第4話:それでもやらなきゃならない

―1―


 「本当に来てくれるとは嬉しいよ。さて灯夜、単刀直入に聞くがヒーローになる決心が着いたということでここに来たという解釈でいいのか?」


 「早まらないでくれよ。俺はただ気になってここに来たんだ。あのブリッツマンってのはどういう仕組みなのか、どうしてあんなことが出来るのかってのが知りたいってことで来たんだよ」


 前回に比べれば随分親子らしい会話だ。だが、二人共親子という意識はなくして話している。

 灯夜は知的好奇心と義勇の意欲の建前からこの研究所に立ち寄ったが引き受けるとはまだ誰にも言ってはいなかった。しかしどれだけ強く当たるような格好を取り繕っていても「ヒーローになること」を選ぼうとしていることはとまらない。前とは比べものにならない別人という程に意欲はあるということだ。

 一方の風沙は絶対にヒーローにさせるべくなんとしてでも灯夜を引き留めようとしていた。さながら口調こそ家出されても問題無いような口調が実は家出しようとする子供を必死で止めようとする親だ。

 ここで一つ問題があった。灯夜は風沙に対してまだあらゆることを許していないところだ。


 「ところで、今向かう部屋がブリッツマンが使っているスーツの製作所だったりするんで?」


 「間違ってはないがそうじゃない。正しくはもう一人のヒーローが使うスーツが保管されている場所だ」


 あの力を手にしたら考えはどう変わるのだろう。通路を歩いている最中そこが気になっていた。

 灯夜自身、自分のことがわかっていないだけにその状況に陥ったらどうなるのかが全く想像がつかないことに恐怖心を抱いていた。それを抱く自分に劣等感も。力を持って正しくあろうとするか、自らの枷を千切るように世界を焼くか。両極端とはいえどうなるかが自分でもわからない。だが、それが人間というものだろう。輝馬ならそう返すだろうしそのとおりだと納得していた

 そうこう歩きながら考えているうちに『もう一人のヒーロー』が着るであろうスーツのある部屋に着いた。中の広さはパソコンが載っている机が数台入っており、資料を保管する棚も数台あった。

 入り口から見え、そこから遠い場所『スーツ』が保管されていた。その『スーツ』は服のように畳まれて保管されているわけではなく、ラックのようなポッドの中に飾られている。外から見れるようにガラスで囲われている。

 スーツの外見はスピードスケートで選手が着るレーシングスーツと瓜二つの脚部と胴体と腕部を包むスーツは三つに分けられ、背中にはバックパックらしきもの。

ヘルメットとそれを固定させるための首輪が、基本のアーマーパーツと拡張機能を付ける換装義体は別のポッドの中に置かれていた。人間の態勢で言えば仰向けに。色のベースは青と黒が入り混じっている。


 「ぁ……意外とカッコいいかも」


 直後、父親を認めたくない為の咳払いを放つ。


 「あー、いや……デザイン良いな。そういえば、これでどうやって身体を守るんだ?」


 「背中にバックパックがあるだろ。そこの中の加工されたエネルギーを出力する。中身はジェネレーターの中心的パーツだ。そこから出力されたエネルギーが身を守るバリアとなる」


 だから車列を追っていた彼は撃たれても平気だったのか。いや、それ以前にそんな技術が当たり前に使われてるってどういう発展してるんだ。

もっと前にこの研究所にある全ての技術に関心を持っていれば今頃は科学者の道を歩んでいたのかもしれない自分を風沙に重ねたかった。


「手にはエナジーショット、足からは加速や跳躍の為のブーストを出力する。それとエナジーショットは種類が選べる。打撃、電撃、貫通弾と状況によって選ぶのだ」


 そこで灯夜に疑問が生じた。そんなことをすれば人の生死にも関わるんじゃないのか。ブリッツマンは敵の生死は厭わないのか。その疑問を口にした。


 「彼はなるべく殺さないようにしている。まぁ、PSSCが責任を負いたくないのだろう。人を殺すことは簡単だが、その後の責任を背負うことは容易くない。だが、それで良いと思う」


 この中の言葉にはどれも皮肉は込められていない。

 この島での治安維持は本島とはかけ離れた態勢なだけあって面倒ごとを可能な限りイレギュラーもとい大衆が批判するようなことを避けたいし実際そのような批判も本島のメディアからも伺える。批判もあってPSSCから離れる社員も珍しくはない。


