第5話:無力
―1―
「あーちっきしょ……さっきからなんなんだこの表示は」
ヘルメットの中に音が鳴り響く。警告を込められた電子音で作られた声。
バイザーに『LOCK』と表示されている。鍵が掛かっているという意味なのか、鍵があるという意味なのか、なんにせよ身体がうまく動かない事実に変わりがない。
「クソ、動いてくれ。さっきの衝撃で動かなくなったのか。この欠陥品め」
深呼吸、一旦思考をリセットした。先程までの戦闘、風沙との確執、真実への混乱。それは今置いておけ。俺は空っぽの器だ。空っぽなんだから混乱も怒りも恐怖も無いはず。ならば今この場を、この男を恐れることはありえない。
大丈夫だ、いける。うまくいける。身体は動く。思考もちゃんとしっかりしてる。今の状況は?倒れている。今やるべきことは?あの裏切り者を倒す。その後に風沙博士を探す。
状況を確認後、まず『LOCK』の表示を消して動けるようにするべきと判断。最適解はスーツの再起動。再起動を実行。なんだ、簡単に出来るじゃないか。もしかすると俺って器が一番適職なのかも。
思考が消え去り、目の前に見えてるビジョンが文字通りホワイトアウトした。
―2―
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吐きそうだ、何処に居るんだその例の『もう一人のスーツ男』は。本当に銃が聞くのか?それ以前に当てられるのか?
そういった緊張のノイズが僕の脳を走っている。通路を歩きながら人を殺めることの出来るこの形の整った鉄の塊を持つのが怖い。これの引き金を引き、目標に当てれば人体に弾が貫通、そして人を殺してしまうんだ。緊張しないのがどうかしてるんじゃないのか。あの三人みたいに。
それに、その『もう一人のスーツ男』にもしかして殺されるんじゃないかという不安が汗と吐き気を催している。
視界にサイトを入る。肩で抑えるように構えて目標に当てやすくする。それが僕の戦闘能力に正の影響を及ぼすのだろうけど、その男に敵うわけじゃない。僕一人では。
この通路には僕以外にも周りに兵士は居る。そう、ウサギはライオンに叶わない。だが、束になることでそういう猛獣との戦いが成立する。
そうだ、相手は生き物なんだ。だから僕らはあの男に
僕の思考を妨げる破裂音が耳に入った。大丈夫、どんなことがあろうと狙って撃つ。それでいい。
向かいにあの『もう一人』が見える。どうやら影を見るにだれかと殴り合っているようだがそんな音には聞こえない。
アイツ……向かってきた?あれ今胸になんか衝撃が?これって拳?それじゃなんで背中まで痛いんだ?
お腹に違和感を感じたので首を下げてみた。
『もう一人のスーツ男』だ。彼は僕の胸に拳を貫いていた。比喩なんかで表現する暇がないくらいに明らかだった。視覚でも痛覚でも感じていたから。
彼の腕は僕の胸から即座に引き抜かれ、僕は倒れた。彼は僕に対しては八つ当たりだったかのようにすぐ後ろを振り向いて通路をそのまま進む。
そうか、ウサギは束になっても凶暴な獣同士の戦いに突っ込んではいけない。いくら理想や求めることが達者でもそんなものは意味がないんだ。
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―3―
まるで暴風のようだ
何故他人事のように思えるのかが不思議だった。確かに自分が身体を動かしている感覚はあるのに。なのだが、自分を三人称で見てるような感覚だ。この島へ来た時のような夢心地のように。
通路には血しぶきによって壁や床が血の赤色にまみれていた。
遠くから見ていようとと真近だろうとこの惨状を目に入れれば身体に及ぶ不快感を感じる。腕で貫かれた胸、もげた腕、飛び散る血、誰が見ても生理的嫌悪を覚えるはずだ。
どんなに気をしっかり保とうと目を覚まそうとこの惨状は確かに灯夜自身が行ってるのは事実だ。だが、このような残虐な行為は自分の意思ではない。確かに制圧したいとは考えていたがなにもここまでのつもりはなかった。
