The Blitz

Forest4ta

第1話:始まりは夢を見てから

―1―


 夢を見ていた。その心地はまるで海に浮かんでる感覚。海に漂う自分の記憶を全て吸い込むように沈んでいる。さっきまでは水を吸い込む前のスポンジのように軽かった。

 幼少期の朧気な記憶、少年時代の印象のある記憶、思春期の恥ずかし気ある記憶。全てが明確であるべきなのにそうではなかった。自分のモノのはずが誰かの思い出を借りているような感覚。その釈然としない感じが夢心地を邪魔していた。

 今度はそれらの記憶が時系列順に頭の中を流れていった。一瞬の間に女性の子宮から出てきてから船に乗って席に座るまでの人生を空を飛ぶように俯瞰しているかのように。夢の中の自分と現実にある自分の肉体が近づくかのように。


―2―


 夢の中の自分と現実の自分が重なった直後に目覚めた。妙な夢、夢心地の気持ち良さから目覚めた気分は一転して気持ち悪さに切り替わった。


 「俺は……井崎灯夜」


 自分のアイデンティティを思い出すように名前以外にも自分の誕生日や元住所を頭の中で繰り返した。だが、明確に口に出して繰り返したのは名前だけだ。

 名前や住所という自分の個人情報を作る情報を心に念を置いて仕舞っても自分はここに居るという実感だけはどうしまえばいいかそれだけがわからなかったが何事もなかったかのように席の目の前に設置されている折りたたみのテーブルに置いてあった水を口にして気をしっかりと保とうとする。


 「船ってのは……酔うな」


 次は自分が何故に船に乗ってるいかを確認した。親父に呼ばれたから。自分が放浪をして以来会っていない自分の唯一の肉親に。灯夜の中に張り付いては離さない後悔を振り払う為にアテも目的もない無意味な放浪で全てを捨てた自分に何故会いたいのかが灯夜にはわからなかった。

 それは会えばわかるはず。だが、灯夜は親父と会いたいとは思ってない。正確には会って面倒くさいことになることを怖れているのだ。肉親に会えば、自分がやったことの愚かさを口で言われる気がしている。無意味に数年放浪した意味はあったか。なにか出会いは見つかったか、人のためになることをしたのか。そんなことが出来てないことは自分が一番よく知っているからこそ言われることを恐れている。

 そんな恐れの中からようやく気づいた。自分の周りに誰もいないことを。乗客こそ居れど、その列の席が殆ど空いているのだ。まるで周りの雑草を伐採された1本の木のように。

 だが、そんな自分が目立つような状況は灯夜にとっては自分が怖れている状況に比べればどうでもいいことなのだ。

 怖れている状況を忘れるためにもう一度寝ようとした瞬間、尿意に気づいた。仕方なく自分の足を使いトイレへ向かった。足の感覚が初めて大地に立つ生まれたての子鹿のようだが、灯夜はなぜ子鹿の脚の震えがここまで酷いのかがおかしかった。それは頬が緩む意味での可笑しいとも重なっている。


―3―


 特別広いわけでも豪華なわけではないのになぜか小さい頃にここで排泄をした記憶があった。自分の脚部ほどかそれより小さかった頃に両親と一緒に乗っていたはず。

 その記憶では、父は灯夜がはぐれたと知っていながら迷子になった彼を放っておき、まるでなにかの試練で千尋の谷に突き落とすのと同じだ。実際その通りかは置いといて、どのような形だろうと灯夜からすれば虐待も同然だ。その頃から彼は父への不信を持つようになり今に至る。不思議なのは、彼の母が父を戒めるわけでも賛同するどころか記憶のどこにも居なかった。だが、なにも口出しをしてないのなら灯夜にとって助けになってないも同然だった。