 「でも、もし敵を殺さなければならない時はどうするんだ?」


 「さぁな。私は彼ではないからどうともな。それは後々に彼にでも聞いてみろ」


 「習うより慣れろなら、このスーツ早くいじってみたいね。うん、じゃなくていじってやるよ。どこでやれるんだ?」


 そう言うと風沙は演習場を口で示し乗り気のように灯夜はスーツを着込みアーマーを付けて意気揚々に準備するがその最中にPSSCに入ること前提に話が進んでいることに灯夜自身が気づいた。


 「……どうにも出来過ぎじゃないか?なんでこの数日で俺をヒーローもとい……まぁなんでもいい。そういうのに仕立て上げるのにちょうど良く整っているんだ?」


 「あぁ……もう猿芝居はたくさんだ。タネ明かしをさせてくれ」


なにか隠しているかはわかっていた―隠さないほうがあり得なかった―がこんなうんざりするような態度を取るほど隠し事にうんざりするタイプだったのか。灯夜は父親である風沙をよく知らなかったが嘘をつくのに耐えきれない性格に意外だった。

いったい何を隠しているかここで知れるなら便乗してここで教えてもらうチャンスだ。


「まだ気づかないのか?私のことをよくわからないのも記憶の違和感があるのは偽物の記憶でお前の身体は人工的に作られたものだからだ」


―3―


 「なんであの人が!?冗談になんねえぞ!」


 「動きが捉えきれない!速すぎる!」


 「ダメだ、撃っても効かない!退避すグワァッ!」


 「警備チームのブラボー1-1、ストラックチームの応援はまだか!?」


 ≪ネガティブだ。ストラックチームは現在、異能犯罪者への対応に追われている。増援を送ったのでそちらで対応してくれ≫


 また一つ、意外と余裕ができるなと思ったらあれで終わりになるのか


 「あいつ相手に出来んのが居ねえから応援を寄越せってのに……おい、嘘だろこっちに来るな!」


 これで終わりだ。あとはこのブリッツマンとかいう抑止力が生まれた研究所に向かうだけ。腰が抜けてるのにしぶとく撃ってくる銃と警備兵が邪魔だった。彼からすればこのエナジーブレードを刺して終わりだ。

 

 ≪先生、今どこにいる?こっちは着きそうだ≫


 「あぁ、今は山間部近くで警備に相手されていた。仕事終わりのエクササイズにはちょうど良かったよ。前の同僚なのが心苦しいけど、ブリッツマンとしての自分に決別出来そうだ」





―4―


 自分の記憶は偽物でこの身体は人工的に作られたモノ。つまり自分の肉親は風沙ではない。そう受け取った時、内心ホッとしたどころか人生最高の幸運を掴んだ実感を持っていた。自分を放っていた、自分を離して試練だと抜かしてはどこかにそのまま迷わせた、碌でもない自分がこの男を失望させてもかまわなかった。全てが結果的にどうでもいいということになった。

 

 「お前はただの空っぽの器だ。それがどういうことだかわかって嬉しいと考えているのか?」


 「空っぽ?結構じゃないか!もともとなにも無い同然の俺だ、空っぽでむしろ上等じゃないか」


 風沙は我が子をどこにも放り出さないような目つきで大げさな動揺をかくすような振る舞いをする灯夜を見つめる。そんなつもりで空っぽの器を作ったわけではない。そんなつもりでその器にかつての我が子を入れたわけじゃない。


 「そうか、俺があんたの息子の記憶を持ってるってことは、もともとあんたはろくでなしってことじゃないか!そんなろくでなしが俺に説教か!?」


 否定するつもりは無い。しかしかつての自分を受け入れるにもまだ難しかった。それでもそんな碌でもない自分を償う為に息子の記憶と息子の人格と酷似した器と共に歩き共に世界を良くしたかった。風沙はそんな利己的な自分が今一番許せなかった。


 「お前はある計画の為に作られた肉体だ。それを使って自分のエゴを満たそうとしたのはたしかに卑しいし見下されるとも。そんなのは覚悟していたさ。だがそれでも満たされなかった」


