第2話:どうせはどうせのまま
―1―
港に似合うような快晴。この船は港に到着した後に乗客が列を成して下船していた。客室やデッキは排泄物を出しきったたかのように人の気配を感じさせない。
先程、トイレの清掃用具入れに匿った幼児は家族と無事再会した。だからなんだという訳ではないが灯夜はその姿に懐かしさが思えず微笑ましさや安心感よりも嫉妬心があった。俺が子供の頃、あんなことがあったか?いや、全然。
事を終えて船から下船した灯夜は港にて人を待っていた。自分を呼んだ親父が差し出した使いをかれこれ十数分待っているが脚が疲れて壁にもたれ掛かるほどに疲れていた。
「呼んだのなら自分で来いよ……」
呆れつつ使いを待っていたその時に男が目の前に来た。若さを感じさせるがどこか疲れによって年を重ねているようにも聞こえる青年の声だ。姿を眼に映すと自分とはそれほど年が離れているとは感じない、だが人生の経験は自分とは比べ物にならない人相を直感で把握した。同時にまた嫉妬心が湧いてくる。自分とは違い私と公で充実していそうな生活なぞ自分には遠い分うらやましさも増してきていた。
自分を迎いに来た使いかを確認すると、男は肯定の台詞を言い灯夜を車に案内した。車の中は芳香剤の匂いで満ちて外の若干の暑さに比例した冷気も充満している。
互いに素性も知らない気まずさからの沈黙は車が速度に乗った後からも続いた。沈黙は人を気まずくする。灯夜と男はそれに耐えてるように見えたが、あくまでそう見えるだけだ。
「……そういえばあなたをどうお呼びすればいい?」
先に沈黙を破ったのは灯夜だ。男は沈黙の中を破る手段は持っておらず、対して灯夜はごく普通の疑問を問う手段を持っていた。わざとその手段を使わせる為にさっきは名乗らなかったのでは、と灯夜は言葉を口にする最中に考えていた。
「新崎輝馬、3,4歳くらいしか離れてないって親父さんから伺ってますよ。こう……もっと親しい言葉使いでも構わないんですよ?」
沈黙がまた車を覆った。その沈黙を破るために新たな質問を月並みながら放つ。
「こんなことが日常なら色々やってると大変でしょう?」
「そうですね、タスクフォース∞(インフィニット)のオペレーターをやってますがなかなか大変で。それでもそれだけの価値はあるし充実してますよ。そういうあなたはなにをやってるんで?」
まさに理想のコミュニケーション、言葉のキャッチボールの見本だ。質問を答え、質問を返す。そうすることで沈黙は晴れる。灯夜は返す。自分に返されたことに戸惑いつつ。ただ自分の蒸し返したくない思い出を思い出しつつ。彼に対して自分の恥まみれな過去を言うことになったら車を飛び出してやることも想定した。もちろんこんなことする気は皆無だが。
「高校卒業後は放浪しててそれ以来ずっと。ここに呼ばれるまでは貴方とは全然違いますよ」
「ふーん?そこまで悲観することかな」
「自分に何が出来るのかがわからなくて。それに進学や就職をしたとして、本当に自分に向いていることなのか不安だったし、理由がなくて。それに自分の無力さを実感するのが怖かった」
この答えは必要だったのだろうか、と自分の出自と臆病者を表す説明をした後に頭によぎったこの自分の中の声。そもそも疲れているせいで未だに自分の記憶がはっきりとしていないし、この言葉すら本当に自分の意思なのかも怪しいくらい自信がない。
「理由は後についてきますよ。あなたがこれからやることもね」
輝馬は理由が付いてくる『後』についての質問を一部口に出した。何故、灯夜をここに呼んだのか。
父の仕事を手伝うにしても彼らは十分に力を持っており、空を飛ぶヒーローを仲間にしている。自分からすれば規格外な彼らに自分は何が出来るのかが灯夜は甚だ疑問だった。
「ところで、あの妙な建物はいったい」
そう思うのも当然だ。むしろ、なぜ今まで質問をしなかったのか、観光地であること以上を調べなかったのかが不思議なくらいに目立った建物があった。この地上に元からそびえ立っており、天然物の建築資材である石と土や木々で出来ているように見える塔。だが、塔と呼ぶには些か不格好であの塔から景色を眺めるような設計は施されていなかった。そのためいつ崩れるかを想定できずそのふもとは誰も寄せ付けないよう処理をされている。
「あれが、僕達が戦う原因を作ってるんですよ。あれが原因で犯罪者はさらに強く力を持って凶暴になり、犯罪の意思の芽が育っていく。あの塔のせいでね。それらを異能犯罪者って僕達は呼んでます。」
塔のせいで犯罪が増し、過激な手を使わざるをえなくなるということは噂などには聞いていたが、手からビームを放っては空を飛ぶ装甲付きのヒーローや手慣れた特殊部隊、それを作る原因となった犯罪者はあの天然ものの塔が原因というのは正直理由付けとしては強引極まりないとしか思えなかった。疲れも相まって聞きたい事がコップに勢いよく注ぎこまれた炭酸ジュースの様に溢れた。
