第167話 天空の支配者
天人族随一の戦士であるブルッドベルクに案内され、俺たちは件の魔物が出現するという空域へと向かっていた。
南へと進んでいることもあって、段々と気温が暖かくなってきている。
ファンと刀華はスラさんの上に、そして俺は例のごとくフェーネの上に乗っていた。
そしてなぜかルノアは俺の背中に引っ付いている。
「パパの背中、あったかいの」
俺のうなじの辺りに顔を埋めて、とても満足そうである。
「ぴいぴい!」
一方、フェーネが不満げに鳴いていた。
……二人とも、仲良くしような?
「も、もうすぐそこだ」
不意にそう言って、ブルッドベルクが飛行ペースを落とした。
彼は申し訳なさそうに謝ってくる。
「悪いが、案内できるのはここまでだ。……本当に任せて構わないのだな?」
「ああ。街に戻って待っていてくれ」
「……分かった。では、武運を祈る」
ブルッドベルクが去っていく。
よほどその魔物のことが怖ろしいのだろう。
俺たちは言われた方角へとさらに飛んでいく。
地上は険しい山々が連なる一帯で、シルステルの南部ではあるがほとんど支配が及んでいない地域だ。
もう少し南方へ進めば海に出るだろう。
と、そのときだった。
前方数キロ先に、小さな黒い点が現れる。
〈望遠+10〉スキルで目を凝らすと、それが巨大な生き物であることが分かった。
しかも猛スピードでこちらに近づいてきている。
「来るぞ。警戒しろ」
「はいなの」
「ん、了解」
「了解なのだ」
黒い点がどんどん大きくなってくる。
やがてそれが、背中に巨大な翼を持つ漆黒のドラゴンであることがはっきりと見て取れるようになった。
バハムート
レベル:122
スキル:〈噛み付き+10〉〈鉤爪攻撃+10〉〈突進+10〉〈翼飛行+10〉〈闘気+10〉〈咆哮+10〉〈威圧+10〉〈物攻耐性+6〉〈魔法耐性+6〉〈限界突破+4〉〈魔力探知+10〉
称号:天空の支配者
やはり伝説級の魔物だ。
しかも〈限界突破+4〉スキルの効果で、レベルが100を超えている。
『アアアアアアアアアアアッ!!』
「「「っ!?」」」
バハムートはこちらに接近しながら、凄まじい咆哮を轟かせた。
精神の弱い者であれば、一瞬にして戦闘不能に陥らせる威圧も含んだ雄叫びだ。
それが暴風めいた音の衝撃と化して迫りくる。
もちろんこちらは、その程度のことで戦意を奪われるような柔なメンバーではない。
「ぴぃ……」
「フェーネっ?」
足元から弱々しい鳴き声が聞こえたかと思うと、急にぐらりと身体が傾いた。
どうやらフェーネは今の声にやられてしまったらしい。
ふらふらと落ちていく。
〈天翔〉で空中を蹴り、俺は人化して小さくなった彼女を抱え上げた。
俺の腕の中でフェーネは目をぐるぐる回していた。
「ああいうのには弱いのか。まぁ、まだ生まれたばかりだからな」
そうこうしている内に、バハムートがジェット機並みの速度で突進してくる。
その全長は成鳥のフェニックスをも軽く凌駕しており、さすがにあの速さで激突されては堪らない。
こんなときはやはりスラぽんボールだ。
「ゆけ、スラぽん」
『ぷるぷる!』
迫りくるバハムート目がけて全力投球する。
両者が激突する寸前、スラぽんが一気に巨大化した。
見る見るうちにバハムートの大きさすらも越えてしまう。
……怖くて最近まったく確かめていないが、今、どれくらいまで大きくなってるんだろうか。
『ッ!?』
いきなりスライムが自分よりも大きくなったため、バハムートが驚愕した。
しかし今さら避けることも急に止まることもできず、そのままぶつかった。
ぶよおおおおおおおおおんっ!