灯夜自身、なんでこんな無駄にも思える残虐な攻撃をするか、異常に動けるのかわからない。先程からビジョンが真っ白になってからの記憶がないのだ。まるで身体を承諾ありで乗っ取られたような、なのに自身で行動しているかのような。
気持ちが悪い光景だが、こうなっても別にいい。奴らはそれ相応のことをしているんだから。でなければこの状況で自らへの生理的嫌悪感を抱いて今頃ヘルメットの中は吐瀉物にまみれている。
灯夜は自分の意思から離れているこの行動を止めようとする気はなかった。この行動がテロリストの殲滅と人質の解放の最適解ならば止める意味はないと判断している。
銃撃を背中から受けたことを感じとり、撃った者に対してエナジーショットを放つ。腹部が貫かれた。
灯夜は見えたテロリスト構成員の殆どに攻撃をしかけ、まるで見えた獲物は全て喰らう腹の飢えた獣だった。その獣を狩ろうとする狩人が一人、ライフルを構える。
放たれたライフル弾は灯夜を包むエナジーフィールドを貫くには威力や弾速が足りていない。それをわかっているが故に反撃を被る可能性を考慮して、すぐさま退避し曲がり角にて身体をカバーしながらリロード、弾を込めた後に即座の射撃。
この中の構成員としては異質な正確性を持っている。命中率はもってのほか、構えは軸が整っており、リロードの慣れ具合、判断力、どれをとっても下手なライフルマンよりは上手なのは確かだ。
射撃しているこの手慣れた男はバンの中でグラントを戒めていた加賀魅だった。彼はチームの実質的リーダーであり周りの手慣れてない義勇の構成員の手本になるよう日々つとめてきており、今日この日がその今までが無駄でないことを示す日になった。
射撃を継続。人間の急所である頭部へ狙いを定め、トリガーを引いた。効力はまだ無い。
こいつにはどうするべきなんだ。周りから片付けるべきなのか、それともこいつを先に仕留めるべきなのか。なんにせよ、今、灯夜が思考をしていても何も変わることはない。今は通路を抜けてロビーにいる敵を叩きのめすことしか頭にない。
「あの裏切り者はどこにいったぁ!」
―4―
コイツ容赦ないな。離れているとはいえ人質が居るのに。加賀魅はこの広い空間であるエントランスロビーに広がる自分たちが起こした爆破による炎を余所に乱暴に通路からこの空間へと乱入してきた灯夜とその行動へ注視していた。
彼を殺す、もしくは捕らえ彼のスーツを入手する。それが作戦の目的だ。しかし、この状況では高望みすることは贅沢すぎる。無力化させるには全力どころか持っている戦力以上を尽くさなければならない。
まず銃弾は効いていない。効くにしてもこの素早い動きにどう命中させるべきなのか。灯夜は手から放つエナジーショットの反動を利用した急な高速移動を行う。壁に一時的に張り付いた後に脚の力を利用し壁から飛び跳ねた。
加賀魅は灯夜の持つ防御手段についてブリッツマンの能力と機能を踏まえて分析した。常時作動しているエナジーフィールド。これはただの銃弾では貫くことは出来ない。最低でも対物ライフルに使用する大口径弾の持つマズルエナジーと弾薬の持つ威力によって貫ける。
それ以外の貫通手段は弾頭を弾丸の持つエネルギーを通常の弾丸の10倍以上を集約出来るように集中させる。要は、縫い針を弾丸にしなければ銃弾の攻撃は無意味だ。。
今の加賀魅の持つライフルと弾丸では貫通は不可能だ。だが、背中に備えているシングルアクションのグレネードランチャーならばダメージを与えられるかもしれない。
そう判断し、背中からその手持ちのグレネードランチャーに切り替えた。中折れから生じる薬室開放を行いグレネード弾を薬室へ挿入。加賀魅はエントランスロビーの固定されている机を利用し身体の半身を隠しながら狙いを定めようとする。
リロード完了。だが、まだ射撃は行わない。目標は空中を素早く動いている。