「いや……詳しい質問は後でいいです」
―2―
灯夜は窓の外の景色をただ見つめていた。船での刺激的な事件で疲れ、ビルが眠気がピークに達した時に聞いている音楽のように頭へ入ってくる。例えと同様に疲れによる眠気がピークに達し、目を瞑ったその瞬間、地下駐車場に見える場所に車は着いていた。輝馬や灯夜の親父が勤めているPSSC本社の地下駐車場だ。その後は車を降り、建物内に入り、指定された階と場所まで歩く。
すでに疲れも記憶の違和感もなくなっていた。船で起きた時のような、記憶が自分とはなにも重ならないようなぎこちない感覚も発生することなく今度はしっかりと地面を踏みしめて自分の脚で自分の力と自分の記憶で歩いている。
あとはただ目的地まで歩くのみ。それは灯夜にとっては断頭台に登る気分でいた。いったい何をさせられるのか、何を言われるのか。父との記憶はほとんど無いと言ってもいい。しかし彼に身勝手に放ったらかしにされ、試練と銘打って自分をどこかに置き去りにするなどのろくでもない過去はある。言いくるめるなら不快。
だからといって自分が何かをした記憶が無い、自分は放浪でなにも得てないことは失敗そのもので重荷でしかない。それで首を絞めている。
部屋には電気がついている。ここは会議に使うにはちょうどいい広さだ。椅子や長細いテーブルなどは並んでいたが座席を使うのは灯夜だけ。プロジェクターの光が混じり合う映像を映すスクリーンがその前方にあった。二人の壮年の男女のスタッフが見えており、その中の一人は研究者に見え、彼はただ立っている。
研究者を見た瞬間、緊張感がピークに達した。それをごまかさなければ自分が自分でなくなる、誤魔化すように強がるように椅子ではなく長細いテーブルにすわる。椅子は余計なお世話といわんごとく。
「灯夜、お互いろくでもない思い出ばかりだが今は忘れてくれ」
互いの行った馬鹿な行いを正当化した訳ではない。だが少なくとも、言いたいことが山ほどあることをないがしろにされたようにしか思えなかった。実際、この場で久しぶりに合った中で言うべき言葉とは思えない選択で、そこまでして俺の意志を無視したいのか。怒りを遮るように男は続ける
「単刀直入に話そう。お前にこの島の次のヒーローを担って欲しい」
父である風沙の一言に灯夜の頭には当然の疑問符が浮かんだ。なんで俺がヒーローに?どうやって?戦ったこともないのに、そもそも俺がそんな存在に足り得るのか。灯夜の脳の中には雑草のように疑問が生えてきた。
「なぁ、待ってくれ。答えから言って面倒なくしたいだろうけど、そもそも人手は足りてるだろ。今頃俺なんかが出てこなくても……」
人手は足りているように素人目には見えていた。銃を使って過激派や犯罪者を無力化するタスクフォース∞、空を飛んでビームを放ち格闘で悪をいなすヒーロー、十分なくらいだ。
「今はね。だが戦力に人間を扱ってる分、その力には扱える期限やアクシデントというものが出てくるでしょう?事故や歳とかね。若い貴方には新しいヒーローに、その卵になってほしいの」
スタッフらしき女性が答えた。部屋に最初から居た女性だ。スタッフのように見てたが、よく見るとスーツからして風格が違うように見える。親子の会話に口を出さないで欲しかったが彼女の老いから醸し出る威圧に負け灯夜はなにも言わずにいた。
「社長、彼への説得は私に任せていただけるのではありませんでしたか?」
風沙は自分による説得を遮られたかのように思っていたが余裕を持って発言する
「灯夜。お前の考えていることはよくわかっている。何も出来ないことが怖いならこれは引き受けるべきだ。どうせなにも成せてないのだろうし、これで変われるならいいんじゃないのか。」
風沙は柔らかい口調で幼い子供を言い聞かせるように続けた。灯夜を説得させるため、彼自身を変えるチャンスを与えるために言った台詞は彼の血流を速くさせ、身体を力ませていく。頭は酸素が薄くなったかのように冷静さを失っている。
「私との再会は、私や再開の怖さから逃げたいがためだったんだろ?」
こんな時だけ親らしくするんじゃねえ。風沙の息子への問いは彼の思う親らしく、まるで全てを察しているかのように。親は子を理解していると証明できる答えだった。それに対して灯夜は、荒い言葉遣いで表すなら、ムカついていた。親父が御託を終えたのなら次はこっちの堪忍袋の緒が切れる時だ。
「随分と知ったような口ぶりだな。俺とは違い余裕があるってか。なんだよその台本があるかのような喋り方。なにも出来てない?あぁその通り。だからこそ、余計なお世話だ!いきなし呼びつけて今度はあんたらの歯車になれってどういうことだよ!?」