バハムートは最初こそ勢いそのままにスラぽんの身体の中へとめり込んでいったが、スライムの持つ優れた衝撃吸収力と弾力性により、やがて完全に停止する。
まるで餡子餅を包む瞬間のようだ。
スラぽんはまさにお餅のようにさらにびよーんと広がり、完全に餡子、もといバハムートを覆い尽くそうとした。
だがそんなことをされては堪ったものではないとばかりに、バハムートは咆哮を連発しながら遮二無二暴れまくった。
『~~っ!』
さすがのスラぽんもこれには怯んだようで、その一瞬の隙を突いてバハムートが逃げ出す。
「よくやった、スラぽん」
しかしその間に俺が回り込んでいた。
バハムートの硬い漆黒の鱗へ、二本の剣を叩きつける。
『~~~~ッ!?』
竜殺しの剣が十字の傷痕を刻んだ。
まさか己の身体が傷つけられるとは思っていなかったのだろう、バハムートは驚愕したように首を振って痛がっている。
それでもすぐに驚きを怒りに変えると、咢を大きく開いて長い首を伸ばし、俺を噛み殺さんと迫ってきた。
「エクスプロージョン」
ちょうどいいので、その口の中に大爆発を巻き起こしてやった。
『グアアアアアアアアアアアアアッ!?』
くぐもった絶叫が轟く。
口内は鱗に護られていない場所だ。
その分ダメージも大きく、しかも脳に近いため、爆発の振動が軽い脳震盪を引き起こしたようで、ふらふらっとバハムートの巨体が大きく傾いだ。
だがすぐに我に返ったように体勢を取り戻すと、
「おっ、逃げる気か」
今の一撃であっさりと憤りが吹っ飛んだようで、バハムートは翼を大きくはためかせると、一目散に逃走を図った。
もちろん逃がしはしない。
「ふっ」
「はぁっ!」
バハムートの左右の翼を、それぞれファンと刀華が斬りつけた。
自慢の翼がバッサリと切断されて、バハムートは一気に飛行能力を喪失する。
空の王者は成す術もなく地上へと落下していった。
「まさか、本当にあの化け物を倒して下さるとは驚きじゃ……」
天人たちの街に戻って族長のゼーゲベルクに報告すると、信じられない、という顔をされた。
「さすがはレイジさんです! 僕は間違いなく、宣言された通りに倒して帰ってこられると思っていましたよ!」
リゼルが興奮で鼻息を荒くしている。
これで天人たちも元通りの暮らしができるようになるだろう。
しかし今は蓄えがほぼ底を尽きかけている状態らしいので、当面の間の食糧を、ディアナに頼んで援助してもらうことにした。
「もちろん構いません。王宮の食糧庫に十分な備蓄がありますので、そちらを差し上げればいいでしょう」
「助かる。じゃあ、適当に運んでいくぞ」
ディアナの許可を得たので、俺はスラぽんの保管庫と転移魔法を使って、とりあえず天人たちの大よそ一か月分の食糧を一気に持っていった。
「ありがとうございますじゃ、ありがとうございますじゃ」
いきなり現れた大量の食糧を前に、ゼーゲベルクから拝まれてしまった。
当面の食糧を確保したことで元気づいた彼らは、すぐに街を元の場所へと移動させる大仕事を開始した。
三百人を超える天人たちが、浮遊島の各所に取りつけた縄を、一斉に引っ張るというシンプルな方法だ。
せっかくなので俺たちも少し手伝った。
恩人にそんなことをさせるわけにはいかないと、最初は断られたが。
「「「せーのぉっ!」」」
掛け声とともに力を合わせて引っ張ると、意外なほど簡単に巨大な石が少しずつ動いていった。
「いつもより軽いぞ!?」
「本当だ!?」
……俺たちのせいかもしれない。
空なので摩擦が少ない。
一度動き出すと後は非常にスムーズだった。
やがて天人たちの島は、バハムートと交戦した空へと辿り着いたのだった。
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