 「あぁそうかい、くっそアホらしい。なんだよクソ……楽になれるかと思ったらちっきしょ……」


 許したい、許せない、そもそもどうでもいい、誰かに認められたかった、薄い人生をやり直したい。まだまだある言葉として形に出来ない感情が混じり混乱して頭が熱く酸素が不足してはふらつく感覚に襲われ頭をかきむしるかその場を回るしか行動できてない灯夜には風沙を許す許さない以前の問題だった。自分の過去に価値が無くても、自分のアイデンティティを否定されるのは我慢ならない。根本からのあらゆる欲求や好意と嫌悪、善意や悪意、自分の持つそれをこの事実によって全て否定された。

我慢か解消するには外へ出て行くほうがマシだと判断した。今の状況、風沙と一緒の空間に居るのはとても耐えられなかった。


 「でもな、俺は今ここに居るし俺の感情も今ここで分かるし全部俺のものだ、あんたの思い通りのものにはならない!!」


―5―


「どんな気分だ?博士」


 風沙を拘束したあとに初めてこの場で言葉を発したのはグラント、受けとったのは風沙だ。研究所が『心ある力』に占領され、文字通り八方塞がりな状況になっていた。


 「いい気分ではないよ」


 風沙は今の状況を互いに確認するかのように言葉にした。座っている椅子の後ろにはライフルを構えた構成員、前には日本で生まれた者とは思えない顔立ちと肌の色素のある男が立っていた。


 「だろうな、だがこれから言う質問に答えてくれれば生きたまま楽にしてやる。スーツはどこだ?」


 「スーツか。あいにく、クリーニングに出していてね。この前食事をして汚してしまっ……っ!」


 当然の返答のごとく風沙のみぞおちへ石のように硬く人の温もりを持つ拳が返ってきた。


 「下手くそな洒落はけっこうだ。『ガーディアンスーツ』だ。ビームだのなんだのぶっ放しては飛んでいく、あんたらが新しく作ったあのスーツだ」


 風沙は心の中で自分の願望を唱えた。急いでくれ、でなければ、十中八九彼らに殺される。だからここで唯一立ち向かえるお前しか居ないんだ。お前の善意と対抗心が必要だ。


 「さて、洗いざらい情報を吐いていただかないと少し痛い目にあうぞ」


 「何を話せというのだ?いや、なにを知ろうとしても君たちじゃ止めることは出来ないさ」


 風沙はしらばっくれたことを撤回するかのような口調で言葉を吐いた。


 「情報もそうだが、俺達が欲しいのはあんた達の作った新しい守護者のスーツさ。それに、止めるんじゃない。ぶっ壊しに来」


 その数秒後、沈黙を破るかのように2つの電撃が床を破り、テロリストの構成員を二人戦闘不能に追いやった。直下の部屋から床を突き破って守護者のスーツとアーマーを付けている灯夜が出てきた。その場では顔を直接誰も見えなかったが彼の顔つきはやけくその先の決意を持っている。

 直後、グラントは穴の空いた床へサブマシンガンで発砲。やぶれかぶれに銃弾を放ったグラントの考えるあらゆるもしもを嘲笑うかのように灯夜は単純に攻撃を始めようとしたが回避を始めた。

 即座にドアの外へその肉体ごと扉を突き破って、グラントの視界から消える。直後に壁をエナジーショットで破壊し死角からグラントへ突進。マウントポジションを抑えてそのまま殴打の応酬を叩きつける。ひたすら無心にただ殴り殺すように。


 「あぁ……クソが、マジかよ。おい先生!出番だ!」


 殴りかかって来ている腕を全力で抑えて殴打が来ない隙に『先生』を呼んだ。その抵抗は虚しく今度は首を締められてはその首を押しつぶされることになる。


 「考え直しな、先生が黙っちゃいねぇぞ」


 考え直すという行動を知らずに首を圧迫するスーツとアーマー付きの男。考えはなにも存在しない、直感だけでしか行動できない今のこの男は後ろに違和感を感じた。気配のようなものでそれは殺気ともいえる。もしこの男がグラントに対してなにも恨みが無い殺意を持っていなければ本能のまま回避していた。背後から何かに撃たれた。自分の感じたことのない痛みだった。