自分に問いかけられる言葉全てが刺さっているからこその怒り。怒りや叫びとは言ってもデシベルが高そうな声で怒鳴ってる訳ではなく、人差し指を風沙ただ一人に指しながら、煽るよう彼は返答した。
蚊帳の外になっている輝馬は口がへの字になる居心地の悪さで見ての通りストレスが溜まっていた。この親子の痴話喧嘩を見るためにわざわざ時間を割いた訳ではないのにそれを見せられていることに。そこに間へ割り込んだ。
「あの、そろそろ本題に行かなければ延々と互いの嫌味を言うのが続くだけですよ?」
一旦の沈黙と輝馬のため息が聞こえた。灯夜からすればこの見せたくもない痴話喧嘩に水を差されるのは屈辱的だった。
ため息をつきたいのはこっちの方だ。それを言いたい怒りの気を遮るように壮年の女性は電気を消して、プロジェクターに色が豊かな光が灯された。そして社長と言われている白髪が見えるためにある程度年齢が察さられる女性が前に立った。後ろには情勢などの説明を見せる資料が映っていた。
「この島は今、危機を迎えています。『タワー』から発生する桁違いの力や異能を持つ異能犯罪者の増加、若年者を中心に構成されているテログループ通称:『心ある力』。観光や製造などこの島の社会に与える損害は凄まじいものです。
『心ある力』は現在はこの島のみを目標にしていますが、いずれ本州や国外にも被害が及ぶことになるでしょう。その事態だけは避けねばなりません。警察や自衛隊だけでは限度がありますからね。国交の問題になることだけは避けねばなりません。
そこで私達PSSC(民間特殊警察会社)はそれらに対抗するためにタスクフォース∞を結成しました。タスクフォース∞は対人戦を想定したストラックチーム、対異能犯罪者と重武装を想定したブリッツチームから構成されます」
「『タワー』ってのはさっき言ったあの塔のことな」
輝馬に補足を受けても横へ流す。重大な敵がのさばっていると言いながら敵はなにが目的かどのようなメッセージを持ち行動しているかという中身は存在せずただ退屈な話。一方的にしか話していない。だが、理解はしていた。
「危険なのは重々承知したよ、俺にそれに入れと?でも訓練はどうするんです?何ヶ月もかかるのでは?もしかしたらなんか心理的に重傷を負うかもしれないのに」
「話は最後まで聞くんだ」
風沙が制止させるが灯夜はうるさいと言いたげだった。事実、ささやき声で「黙れよ」と言っていたし輝馬にも聞こえていた。
「訓練は1年で修了させます。スーツの取り扱い方、戦闘訓練、この組織の仕組みや法との共存などを。」
「なるほどね。で、なにもかんがえずテロリストをぶっころせと。単純なこった」
灯夜は言う。遠回しに自分にやる気が無い。それは父への反抗か、それともただ利用されるのが気に食わないのか、はたまた両方か。いずれにせよ両方あっているかの態度だ。
そこに風沙が言葉を放った。それはテンプレートな言葉だった。あーあーそれはもう理解したよ。うんざりした言葉遣いで再び反抗したが今度は風沙が灯夜に対して憤りをぶつける番だ。
「やる気が無ければ帰ってもいいぞ」
これには輝馬も同意を溜息で示していた。明らかに戦力になりそうになかった姿勢には誰もが苛ついていた。その言葉の後に沈黙が続いた。直後、ため息混じりの台詞が部屋に響いた。
「そっか。じゃあ、帰らせてもらうよ。クソ息子を運んだ輸送費が無駄になったな。あぁ、二度と会うかわからない息子にさよならも言わねえんだな、よくわかったよ。あんたの性根がさ」
―3―
灯夜はベッドに寝ころんでいた。
「こんなんだからいつまで経っても……」
後悔をしていた。先程の選択を。反抗してせっかく自分変われるかもしれない機会を無駄にしたことを。自分はいつもこうだ。選択肢をいつもその時の感情に委ねてしまう。だから今、こうして後悔してしまっている。聞きたいこともいっぱいあったのに。
「でもどうしろってんだ」
いきなりすぎる選択肢の出現、この島を揺るがしている犯罪者との戦いを選べば自分に危険が及ぶ戦いを強いられる。自分が死ぬかもしれなかったらこの選択正しいんだ。そう思っておこう。
「でも危険を冒す価値のある見返りや得る物があったら?」
得る物、それは金銭や物品の報酬ではなく自分自身の人間性に関わるものを灯夜は想定してた。その物理的報酬以外の身に降る経験とその過程を得るのが怖いのだ。自分は変われるかもしれない。だが、変われたとして次はどんな試練や後悔などが生まれるのかが恐ろしい。
「わからない。もう寝よう」
思考を放棄した。一時の睡眠によって得られる快楽のために。
灯夜は自覚しながら寝付きの悪いまま眠りにつく。あの船に居た人と同じようなものなのかも。結局自分に都合良いように物事を受け止めてるだけか。
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