第三章 魔族の生き残り
第十一話 のんびり王都巡り
王城から戻ってきたリンは先ほどとは違う意味で険しい顔をしている。罪悪感に苛まれているような、そんな顔だ。
「どうしたんだよ、師匠。もしかして交渉が上手く行かなかったのか?」
ライジェル達の事が心配になる。やはり殺人の件が重罪として扱われることになってしまったとか。
「ああ、いや。交渉は上手く行ったよ。それとは別に、ちょっと思う所があってな」
「昔の知り合いに、何か酷いこと言われたとかか?」
「……自業自得の事を言われたまでだよ。痛い所を突かれて、ちょっと凹んでるんだ」
リンがこんな顔をするなんて、一体何を言われたのだろう。自業自得とリンは言ったが、心配ではある。しかしリンの過去を知らないタクトには、かける言葉が見つからない。
「……まぁ、とりあえずその服を何とかしようぜ? いつまでも血まみれじゃ目立つだろ?」
「あ、ああ。そうだな」
心ここにあらずといった感じだ。心なしかタクトから目を背けているようにも見えるが、言われた事というのが関係しているのだろうか。
「いい服屋を見つけたんだ。手頃な価格でいい品が揃ってる」
冒険者用の店なのかあまり華やかな服は売っていなかったが、作りはしっかりしているし長旅にはうってつけである。女性物の服も結構な数が並んでいたので、きっとリンに似合う服も売っているだろう。
「……なぁ、タクト」
「何だよ」
何やら改まった様子でタクトを見るリン。その瞳にはどこか動揺が見て取れるが、それでもしっかりとタクトを見据えていた。
「私はお前を育てた事を後悔はしていない」
「……どうした、いきなり」
「いや、ちゃんと伝えてなかったと思ってな」
こんなにしおらしいリンは初めてだ。タクトは指先で頬をかいてから答える。
「俺は師匠と出会えて良かったと思ってるよ。師匠と出会ってなかったら俺はとっくに死んでただろうし、何より師匠といるのは楽しいからな」
タクトは自分の幼い頃を思い起こした。やんちゃをしてリンに叱られた事はしょっちゅうだが、その時のリンの顔はどこか優しげだったのである。本当の親というものを知らないタクトにとっては、それこそが親の愛情というものなのだと実感できたし、今ではそれが何よりも得難いものであると言うこともわかっていた。
「昔の知り合いに何言われたのかはわからないけど、そんなもん気にすんな。そいつは今の師匠がどんなにすごいか知らないんだから」
「タクト……」
リンがタクトを抱き寄せる。身長差的にちょうどリンの胸に顔を埋める形だ。あまりの出来事に、タクトの
「し、師匠!?」
「しゃべるな、くすぐったい。しばらくこのままでいさせろ」
そうは言われても、この状況はまずい。やわらかいし、ちょっと血なまぐさいにおいも混じってはいるがリンのいいにおいがするし、いろいろと反応してしまいそうだ。
とは言え、リンがこんなに弱っているのは初めてなので、ここは男としてしっかり支えたい所である。まだまだ未熟ではあるが、タクトは男で、リンは女なのだから。
五分ほどそうしていただろうか。リンがタクトを開放した頃には、タクトの顔はゆでだこのようになっていた。
「よし、元気注入完了だ。タクト、服買いに行くぞ!」
「お、おう」
やや前のめりになりながら答えるタクト。男子特有の生理現象というやつだ。男の子にはいろいろあるのである。
「納まるまで待ってやろうか?」
いつもの意地悪い笑顔でリンが言った。
「……そうしてもらえると助かる」
何とは言わない辺りはリンの優しさだろう。伊達に女手一つで男の子を育てていない。
結局、タクトのナニが納まるまで更に五分ほどを要した。こういった事は初めてではないが、こうもあからさまなのはほとんど経験がない。ナニが納まった後もタクトの顔の赤みは消えず、それを更にリンがからかうものだから、タクトは居心地が悪くて仕方がなかった。
タクトが薦めた店でリンの服を一式買い揃え、今度は食事処へと向かう。リンが選んだ服はやはり華やかさの欠片もなかったが、それでもリンのセンスが光る組み合わせだった。可愛いというよりはかっこいいといった感じだ。前の服も良かったが、新しい服もとても良くリンに似合っている。
リンは顔もスタイルも抜群なので、ドレスとかを着ても似合いそうだ。以前それを伝えた所、「そういう堅苦しいのは好きじゃない」と一蹴していたものの、実は着たことがあるのではないかとタクトは踏んでいる。リンの出自は定かではないが、どこかの王族の娘と言われても納得しそうなほどの器量と才覚の持ち主だ。それこそ若い頃は世の男性から引く手数多だったに違いない。そう思うと何だか腹立たしいが、それがリンの魅力なのである。
これまたタクトが選んだ店での昼食の時間。今回選んだのはウィント王国の伝統的な料理が食べられる比較的高価な店だ。高級料理のフルコースならばそれなりに良い雰囲気だっただろうが、懐事情的にそれは叶わなかった。
「うん。なかなかいい店じゃないか」