 直後、先生もといPSSCの裏切り者である『ブリッツマンであった男』から加速装置を使ったタックルをそのまま背中に喰らった。グラントは直前にその動作に反応し、風沙のいる方向へ緊急回避。直後、風沙を攫い一時的な人質として通路へ逃げた。灯夜はタックルによって壁を貫通した。


 貫通した壁の向こうは会議室だった。そこは会議に使われる長机が数個揃っていた。その整っていた長机は灯夜に与えられた直線運動によって均衡は崩された。

 灯夜は体勢を整えて、長机を大剣のように振る構えを備えた。攻撃を受けた痛みはある。だが、それを気にする余裕が無いしそんな暇があれば痛みを受けたストレスをこの裏切り者へぶつけるしかない。

 灯夜に高速で向かってきたブリッツマン。灯夜は向かってきた彼に長机をバッターのように力強く振る。

 長机は叩きつけられた。だが、それは2つに割れただけで期待していたようなダメージは与えられなかった。灯夜はまだ腕にある長机の片割れでブリッツマンの身体全体へ突きを行う。回避され、ブリッツマンはエナジーショットを発射。灯夜に衝撃とダメージを与え吹き飛ばし分厚い壁に背中から当てられ、呼吸が数秒出来ないほどの衝撃が身体の中に響く。

 行動と発想の大胆さこそあれど動きがわかりやすいなら、このような攻撃はブリッツマンにとっては赤子の手を捻るようなものでしかない。そうだとしても足掻かなければ死んでしまう。灯夜はエナジーショットを発射するも回避された。


 「もうよせ」


 その言葉は強者による弱者への哀れみだった。

 灯夜はハンマーで釘を打ち付ける様に首根っこを掴まれたまま壁に押し付けられる。

 

 「がっはっ……!ブ……リッツマンだよな……!どう、して俺たちに攻撃して……」


 「必要なんだよ、俺たちのような暴力がこの世界に」



 投げ飛ばされる形で解放される。自分の事をわざわざ暴力と例えるというのは碌でもないが、この男ならなにも間違いは無いし分相応だ。呼吸が出来なかった身体を整えるために荒くなった呼吸を整える。彼の言い分を聞きたいのでじゃあ何故あんたが必要なのかこの隙に聞かせてくれと要求する。


 「『心ある力』はただのテロ組織と思っているだろう?まぁ間違ってはいない。だが世の中を見てみろ?なにも声をあげずなにか可笑しいものを嘲笑うだの、自分の手に届かないものに対し諦観するだのそんな奴に生きる価値があるか?彼らはそんなのと代わって横暴な隣人や自分たちには無力な政治へ武力を持って声をあげようとしている。それで十分じゃないか」


 「アホかよ、駄々こねてる赤ん坊に手を貸してるようなもんじゃないか?それともなにか?金払いがいいか?」


 首を振るい、指の関節を鳴らすよう曲げる事を繰り返しながら愚かな彼の動機を一蹴する。どんな理由があろうと無関係な人間を巻き込むだけでただの悪人だ。灯夜の基となった人格かそれとも本人の意志なのかわからないが誰でも思う事を声にした。


 「なんだ、話が早い。そうさ、金と自由に暴れられる環境が欲しかったのでね。まぁ、カス理想主義を信じて戦っている若者も居るんだ。言い過ぎだよ」


 離している隙を突くように突進するように拳を顔に叩き込もうとしたがなんてことなく拳を掴まれる灯夜。この利益主義の男は生かしておくとまずい。もし消せるうちに消せなければあの自分勝手なテロリストにいつか好き放題に破壊を尽くされる。

 この島に対してなにも思い入れがあるわけではないが他人が傷つくのを見るのは誰にだって不快感を与える。灯夜もそんな不快感を持つのは御免こうむるだけに焦りから読むのが容易い勢いだけの攻撃に頼った。

 しかしそんな攻撃を掴まれしまいには掴まれた拳から背負い投げるように灯夜は床に叩きつけられ今度は頭から落ちてしまい、ヘルメットを付けていてもこの重く伸し掛かり脳を吐き出しそうになるダメージが襲いかかる。


 「どんなこと言おうと力が無きゃ意味がないって能ガキ垂れる彼らには、心底同意するよ」

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