 そんな遠い日の記憶を思い出しながら排泄行為を行いから洗面台での手を水洗いした後、トイレの外から一人の幼児のすすり泣きが聞こえた。周りには人が居ない。

 あの頃の試練で自分が親とはぐれ心細く、まさか捨てられたのかもしれないという悲しく怖い思いをした時、知らない誰かが助けてくれた。彼と同じように今の灯夜もそのすすり泣いている幼児に助けの手を差し伸べたが実際はそんな善意ではなく、心の奥底では自分と父は違うということを証明したいための利己心からだった。父はこのように困った子供へ手を差し伸べるのか。その状況はこの子に与えられている試練と勝手に受け取って横に受け流すだけだろう。


 「どうしたんだい?パパかママとはぐれたのかな」


 なるべく恐れられないように努力をした。助けてくれたとき、たしかこんなかんじにまず幼児と同じ視線以下になるようしゃがみ込み、柔らかさをイメージして声を出した。

 それが功を成したのか灯夜に元から恐怖を感じられないだけなのか、幼児は小さい声で肯定の返答をした。普通、見知らぬ成人男性に話しかけられたら警戒しろと教わるはずだが、幼児がそれを忘れることは仕方ない事態だ。昔の自分とこの幼児を照らし合わせている。


「んじゃあ、パパとママをさがそうか。うん?」


 こんな出しゃばったがどうするべきなんだ?次は声を出して親が誰なのかを客室で呼びかければいいのか。どのような行動が最善かが今もまだ理解できてない自分を恥じる。直後、その鈍さを覚ましてくれる聴覚への刺激が鼓膜をつん突いた。日常から非日常の境目が出来た瞬間だ。


―4―


 「動くんじゃあないぞ!」


 トイレの向こうではどこかの過激派が銃を突きつけながら脅迫しているんだろう。そう言われると動きたくなるのは恐らく反抗期の少年くらいだ。だが、銃を持った獰猛な人間が居れば自殺志願者以外は全員言うことを聞くだろう。もちろん、この船の乗客と乗組員に今すぐ死にたい者は居ない。命の価値を実感していないながらもわかっている。そんなすぐに今日自分が死ぬことを前提に生きると切り替えられるわけではない。

 灯夜は状況をトイレの側にある通路からひっそりと眺めていた。

 『園葉島に初めて向かう者』と『初めて園葉島へ来る灯夜を含めた帰島者達』は唯一違う所があった。銃を知らない赤ん坊でも耳に響く銃声を聞けば銃火器の脅威は理解出来る。だが銃声が鳴ることは茶飯事で、どうにでもなるし生き残れると分かっているかどうかだ。

 トイレに隠れればしばらく気づかれる恐れが無い。ということをいつまでもアテにするほど灯夜の頭は鈍っていない。隠れる事は根本的解決に至らない。


 「いい?この部屋の便座に座ってね。絶対下に立っても座ってもいけないよ?もししちゃったら……お菓子がもらえないからね」


 怖がらせない最善を尽くしているつもりだった。例え不自然なごっこあそびでて誤魔化せているのかわからない。こんな子供だましに意味は無いだろうがこの子を守りたい。たとえ無駄死になるとしても灯夜は本気だった。ただ、自分の中の善意を信じて。


 「おにいちゃんは君におかしを買ってくるんだ。地面に立ったり座ったらお菓子は全部おにいちゃんのものだよ。いいね?じゃあゲームスタートだ」


 そう言い残し清掃用具入れのドアをゆっくり音を立てずに閉めた。自分がこれから怪我あるいは死にかねないことをする決心を二重に、三重に繰り返している。

 灯夜の考えているプランはこの清掃用具の長ブラシを自衛用に使う。この男子トイレでもし過激派が入ってきてもすぐ見つからないように死角で隠れながら、奇襲出来る位置に来たらこの長ブラシで奇襲する。

 たった一人の見も知らぬ幼児のために命を張る。それで命を落とすのも悪くはない。それに一人だけならこの長ブラシで叩きのめせる自信があった。アドレナリンが溢れているせいで無用かつ分不相応な自信が身体の中から溢れている。もしかしたら複数人でもイケる。


