺がエントランスの二階から1階に下りると、黒いフルプレートの鎧を着た剣士が現れた。


「あんたは……気配が他の雑魚とは違うな。敵ではない気がする」

「俺はライジーン・オルランド。ザルカバードの企みを阻止する為、研究所の中に潜入していたんだ」

「では、敵ではないということだな。1つ聞きたいことがある」


 謎の黒騎士は静かに言葉を繋ぐ。


「アルマは、元気か?」

「ああ、それは心配ないさ」

「なら、良かった。俺は先にザルカバードを倒しに行く」

「無理はするなよ、命あってこそだ」


 それには答えず、謎の黒騎士は颯爽と姿を研究所の奥へと消した。


「ライジーン様、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。問題ない」

「さっき、黒い剣士が1人で研究所の入り口を破ったんです」

「おっさん、すげー強かったぜ。剣王のおっさんとどっちが強いかな」


 取り合えず、俺は装備を整えた。そしてIDカードという心強いアイテムも、手に入ったのは大きい。ちなみに白衣は、学者の中盤までの最強装備である。


「ザルカバードはもう目の前だ。気を引き締めて、行くぞ」


 俺たちは、謎の黒騎士にやや遅れて、研究所の奥へと進んだ。

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