出て来た料理をリンが上手そうに頬張っている。その顔が見られただけでも、下調べした甲斐があるというもの。タクトも薄くないスープをすくって口に運ぶ。
「もうちょっとお淑やかに食えないのかよ」
「ばっか、お前。こういう店にはこういう店の食い方があるんだよ。貴族様が集まるパーティーの場じゃないんだ。ちょっとがっつくくらいが丁度いいんだよ」
そう言って、大きな肉にかぶり付くリン。タクトはため息を吐きながら、パンを千切って口に運んだ。
「そういや、今後の予定はどうする? しばらくこの国にいるなら、今回の護衛料に貰った指輪は換金しちまうけど」
「どんな指輪だ?」
「プラチナとブルーダイアモンドの指輪だよ。見た所、結構格式高いものだと思うけど」
それを聞いた途端、リンがむせ返った。
「ブルーダイアモンドの指輪だ~?」
「あ、ああ。それがどうした」
ため息を吐きながら頭を押さえるリン。意味がわからず、タクトは混乱するばかりだ。
「あのな~タクト。ブルーダイアモンドってのは普通、結婚相手なんかに贈る宝石なんだよ」
「……つまりアレか? これは師匠に対して結婚してください的な意味がこもっていると」
「私が直接受け取った訳じゃないから、詳しいことはわからんが、一般論で言うならそうなる」
何と言うことだ。よりにもよってとんでもない物を報酬として寄こして来た。
「し、師匠はどう思ってるんだ?」
聞くのは怖いが聞かない訳には行かない。タクトは思い切って質問する。
「どうもこうも。出会って数日だぞ? そんな気になると思うか?」
「一目惚れっていう線もあるし?」
「私がそんなたまかよ」
タクトはホッと胸を撫で下ろした。
「でも参ったな。そんな高価なもん貰っても、売る先に困るぞ」
「これじゃない方が良かったか?」
「……クランハイト公爵とはもう別れちまったし、今更追っかけるのもな~」
リンはテーブルに顎を載せて唸っている。どうやら本当に面倒くさがっているようだ。
タクトはポーチから指輪を取り出す。細やかな意匠は言われて見れば婚約指派にふさわしいかも知れない。それを見抜けずに受け取ってしまったのは自分の落ち度である。
「この指輪の換金は保留だな」
いつかクランハイト公爵領に行くことがあったら突き返してやろう。そう心に決めるタクトであった。
「とりあえず飯食おうぜ。このあとどうするかはそれから考えよう」
「そうだな」
リンの一声で、タクトは指輪をポーチに仕舞い、食事を再開する。指輪が換金できないとなれば護衛料はただだったということだ。道中の食事は向こう持ちだったとは言え、マッドウルフ襲撃の件を考えれば割に合わない仕事である。
「あ、マッドウルフの素材は?」
「それならもう換金してきたよ」
そう言って、リンは金の入った袋を投げて寄こして来た。マッドウルフ一一頭分なのでそれなりの量はあるが、あまり潤沢とは言えない。また貧乏生活に逆戻りである。
「こりゃ、この町でいくらか稼がなきゃだな」
ため息の一つも漏れるというもの。タクトは肩を落としながら、肉を口に運んだ。
「……まぁ、でかい町だし、それなりに仕事はあるだろ」
「運良く魔獣討伐の仕事でもあればいいけどな」
魔獣討伐の仕事は実入りがいい。故に競争率が高く、これほどの規模の町ならばそれこそあっという間になくなってしまう。残されるのはどぶさらいや公衆トイレの掃除など人がやりたがらないものばかりだ。
「後は普通にその辺の店で雇ってもらうか」
「師匠は大人だからいいけど、俺は子どもだから雇ってくれる所なんてなさそうだぞ?」
こういう時に、子どもの自分が嫌になる。大人であればもっと出来る事の幅が広がるのにと。
「その時はその時だ。仕事がないようなら、その時はのんびりしてればいいさ。その分私が稼げばいいことだ」
「師匠にしてはえらく真っ当なことを言うじゃないか」
「私だってたまには大人の威厳を見せないとな」
酒に酔って弟子に醜態を晒しておいて、今更威厳も何もあったものじゃない。とは言え、何をやらせても器用にこなすリンの事だ。どこに行ってもそれなりに稼いでくるだろう。
「師匠が働いてるのに、弟子の俺がサボる訳には行かないだろ?」
食事を終えた二人は早速冒険者ギルドに仕事を求めに行ったが、やはり魔獣退治等の大きな仕事は見つからず。結局二手に分かれて職を探すことになった。こうなったら、意地でもどこか子どもでも何とか雇ってくれそうな所を探し出すしかない。
タクトはいろいろな店に声をかけたが、子どもだからという理由で断られるばかり。この町ではタクトくらいの子どもはみな学校とやらに通っているらしく、働く子ども等いないと言う。学校と言われてもタクトにはピンと来ないが、そうするのが当たり前という環境でそれに逆らうのは、悪目立ちするばかりで得がない。結局、タクトはこの日、仕事を見つけることが出来なかったのである。
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