第22話 想定外のイベント
俺たちはバストック連邦で、初めて立ち寄る街ダイスダーグにやって来ていた。物流の拠点のような街で、ウィンドレス王国の機械都市ムスタディオと規模は大差ない。まずは疲れた身体を休める為にも、宿屋を確保した方が良いだろう。街は非市民区、平民区、貴族区と3つに分けられていた。俺たちが宿を探すのは当然、非市民区だ。
「人の数がすごく多いですね、ライジーン様」
「そうだな、バストック連邦、東の物流の拠点らしいからな」
ムスタディオに比べても人の数が多く、竜馬は歩いて引かねばならない。まるで渋谷のスクランブル交差点を、馬を引いて歩いている気分。道行く人も、そんな俺たちに気を使わない。
「そろそろ、宿屋に着くぞ。スヴェン大丈夫か? 顔が真っ青だ」
「僕、人混みは苦手なんです」
そう言えばそうだった。スヴェン・フリオールは学者肌な繊細な少年である。ムスタディオは多くの人は汽車で移動していたから、歩きで移動していたスヴェンは気分が悪くなったりしなかったのだろう。
「レイスにビビってた時といい、スヴェンは肝っ玉が小さいんだよ。俺なんてまったく平気だぜ」
「アルグレインはもっと繊細になりなさい! 人が苦しんでいるのを追い打ち掛けないの!」
アルマがアルグレインに恒例のお説教をし始めた。その時、ローブマントを着た子供とぶつかる。7、8歳くらいの子供だ。貧しいのかやせ細っている。
「ごめんね、痛くなかった」
「だ、大丈夫です、さよなら!」
アルマにぶつかった子供は、そそくさと人混みに消えていった。ややしばらくして、アルマが叫び声をあげた。
「無い! イフリートの召喚石が無くなっている!」
「アルマはそそっかしいんだよ、探せば見つかるだろ」
「リュックの深いところに隠しているのに……もしかしてさっきの子供?」
取り合えず俺は、宿屋、竜の翼亭に竜馬と荷物を預け、召喚石を探すことにした。アルマの慌てようは尋常ではない。こっちが心配になる程、泣きそうな表情で召喚石を探す。しかし、一向に見つかる気配はない。
「イフリートさんともっと仲良くなりたかったのに……」
「まあ、紫の魔石なんて目立つから、その内噂になるって」
アルグレインがアルマを慰める。いつも叱られている相手が、弱腰になっているから、アルグレインも混乱しているのだろう。スヴェンも人混みに苦戦しながらも、懸命に紫の魔石を探すのを手伝う。
しかし、その日は、何の進展もなく夕方が訪れたのであった。
「はあ……私何やっているんだろう。みんなの足を引っ張って」
「それは違うぞ、アルマ。誰かが困っていたり、苦しんでいたりしたら手を差し伸べるのは普通だって、自分で、エルフの里で言ってたじゃないか?」
「ライジーン様……ありがとうございます」
その日の夕食はアルグレインがわざと賑やかに、ワイワイとした雰囲気を作ろうとしていた。だが、そうすればするほど、アルマは自分を攻めてしまうようで、見ていられなかった。
深夜、ドアが開く音で、俺は目を覚ました。アルマは一人でイフリートの召喚石を探しに行こうとしている。俺はこっそりと後をつけることにした。アルマは昼間子供とぶつかった場所を探し、更に路地裏へと探す場所を広げた。
「おい、嬢ちゃん、こんなところで何をしているんだい? まさか花売りか?」
「ち、違います。私は……」
下卑た笑い顔を浮かべる男に手を取られそうになるアルマ。
「ちょっと待て。この子は俺の娘だ」
「なんだ、ただの旅行者かよ」
男は舌打ちして、去っていった。アルマは、助けていただいてごめんなさいと謝ってくる。俺は元気を出して欲しくて、子供の頃の話をした。俺が兄貴の玩具を勝手に持ち出して、外でなくしたこと。その後近所の人が見つけて預かっていてくれたこと。
「そうですよね……あの子供が盗んだみたいに思っちゃ駄目ですよね」
「その内見つかるさ……」
と励ます俺だったが、内心はストーリーにはないことが起きていて、ビビりまくっているのであった。こんなイベントあったか? まさかスマホ版だけとかか? そこまで深読みするほど、胸中は安からぬものであった。
明くる日の朝。泊まっている宿に、煙突掃除をしているというアルマと同じくらいの歳の子供が現れた。後ろにはアルマとぶつかった子供もいる。二人は兄弟だという。そして兄に促されて、弟が炎の印がついて召喚石をアルマに返そうとする。
「お姉ちゃん、ごめんなさい。気が付いたら手に持っていて。返そうとしたけれど見つからなかったんだ」
「ジニーが困らせてしまったようで悪かった。本当に盗もうとなんてしてないんだ。それだけは信じて欲しい」
「うん、信じるわ。ジニー君は良いお兄さんを持っているわね」
「トーマス兄さんは街で1番の煙突掃除なんだ」
その後、冒険をしている者だというと、トーマスがジニーにアレを出せよと言った。見ると雷の印の入った召喚石である。
「俺たちの父さんも冒険者だったんだ。モンスターから仲間を守るために盾になって死んじゃったんだ。でも俺、父さんの子だってことと誇りに思ってるんだ。いつか冒険者になって会う時があったら、その紫の魔石返してくれよ」
「良いの? 大事な形見でしょう?」
トーマスは鼻の頭に手をやり、へへーんと笑った。
「願掛けだよ。俺たちはその紫の魔石を返してもらうために、冒険者になるんだ」
「アルマ、受け取ってあげなさい。この子たちの気持ちは強く、温かだ」
アルマは感極まって泣きそうになりながらも、笑った。
「トーマスもジニーも絶対、私に会いに来てね」
「ああ、絶対だ。その時は酒でも飲もう」
「兄ちゃん、顔真っ赤」
「ジニー、お前なあ! せっかくいい雰囲気なのに!」
それを見て、アルマはケラケラと笑い始めた。心底愉快そうに。
「姉ちゃんが魔石落っことしたのがいけないのに、笑うなよ」
「ごめんなさい、2人が私の兄弟みたいだったから、つい本当の兄弟って良いなって」
その後俺は、トーマスとジニーにお礼をもう一度言った。アルマが旅の目的を、ゲームの主人公という枠から、飛び出ることができたような気がしたからである。
「2人には俺のアイテムを託そう。英雄の勲章というアイテムだ。幸運が上がることは折り紙付きだ」
「ライ……ジーンって、ウィンドレス王国の英雄の?」
「嘘だろ⁈ ライジーン・オルランド本人だっていうのかよ!」
「誰にも内緒で持ってるんだぞ」
俺はゲームの攻略上、あった方が最善と思える幸運値が、上がるアイテムをプレゼントすることにした。そうすることが、なんとなく良いような気がしたからだ。自己満足といえばそうかもだが、いやそうじゃないと言い切れる自分もいる。
この際だから、とにかく言いたいことを言おうと思った。
「君たちはアルマを救ってくれた。彼女を大事に思う1人としてお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」
2人の兄弟は照れながらも、誇らしげに顔を上げる。俺にはその顔がとても眩しく見えた。ライジーンと同じで歳かもしれない。
2人のことを仲間と住んでいるという家に送ると、俺は次の行動に出ることに決断した。
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