第十話 王都マハルタ

 ダイアモンドトータスの一件以降、魔物などの脅威と出くわすことはなく、無事に王都マハルタに到着する。あれからリンとは必要最低限の会話だけでほとんど口を聞いていないが、まだ怒っているのだろうか。


「私は交渉のために席を外す。お前はのんびり王都見物でもしてろ」


 それだけ言い残して、リンは憲兵達と共に行ってしまった。あとに残されたタクトとクランハイト公爵は顔を見合わせる。


「……とりあえず護衛報酬を渡すか?」

「そうですね。そうしてくれると助かります」


 歳の離れた男二人が、いつまでも面をつき合わせていても仕方がない。


「旅をしているんだったな。だったら報酬は金よりも宝石か何かの方がいいか?」


 国が変われば通貨は違う。確かに旅を続けているタクト達にとっては、一つの国でしか使えない金よりも、宝石や貴金属の類の方がありがたい。ここはクランハイト公爵の言葉に甘えることにした。


「あまりかさ張る物だと困りますけどね」


 こんな時のために、宝石や貴金属の相場はしっかりと押さえている。少なくとも、安物を掴まされて損をすることはないだろう。


「それじゃあこの指輪なんかどうだ?」


 クランハイト公爵が持っていた手荷物の中から一つの指輪を取り出し、タクトの手に乗せた。


「拝見します」


 見た所、プラチナのリングに青いダイアモンドが装飾されている。専門の鑑定士ではないので詳しい価値まではわからないが、相当値の張るものなのは間違いなさそうだ。


「プラチナにブルーダイアモンドですか。流石は公爵家と言った所ですかね」

「ほう。ちょっと見ただけでそれがわかるのか。すごいな君は」

「師匠ほどじゃないです」


 リンならば売値まで言い当てるだろう。その点では、タクトの鑑定眼はまだまだと言える。


「それにしても、いいんですか? こんな何者かもわからない流れ者に渡してしまって。見た所かなり格式高そうな指輪ですが……」

「いいんだよ。あのリン殿の役に立つのなら。指輪なんて些細なものだ」


 これは相当リンにご執心のようだ。尤も、リンの方は全く興味なさそうにしていたので、完全に一方通行な想いなのだが。


「それじゃあ、報酬は確かに受け取りました。これでお別れですね」

「ああ。リン殿と離れ離れになってしまうのは心苦しいが、致し方ない。縁があったらまた会おう」


 そう言うと、クランハイト公爵は再び馬車に乗り、その場を去っていった。残されたタクトは、渡された指輪に改めて視線を向ける。


 これを売れば、かなりの額になるに違いない。後はいつ、どこで売るかだが、そう焦ることもないだろう。盗賊退治の報酬もまだ残っているし、今後の方針も決まっていない。リンが戻ってきたら相談してみることにしよう。タクトは指輪を腰のポーチに入れ、適当に時間を潰せそうな店を探すことにした。


 流石は王都と言うべきか。通りは大層賑わっていて活気に溢れている。これまでに立ち寄ったどの町よりも発展しており、人が多い。行きかう人はみな笑顔で、幸せそうだった。この町に住む人達は、みな幸せなのだろうか。一箇所に定住したことのないタクトにとっては、それは未知の領域だ。こんなに多くの人が幸せに暮らせる場所なら、リンも定住する気になったりしないだろうか。考えてみたが、あまりしっくりとは来なかった。旅を続けていないリンなど、リンではない。一箇所に留まらず、風の吹くまま気の向くまま。流れ流れて、行く先々で束の間の平穏を得る。そんな生き方こそ、リンにはふさわしい。


 タクトはくすりと笑って、上を見上げた。高い建物が多く、空はあまり見えなかったが、それでも日の光が燦々と降り注ぐ街並みはとても美しく思える。せっかくの王都だ。リンが戻ったら二人で散策するのもありだろう。どこか雰囲気の良い店を見つけて、たまには豪華な食事と洒落込むのも悪くはない。


「その時までに機嫌が直ってるといいけど」


 願うのはリンの笑顔。リンが幸せであることが、タクトの数少ない願いの一つである。ダイアモンドトータスの件では珍しくリンに反発してしまった。もちろん小さなケンカは割りとしょっちゅうだが、あそこまで強く反発した事は今までに数えるほどしかない。


「もうちょっと大人にならないといけないのかな~」


 早く大人になりたいと思うのは、タクトの歳ならそう珍しいことではないだろう。大人は大人で大変なのだということをあまり理解していないからこそ、大人への憧れだけが膨らんでいく。自分の未来には幸せが待っているのだと、親の背中を見て進めば間違いないのだと、盲目的に信じているのだ。これはタクトとて例外ではない。人とは少し違う能力を持っているとは言え、タクトはまだ一五歳の子どもなのだ。


「……今の内に店の下調べでもしておくか」


 タクトは良さ気な店を見つけては覗き込み、客の入りや表情を見て、独自に店をランキング付けしていく。と、道行く人がこちらを見ているのに気がついた。正確には、タクトが身につけている服を、だ。