 「おい何してんだ」


 複数人ならおとなしく降服する。そうしよう。


―5― 


 「いいかぁ!この船は我々、『心ある力』が占拠した!なにもしなければ我々もあなた方になにもしない。ただ、座っていてくれ!」

 銃を持った輩たちは自分達の思想を武力によって訴える過激派だ。「あの組織なのか」と合点が行ったが彼らがなにを伝えたいかは詳しくは分からなかった。ニュースをここ最近見ておらずこういうポリティカルなことを頭に入れてわざわざストレスにしたくない。しかし武器で思想を訴える人間に歴史上で心身共に健常な人間が居た覚えが灯夜の記憶には無かった。

 実行したこの武力行動に反してこの勢力は結成以後徐々に縮小している。その原因であり灯夜が助かる保証は窓からやってきた。

 特殊部隊員が窓ガラスを一斉に割り、正確な射撃でテロリスト構成員を当然のように急所を狙い撃つ。まるで成熟した人間がA〜Zを全て言うように。だが、ある構成員は人質を腕で確保している。


「動くな!動けばこいつが」


 全ての台詞を言わせない意思を持って部隊員が最後の構成員を射殺した。映画のテロリストのように且つ効果的な位置に人質を持っていた構成員。だが、彼らの前では無意味だった。


 「こちら、ストラックチーム。敵性勢力の全排除を確認。負傷者は無し。仕事はおしまい、帰れるぞ。オーバー」


 「話には聞いてたがあんな簡単にかよ。アレがタスクフォース∞(インフィニット)……」


 彼らが実際に動いてる所を初めて見て、圧倒されている灯夜。

 灯夜が呼ばれたのはタスクフォース∞の所属している民間特殊警察会社(通称PSSC)に関係していることだ。息子である自分とは違い父はここで己の力を発揮している。


―6―


 飛べる物体のことを鳥か飛行機かと言うならば間違いなく鳥か飛行機が海上のそのまた上の空中を飛んでいる。

 鳥はあれ程大きくはなく、飛行機にしては小さすぎる。"電撃"は海を渡るかもめの十数メートル横を通り過ぎ、それが通り過ぎた数秒後に銃火器を装備した兵士を運ぶヘリコプターがまっすぐ灯夜が乗っている船に続いて突き進んでいた。テロリストにシージャックされた船の乗客救出、ならびにテロリスト構成員の無力化が作戦目標だ。空を飛んでいる"電撃"は懲りない彼らにはそろそろうんざりしていた。敵わないんだからおとなしくすればいいものを。

 

 ≪こちらストラックチーム、目標まであと2分弱で着く≫


 「了解。クラウドへ、ブリッツは攻撃を仕掛ける。交戦許可を」


 ヘリコプターに乗せられている"雷撃"の遥か前を行く"電撃"は既に攻撃の準備に入っていた。


 ≪クラウド了解。クリアード トゥ エンゲージ≫


 交戦許可を得た直後、握りこぶしを作る。自分を包むスーツとその上に重なっている走行ががっしり身をつかんでいると確認できた。目の前の目的に集中する。また懲りずにやってきてご苦労なことだ。いい加減俺達に敵わないって分かればいいのに。溜息を飲み込みながら”電撃”が船へと空を駆ける。


―7―


 "電撃"が船に居る構成員に先制攻撃を仕掛ける。構成員にはもうじき気づく距離だ。格闘を仕掛ける前に気づかれて集中砲火を受けるだろう。襲撃する側がわざわざライフルに消音器を付けるわけでもない。"電撃"が来たことを知らされれば乗員の危機に繋がりかねない。

 "電撃"は海に落ちる事態を防ぐ柵が囲む船の船室2つに挟まれたデッキに居る構成員3人を被ってるヘルメットのバイザーにて捕捉、空中から"電撃"の持つ電撃が構成員に直撃。撃った数は3発、目標に全て命中。