目標は手下を壁へと飛ばした直後。出入り口手前の天井の直下にいる。そこにグレネード弾を撃ち込んだ。頭部に命中。よろめいて倒れそうになる灯夜。しかし彼の体内になにが蠢いているのかすぐさまよろめきから復帰しグレネードが飛ばされた場所を探すがどこにもランチャーを持った者が見当たらない。
加賀魅は彼がよろめいていたその隙に階段をエントランスロビー2階から狙える場所を探していた。どこが最適かを探す最中、逃げている途中の風沙を見つけ拘束した。
「おいお前!こっちだ、こっちを見ろ!」
灯夜は呼ばれた方向へ身体を向ける。視界には父である風沙のこめかみに拳銃の銃口が向かれていた。誰がどう見てもこれは人質を取ってここから灯夜を動かさないようにしている。
どうすればやつを倒せるか。エナジーショットを撃ち込むにしても今の構えのモーションから行動を進めたらその行動の間に同じく拳銃を撃たれるだろう。別に風沙が死のうと今更どうでもいいがここで死なれるのは自分のプライドが許せないと灯夜は未だに素直に風沙を救いたいという気持ちを塞ごうとする。
あれ、俺って今何をしてんだ。灯夜の頭ではホワイトアウトしたかのような混乱と静止が発生した。
さっき俺はテロリストの構成員を殺した。罪悪感は後で考えればいい。人質を取っているこの敵に対してエナジーショットで射撃する姿勢を立てている。これは崩してはいけない自分が現在進行形で把握している状況を簡単に整理し、灯夜は自分の行うべき行動を振り返った。このまま姿勢を維持。交渉を行う。
「おい、人質を離せ。そうすれば……手は引っ込める」
灯夜が喋ったことに加賀魅は驚きは感じていない。むしろ、驚いたのは人質を巻き込まないような行動を選んだことだった。さっきまで構成員に慈悲をかけず殺害を行った男らしくない。ただ殺害しただけで人質開放を交渉したのならまだわかる。
らしくないのだ。効率に欠ける戦闘スタイルを行っていて獰猛な性格或いは機械と加賀魅は分析していた。その二つの場合、人質を取られた際に人間性が芽生えるのは明らかに不自然としか言いようがない。加賀魅の感想はこの一言。
不気味だ。
早く終わらせたいところだが、人質を殺す訳にはいかなかった。今後の人質、自分たちの技術開発の為に生かさなければならない。
もう面倒だ。どのみちコイツは動き出して俺を殺そうとするなら潔く戦うべきだ。加賀魅は風沙を投げ飛ばし、リヒトワンドへ接近戦を実行する準備を固めていた。
―5―
呆気なく終わるはずだろ。誰だってそう考えるはずなのに
エナジーショットを加賀魅へ発射した灯夜。これで終わると確信をしていたのだ。
風沙をよそへ投げ飛ばし、加賀魅は走りながら拳銃を灯夜へ向け、狙いが荒くなるのを承知しながら引き金を引いた。当然、エナジーフィールドにより弾丸の貫通は無効化。
灯夜によってエナジーショットが発射された。加賀魅はエナジーショットを自分の腕を使って打撃する形で防ぐ。
「はぁ!?」
加賀魅は打撃した直後に地に付いている灯夜へ向かって走り懐へ突入する。敵の胴体へ自身の全身を当てるように伏せながら、腕をバツの字に構えながら走った。一瞬にして灯夜と加賀見の間は20センチも無くなった。先程の格好とは裏腹に顎へアッパーを実行。エナジーフィールドでの減衰こそあれど威力は頭部を反らせる程の威力を持っていた。
続いて回し蹴り。同じく減衰をものともしていない。反動で灯夜は空中にて直線運動を行わされた。自身をサッカーボールにされて蹴飛ばされたかのような見た目だ。そもそも成人男性を蹴り飛ばす時点でただの威力ではないキックだ。
灯夜は背中に衝撃を感知、痛みが口から吐き出る感触。身体に感知した衝撃を耐えながら右腕を構える。エナジーショットを発射、もちろん加賀魅は腕で防御し、踏ん張りながら反動に耐える。
加賀魅は背負っている唯一大きなダメージを与えられる武器のグレネードランチャーを放棄。走るのに邪魔だ。