「そういや、マッドウルフの返り血を浴びたままだった」


 放置した血の染みはなかなか落ちるものではない。いっそ新しく買ってしまった方が楽だろう。タクトは手持ちの金銭を指折り数えながら、服屋を探すことにした。




 一方。リンは憲兵と共に王城にやって来ていた。盗賊の処遇について、憲兵団の長に直接物申すためだ。


「それでは、団長を連れてまいりますので、この部屋でしばらくお待ちください」

「ああ、よろしく頼む」


 部屋に残されたリンは、室内を見渡す。


「一五年経っても変わらないな、ここは」


 殺風景な所など、いかにもあの男らしい。そう。リンと憲兵団の団長は旧知の仲だ。一五年前の戦争で共に戦った仲間である。だからこそ、こうして直接会いに来るのは気が引けたのだが、タクトの目がリンにそれを決意させた。盗賊団の少女を救いたいというタクトの思いを、無下には出来なかったのだ。


 しばらく待っていると、見知った顔がドアを開けて入ってきた。一五年で随分老け込んだが、立派な口ひげは忘れるはずもない。


「久しぶりだな、ノーマン」


 ノーマン=サンドスト。かつてリンが率いる軍団の参謀を勤めていた男だ。あの頃は国の壁を超えて、様々な才能がリンの下に集った。ノーマンもその一人である。


「あ、あなたはリンドランテ様!?」

「その名は捨てた。今はリン=フォーグナーと名乗っている」


 ノーマンは大層驚いた様子だ。それもそうだろう。一五年前に行方を晦まし、今の今まで音信不通だったかつての英雄が、こうして生きて目の前にいるのだから。


「生きて、おられたのですね」

「ああ。いろいろあってな。今も生き恥を晒しているよ」

「生き恥なんてとんでもない! あなたは世界を救った英雄ですよ!?」

「しっ、声が大きい」


 あまり周囲の者に聞かれたくはない。リンドランテ=アウル=ブリュンスタットは先の戦争で死んだのだ。そういう事になっている方が、リンにとっては都合が良かった。


「し、しかし何故今になって現れたのです? あなたはブリュンスタット王国の王女。生きておられたのなら早急にお父君に報告するべきでは?」

「父上には申し訳なく思っている。しかし、私には私のやるべき事が出来た。今回こうしてお前の前に現れたのも、それが関わっている」

「……と言うと?」

「詳しい説明は出来ない。だから端的に言う。今日憲兵が連れて来た盗賊団なんだが、死罪は避けてやって欲しい」


 突然の申し出に、ノーマンは眉間にしわを寄せる。


「盗賊一味を捕らえたという所までは聞いていますが、いきなりそう言われましても……」

「頼むよ。弟子に言っちまったんだ、何とかするって」

「お弟子を取られたんで?」

「ああ。そいつが盗賊を説得したんだ。だから、何とか温情を与えてやってくれ」


 ノーマンはひげを撫でながら、深くため息を吐いた。


「盗賊団が本当に改心したと言うのなら、出来なくはないですが。いくらリンドランテ様のお言葉でも、直接尋問してみないことには……」

「大丈夫だって、ここまでの道中でも大人しくしてたし。そもそもかしらはまだ子どもだ。子どもを死罪にするなんて、お前も心が痛むだろ?」

「そ、それはそうですが……」

「それにその子どもは強力ごうりきの加護持ちだ。上手く行けばこの国の戦力アップにもある」

「強力の加護……ですか」


 何やら考え込むようにノーマンは目を閉じる。恐らく彼は凄まじいスピードで今後の展開をシミュレートしているのだろう。流石は元参謀というだけの事はある。


「……出来る限り尽力しましょう。この国の兵力が足りていないのは事実。強力の加護を持つというのなら、是非とも迎えたい人材ではあります」

「そうか。お前がそういうのなら間違いないな」


 しかし、ノーマンの話はそれだけではなかった。


「ところでリンドランテ様のお弟子さんというのは、どこの誰なのでしょう。是非とも一度お会いしてみたい」

「あ~。あいつは戦災孤児だよ。両親はあの戦争で死んだ。だから私が拾って育ててるんだよ」

「孤児……ですか。確かにあの戦争で多くの者が亡くなりましたからな。孤児も多かったと聞きます」


 ノーマンの目が鋭く光る。それはとても死者を悼む顔には見えなかった。


「魔王の子」


 リンでなければ取り乱していただろう。それほどにノーマンの放つ威圧は凄まじいものだった。


「彼、または彼女もまた行方が知れていません。リンドランテ様はご存じないですか?」

「私が魔族を見逃すとでも?」


 威圧には威圧を。リンはノーマンの放つ気合を、自らの気合で押し返す。リンが魔族を憎んでいたのは公然の事実。それがある以上、ノーマンはこれ以上踏み込んでは来れないはずだ。


「……失礼しました。ですが生き残りの魔族がいると言う話は聞きます。リンドランテ様もどうかお気を付けを」

「そうだな。気には留めておこう」


 リンはついに言い出すことが出来なかった。タクトに関する重大な秘密を。そしてそれが、いかに危険なものであるかを。


「私が生きていたという事はみなには伏せておいてくれ。その方が気楽に余生を過ごせるからな」

「あれほどの偉業を成しておいて、名声を求めませんか。大したお方だ」

「そんなんじゃない。私はただ平和に生きたいだけだよ」


 それだけ言い残して、リンは部屋をあとにする。ノーマンはその後姿を静かに見送ったのだった。

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