 「殺しはしないさ。なるべくな」


 電撃というには閃光が帯びておらず、見た目は収束したビームそのもの。痺れも無く、凄まじい強さの拳を喰らった感触を構成員達は気絶する形で貰った。

 ジャスト十数秒後、"電撃"は構成員が倒れている場所へ着地。周囲には電撃をくらい気絶しかけていた構成員が青天井に向いた姿勢で無線を手に取り襲撃を知らせようとしたが"電撃"がトドメにその構成員を蹴り飛ばすことで阻止。鼻が折れたのかもしれないと申し訳なさそうに"電撃"は軽く謝る。そんな罪悪感を忘れ、すぐさま周囲のクリアを確認。


 「まぁ、なるべくだしな。死なせるよかマシだろ」


 異音を検知した他の構成員が"電撃"の左右から警戒してそこへ銃をすぐ撃てるように構えながら歩いてくる。すぐさま左側の構成員を右側の構成員の視界外にて格闘で戦闘不能に。拳と蹴りのコンビネーションで海に落とした。

 もう一人が視界の中に"電撃"を確認。腰だめでは当てられないのをもう一人は承知していた。だからこそ全弾発射して一発でも当たればいいという思考でトリガーを引いたがそのトリガーは固いままだった。安全装置を解除せずトリガーを引いてもびくともしないのは訓練で知っていたはず。だがこの構成員は人質に弾を撃ちたくないし脅しでも冗談じゃないとこの状況の直前まで思っていた故に安全装置を解除することを直前まで忘れていた。

 "電撃"はその数秒の一瞬のうちにもう一人に近付き、彼のみぞおちへ拳を食らわせる。彼が先程軽食で食べたパンの咀嚼物がそのまま出てきた。


「覚悟がないなら初めからンなことするんじゃない」


 合計4名の構成員が"電撃"の周りに横たわっていた。これを確認後、ヘリに対して着陸地点を確保したと伝える。距離からしてヘリはまもなく飛行中のローター音で船に居る全員に気づかれる。


 ≪ストラックチーム了解、残り50秒で船に着く。我々はLZアルファに着陸、その後内部の制圧を急ぐ。ブリッツは現地点から予定通りに制圧を再開してくれ≫



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

―8―

 嵐は過ぎ去った。乗客はヒーローたちに歓声を上げてるけどおかしくないか。自分達に危害を加えたとはいえ一応人間なのに。でも、俺も同じく対岸の火事のようになにも感じていない。

 確かにビックリはしたし怖かった。でも、まるでただ一時の平穏を乱した災害のようだ。俺のように園葉島に来るのが初めての人もテロリストについてはもうなにも考えていないのかも。あるのはまた起きるなら災害のようにただ過ぎ去ってほしいという感情。彼らの言動からそう感じられるんだ。

 「早く終わってほしい」、「どうしてこんなことをするの」、「迷惑だ」

 それ自体はなにも間違ってはいないと思う。でも少なくとも俺は彼らの命が今さっき無意味に終わったようにしか見えない。自分たちと同じ外形をしている人間が目の前で撃たれて死んだからというのもあるのかもしれない。いや、こんな時に人種は関係ない。ただただ命が無意味に終わった瞬間に対して怖がってるだけだ。

 テロリストにも正義がだなんて抜かすつもりは微塵もない。でもここで自分の価値観が壊れそうなはずなのにこの人たちは実際に現場を見てしまったというのにテレビでニュースを見るように、対岸の火事で自業自得に放火魔が死んだかのように他人事として扱っている。でも俺は目の前でその放火魔が死んだかのように、人が俺の腕の中で息を引き取ったかのように受け取ってしまった。完全にやらかした。周りの人間と違う飲み込み方をするなんて。俺はもう元の日常戻れない気がする。くっそ、親父め、なんてところに誘ったんだ。

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