亡骸が持っているサブマシンガンに持ち替える。灯夜に向かい走行と同時に射撃し、全弾命中。手には強い反動を感じているが訓練によって耐えられるようになっている。
灯夜はバイザーのHMDを確認。エナジーフィールド減衰と同時にエネルギー減少。
遠距離が駄目なら、格闘で
当て身の痛みに堪えながら加賀魅に接近戦を挑む灯夜。エナジーブレードを手に展開。実体のある剣を持つ構えだ。
「お前はなんなんだ?」
声の直後、先ほどと同様の蹴りを喰らう灯夜。今度は飛ばされぬよう腕でガードをして最小限の被害に抑える。エナジーブレードでの反撃を開始するも虚しくどの振りも命中せず。最後の直上からのスイングの構えを取った。これは大きな隙きが出来てしまう。それを好機に取られ、ハイキックを喰らいダウンした。
「これを着れば無敵じゃないのかよ……!」
誰一人、そんな答えは口にしていない。ただの先走りを口にする灯夜。先程までの三人称で自分を見ていた感覚はスーツのおかげだと思っていた。
自分が弱体化しておることになおさら意味がわからなかった。
床へ放棄したグレネードランチャーを取りに行く加賀魅。しかし、グレネードランチャーは見当たらない。首を振り、探すが発見は出来ず。
同時に風沙がどこに居るかを確認。荒れ果てたこのホールにてさっきまでの加賀魅同様にカバーを行っていた。加賀魅のグレネードランチャー装弾しながら。加賀魅が気づいた頃には装弾は完了。
風沙はグレネード弾の信管が作動する距離にて加賀魅へグレネードランチャーを発射。
グレネード弾は加賀魅へそのまま着弾。言葉で表せる光景とするのなら、種を蒔いた直後に花が咲くような芸術的なテンポでの爆発だ。
―6―
「灯夜!」
耳鳴りの響く頭の中に聞き覚えのある声が鼓膜を震わせ頭へ不快感を送る。何故、爆発が起きたのかは察している。風沙が無茶をしてそれを成し遂げた。その無茶が灯夜を救ってくれたということは彼自身も把握した。
グレネードの爆発と爆風からはエナジーフィールドで防御されたが、先の激しすぎる動きでエネルギーはもう底を尽いた。
防御手段は残っておらず、灯夜の装着しているスーツとアーマーはただの特殊な合成繊維を使ったスーツと軽い鉄を使った防具に過ぎない。
風沙は灯夜の倒れている場所へ向かう。このホールの中で唯一動ける人間だ。
「ほら、しっかりしろ。肩を貸す」
「あんた……無茶をすんなよ。ところでブリッツマンは?」
こうする方法以外なにも無かったことを二人共理解はしていた。最善ということも。
風沙の首筋に腕の第二関節が来るように灯夜は腕を乗せた。やっと親子は助け合うことが出来た。見た目だけなら理想とも言える親子の画だった。
「奴は先に外へ逃げたよ。なに、これから我々で追えばいいのさ」
だが、その理想は続くことはない。両者の直上に加賀魅が放ったグレネード弾の爆発によって脆くなった天井が崩れる。日常を大きく変える災いのように。
風沙はこれを察知。灯夜も反応は出来た。しかし、先程までの戦闘でのダメージと疲労によって反応が通常より大きく遅れてしまった。
風沙が先に察知できたのは子を守る親が子を授かった時に得るとある本能があったからだ。銃弾の放たれた音に気がついたわけではない。銃弾を放とうとする者に気づいただけだ。それがだれを狙って最悪の結果がなにをもたらすかを全て分かっていた父親としての行動だった。
「は?」
まだ気づいていない銃弾から避けさせるためにから沙に後ろから押された後、状況が把握出来た。しかしその時にはもう手遅れだった。今更気がついても時間に逆らうことは出来ない。それを理解していたが納得は出来ていなかった。受け入れることの出来ない状況、自分の無力、敵の理不尽加減、導かれた運命、全ての感情が叫ばれた。
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